第18話 ロジーナの嫁入り
ロジーナは、ローラン王国からのショウの帰りを待ちわびていた。
「カドフェル号が、帰港しましたよ」
やっと帰って来られた! とロジーナは胸踊らせたが、未だ新婚のララが後宮で待っているのだと、嫉妬と落胆を苦労して抑え込む。
「さぁ、こんなにくさくさしていても、何にもならないわ。結婚式までに磨き上げなくては!」
ライバルである美貌と色気がレイテ一のレティシィアは懐妊したし、一番若い時からの許嫁だったララが先に嫁いでいるのだ。愚痴っている暇はないと、髪フェチのショウ様の為に、ロジーナは今はぐっと我慢して、お手入れに集中する。
父親のラズローは、末っ子で天使のようだと可愛がっていたロジーナが後宮に入るのが寂しくて仕方ない。残された日々を大切にしたいのだが、本人は第二夫人になると気合いを入れてお手入れをしているので、相手もしてくれない。
第一夫人のナタリーに愚痴ってみるが、ララより立派な嫁入り支度をしなくてはと気合いが入っているので、こちらにも相手にされなかった。
「ラズロー様、ロジーナ姫のお嫁入りで、寂しくされているのではと思いまして……」
娘婿のアシェンドが、娘のアメリアを連れて、一緒に夕食でもと訪ねて来てくれた。アシェンドは愛しい娘のライバルであるララの叔父になるが、まぁ、ラズロー自身も叔父だし、そんなことより寂しさを紛らわせる方を優先する。
ロジーナは念入りに髪の手入れを済ませて、少しは父上のご機嫌を取ってあげなさいと第一夫人に言われたので、アシェンドと姉上との夕食の席についた。
アシェンドと父上は埋め立て埠頭へのアクセスになる橋だとか、道路の建設について話をしているので、ロジーナは姉上と庭に出て、結婚生活の必勝法を聞き出す。
「ロジーナ、私は貴女のお手本にならないわ。アシェンド様にも妻は何人かいるけど、王族から嫁いだ私を第二夫人にして、大事にして下さってるもの」
ロジーナは、確かにショウ以外の男に嫁ぐなら、王族出身の自分が第二夫人になる可能性は高いと頷く。
「王太子に嫁ぐ貴女は、常に神経を使って出し抜かれないようにしなくちゃ駄目よ! レティシィアやメリッサは第一夫人になりたいと言ってるけど、あの美貌や色気ではなかなか相手は見つからないわ。もしかしたら、メリッサはかなりの年月を後宮で過ごすことになるかも……ララやメリッサに負けないでね!」
ショウよりかなり年上のレティシィアが第二夫人になることはないとアメリアは考えていたが、従姉妹のララとメリッサは妹の強力なライバルだと激励する。ロジーナは姉上に後宮に入る前の不安を告白する。
「それだけじゃないの。私はミミと仲が良くないのよ。ララだけなら、つけ込む隙があるのだけど。それにショウ様は私を外交のパートナーとして、外国を訪問するときに同行されるおつもりだったけど、イルバニア王国にはエリカ王女が嫁がれるから、一緒にリューデンハイムに留学したミミが同行するでしょ。カザリア王国にはメリッサがパロマ大学に留学して、あちらの王族の人達に気に入られてるの。ローラン王国は、多分、ミーシャ姫がショウ様にお熱だから……」
アメリアも妹の微妙な立場を理解して、暫し考え込む。
「ロジーナ、弱気は駄目よ! ミミがエリカ王女と親しくても、あの娘に外交は無理よ! それにメリッサも色気が有りすぎるから、旧帝国の結婚しても浮気ばかりしたがる社交界には不向きだわ。ミーシャ姫はルドルフ国王が存命中は里帰りしたがるし、ショウ様も同行されるでしょうが、他国の姫君を信頼して外交に使えないわ! 貴女はしっかりと勉強して、何も知らないといった無邪気な笑顔を振りまくのよ!」
ロジーナは姉上に叱咤激励されて、気合いを入れ直す。
「そうね、ゴルチェ大陸や、あの寒々しいヘッジ王国など、いっぱい外交相手国はあるもの! ああ! ショウ様の成人式にゴルチェ大陸の王族の接待は、レティシィアとミミがしたのよ、しまったわ」
アメリアは、ミミなんてレティシィアの指図通りに動いていただけだと、ロジーナを励ます。
「ショウ様の留守中に、レティシィアはララと仲良くなったみたいなの。これは女官から極秘に仕入れた情報よ。どうやらレティシィアは第一夫人が決まるまで、後宮に揉め事が起こらないように代役をするつもりなんだわ。だから、今夜は貴女に忠告をしに来たのよ。レティシィアと争っては損だわ。姉御肌のレティシィアから、上手くゴルチェ大陸の王族の情報を聞き出すの」
