第5話 サンズの巣籠もり

 タジン領事の宴会に長々と付き合わなくてはいけないのかとショウはうんざりしていたが、新婚旅行中なので意外と早く解放してくれた。




「東南諸島は宴会好きの人が多くて困っているんだ」




 二階の部屋で寛いでショウが愚痴るのを、エスメラルダはくすくすと笑う。




「ショウ様は宴会が嫌いなのね、披露宴も早く逃げ出そうとされてたわ」




 ショウはそれは意味が違うと、エスメラルダを抱き寄せてキスをした。










 エスメラルダは侍女が起こしにきてはと早起きするが、ショウは王宮育ちなので、侍女や侍従が隣の部屋で待っていようと全く気にしない。




「ショウ様も起きて下さいな……もう! 侍女が待っているのに……」




 起こすエスメラルダを抱き寄せようとするので、二人でいちゃいちゃとしていたが、サンズから声が掛かった。




『ショウ! そろそろ卵が産まれそうなんだけど、メーリングでも良いの? ユングフラウで産む予定なら、早く竜舎に着きたいな』




 ショウは慌てて服を着ながら『ちょっと待って!』と声をかけた。




「ごめん、メーリングの街を観光してからユングフラウに行くつもりだったけど、サンズは今夜にも卵を産みそうなんだ。領事館より、大使館の方が警備も万全だから、急いで移動しなきゃ!」




 エスメラルダは侍女に荷物を纏めるのを任せて、サッと着替えるとルカで後をついて飛ぶ。




『未だ半月じゃないのに……』




 ユングフラウへ向かいながら、ショウは心配そうに声をかける。




『大丈夫だよ! 交尾飛行を続けてしたせいじゃない。二度目だから、少し早いんだと思う。メリルもそう言ってたし』




 親竜から知識を得ていたサンズを信じるしか無いが、なら初めから教えて欲しかったとショウは愚痴りたくなった。




『ルカ! ついて来れるか? 真白は大丈夫?』




 少し落ち着いたショウは、初めての空を飛ぶルカとエスメラルダと真白に声をかける。




 真白は、何処の空でも平気だ! と言わんばかりに、サンズを追い越して、クルリと旋回する。




『大丈夫だよ! サンズは卵を産むんだね……』




 ルカの声に羨望の色を感じたが、ショウはサンズを安全な大使館の竜舎に籠らせる事で気持ちがいっぱいいっぱいで、スルーしてしまった。








「ショウ王太子、明日来られる予定では?」




 メーリングのタジン領事から明日との予定を伝言されていたので、迎えの竜騎士を送るつもりだった大使は慌てて出迎える。




「大使、サンズが卵を産むんだ。竜舎に寝藁を多く運んで欲しい。それと、餌も昨日食べたけど、ちょっとした物を用意させてくれ! あっ、真白には鶏か何かを庭に離してくれたら勝手に食べるから」




 ヌートン大使は立派な真白を鑑賞する暇もなく、召使い達に二頭の竜と鷹の餌を用意するように命じる。召使い達が餌を取りに行くと、やっとルカから降りたエスメラルダを紹介する。




「ごめん、とんだ竜馬鹿だね。ムートン大使、こちらが私の妻のエスメラルダだ」




 エスメラルダは騎竜が卵を産むのだから仕方が無いと、サンズを優先したショウを微笑んで許した。




「エスメラルダ様、こちらが私の妻のカミラです。お部屋に御案内させます」




 ショウは荷物と侍女をメーリングに置いて来たので、大使館付きの竜騎士に迎えに行って貰う。




「未だ、エスメラルダは侍女にかしずかれるのに慣れてないんだ。それと、何枚かドレスを作ってやって欲しい」




 カミラ夫人は世馴れているので、今までのショウ王太子の妻みたいにお姫様育ちでは無いエスメラルダに気づいていた。




「ご心配いりませんわ、私が全て手配しますから」




 エスメラルダの世話はカミラ夫人に任せて、ショウはサンズが山羊を食べるのを見守る。




『寝藁はこのくらいで大丈夫?』




 ショウは前の出産が難産だったので心配するが、サンズは今回は双子では無いし、卵を産むのは二度目なので落ち着いている。




『何も心配いらないよ! ショウはエスメラルダの側に行った方が良い。だって、新婚旅行の最中なんだよ。卵を産む時は呼ぶから』




 お腹がいっぱいになったサンズは一眠りすると、ふかふかの分厚い寝藁の上でうとうとしだす。




「なんだか、逞しくなったね」




 卵は未だ産まれそうに無いので、やっと大使館に入るショウだった。




「あっ、ミミは平日だからリューデンハイムの寮ですよね! でも、サンズの卵が孵って、子竜が落ち着く迄は此処に留まるから……」




 重大な問題を忘れてた! とショウは頭を悩ましたが、一夫多妻制の東南諸島では、ダブルブッキングはよくある事なので仕方ないと割り切る。ムートン大使は、その様子を見て、後宮の主らしくなったなぁと感慨深い。




「ショウ王太子も逞しくおなりですね。それより、ユングフラウに半月も滞在されるのなら……」




 色々とイルバニア王国と話し合って欲しい案件があるのですと、手ぐすねするムートン大使に、ショウは慌てて抗議する。




「サンズの卵が孵るまでは、側に付いててやりたいです! それに、新婚旅行中なんだよ~! イルバニア王国との話し合いは大使にお任せします」








 竜騎士の事情に疎いムートン大使は、ショウの抗議には無頓着だったが、イルバニア王国側は騎竜の出産には寛容で、ショウ王太子がユングフラウに滞在しているのは承知していたが、ややこしい話し合いは猶予を与えてくれた。




「ショウ王太子は卵が孵るまでは、騎竜の側に付いててやりたいでしょう」




 有能なマウリッツ外務大臣も竜騎士なので、今はショウ王太子との話し合いは無理だと、グレゴリウス国王に肩を竦める。




「今回はイズマル島の巫女姫と結婚されたと聞いているが……」




 花嫁が絆の竜騎士だとの情報を得ているイルバニア王国としては、ショウ王太子は次々と竜騎士の素質を持つ子供を得そうだと、一夫多妻制の有利さに眉を顰める。




「東南諸島連合王国の竜騎士が増えているのが気になりますね。それと、カザリア王国の北部を荒らしていたバルバロッサという海賊を討伐した時に、ショウ王太子の騎竜が火を噴いたのではという情報もあります。


 ショウ王太子は、パロマ大学でアレックス教授の授業を取っていたそうですし、真名が読めるのでは無いでしょうか? その上、今回の花嫁は旧帝国から逃げた一族の末裔で、巫女姫と呼ばれています」




 イズマル島が広大な大地を有している事や、竜騎士の素質を持つ一族が東南諸島連合王国に加入した件は、イルバニア王国としても重大な問題だとグレゴリウス国王も頷く。




「卵が孵るまでは、ショウ王太子は側を離れられないだろうが、花嫁はお暇なのではないかな? 折角の新婚旅行なのに、花婿が竜舎に籠りっきりでは……」




 マウリッツ外務大臣は、グレゴリウス国王の言わんとするところを察して、にっこりと微笑んだ。




「ユーリ王妃様にお茶会でも開いて貰いましょう」




 グレゴリウス国王はドキッとして、それはどうかなぁと、慌てる。




「ユーリは一夫多妻制には批判的だから……おお、リリアナ皇太子妃の方が年も近いし、花嫁も緊張しなくてすむだろう! キャサリンや若い王族との集まりの方が良いぞ!」




 国王として立派にイルバニア王国を治めているグレゴリウスだが、唯一ユーリ王妃に関しては弱腰だと、自分の娘のリリアナ皇太子妃に振ってきたのをマウリッツ外務大臣は苦笑する。




「でも、エリカ王女はいざ知らず、ミミ姫は微妙では無いですか? 二国間の若い王族の集まりとなると、このお二方もお呼びしなくてはいけないのでは?」




 それはまずいだろうと、グレゴリウスとマウリッツ外務大臣は頭を悩ましたが、ハッと二人は顔を見合わせてほくそえむ。




「ミミ姫は見習い竜騎士の試験で、お茶会どころではありませんね! ミミ姫が断られるなら、エリカ王女が付き添いでも問題はないでしょう」




 自分達の若い頃の苦労を思い出して、ミミは今は大変だろうと同情する。




「それにしても、ショウ王太子は婚約者のミミ姫がいる大使館に、前はレティシィア様を伴って来たし、今回は新妻を……やはり、アスラン王の息子だ!」




 マウリッツ外務大臣は、グレゴリウス国王に昔のライバルであるアスラン王への嫉妬は見苦しいですよと、肩を竦めた。


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