アメリアは、ララがショウと第二の新婚旅行に出かけたという情報も手に入れていたが、それはこれから嫁ぐ妹に酷だと伝えなかった。二人で月夜の庭を散策しながら、ロジーナは後宮で生き抜く知恵を姉上から色々と忠告された。
「ミミが嫁いで来るまでは、当面のライバルはララになるわ。でも、嫉妬をショウ王太子に見せては駄目よ。殿方は面倒を嫌がるわ、まして他にも妻がいるのですもの、余所に追いやるような真似はしてはいけないわ」
アメリアが王家の女だからと、第二夫人の座を易々と手に入れたのではないと、ロジーナは嫁ぐ前の姉上からの忠告を真摯に受け止めた。二人は父上とアシェンドの建築話もそろそろ収まっているでしょうと、サロンへと向かった。
議論しながらお酒がすすんだラズローは、愛しい娘のロジーナを抱きしめて、後宮に嫁ぐのをやめてもいいぞ! と泣き出した。
「まぁ、父上! 私はショウ様以外に嫁ぐつもりはないわ!」
娘に何処にも嫁がないでくれと、泣き出したラズローを、第一夫人のナタリーが、ピシャリと叱り飛ばして宴会は終わった。
「やれやれ、ロジーナが嫁ぐまで一週間はこんな調子かしら」
泣き上戸のラズローを召使いに寝室に連れて行かせながら、明日は息子を呼んで寂しさを紛らせてあげなくてはと、溜め息をついた。
「それにしても、ショウ王太子はララに夢中のようだわ……」
ロジーナに第二の新婚旅行中だなんて、絶対に知らせるわけにはいかない。こちらも忙しくさせておこうと、ショウ王太子の実母であるルビィ様へ訪問の計画を立てる。第一夫人の仕事はなかなか大変なのだ。
ラズローの寂しい気持ちは理解できるが、そちらは嫁に出た娘や、独立した息子達に相手をして貰うことにして、ナタリーはカジムの第一夫人が用意した莫大な持参金に負けない金額をロジーナにも用意して遣りたいと頭を悩ましている。
「カジム様には息子がいないから、独立資金が必要無かったのよね……」
娘を嫁に出す時の持参金より、息子を王族に相応しい生活をさせる屋敷や船などを用意する方が大変なのだとナタリーは愚痴りたくなったが、カジムの第一夫人ユーアンに負けたくない。第一夫人のプライドをかけて、帳簿と睨めっこをする。
ナタリーがララに負けない持参金をどうにか用意して、ホッと胸を撫で下ろしていた頃、ロジーナはとても十五歳の息子がいるとは思えない若さと美貌を保っているルビィと挨拶を交わしていた。
「まぁ、私のような者にまで……」
王太子の産みの母とはいえ、後宮を辞しているのでラシンドの妻でしかないと、王家の姫君の丁重な挨拶にルビィは困惑する。
ロジーナは、小さな島主の娘とはいえ、この美貌ならアスラン王の後宮を圧せられた筈なのにと、ルビィの野心の無さは少しショウに似ていると微笑む。
「母上、ただいま帰国致しました」
そろそろカドフェル号が帰港するので、マリオ島からララを伴って昨夜帰ったショウは、ラシンドの第一夫人からロジーナがルビィに挨拶に来ていると伝言を貰ってやって来たのだ。
「まぁ、ショウ様!」
今までのお淑やかな王家の姫君の仮面を脱ぎ捨てて、ロジーナはポッと頬を染めて嬉しそうに抱きつく。
「ロジーナ! 母上に挨拶に来てくれたのかい。長いこと留守にして、悪かったね」
結婚前の若いカップルに当てられて、ルビィは二人でお茶でも飲んでなさいと席を外した。
「ショウ様、寂しかったわ」と甘えるロジーナに、少し後ろめたい気持ちのショウは優しく抱き寄せる。
ラシンドの第一夫人ハーミヤは、王家の姫君との会話で気疲れしたルビィを見て、この野心の無さでは後宮では生き抜けなかっただろうと苦笑した。
それにしても、ロジーナは天使のように可愛いけど、流石に王家の女だ! ラシンドの娘のリリィは、王太子の第一夫人になりたいと言ってたけど、王家の女を抑えていけるかしらと、ハーミヤは心配する。
夫のラシンドが小さな島主の娘をアスラン王の後宮から娶った時は、もう少し条件の良い相手もいるのにと怪訝に感じたが、王太子の生母としての地位を得るとは、先見の明があったのだと感心する。
しかし、肝心のルビィには王太子の生母の地位を上手く生かす野心は無さそうだ。やれやれと溜め息しか出ない。
「マルシェやマリリンにも、縁談が山ほど来ているわ。ショウ王太子が可愛がっていると知って、縁を結びたがっているのは見え見えよ。変な縁を結ばないよう、気をつけなくては……」
ラシンドは、この件は第一夫人のハーミヤに任せて大丈夫だろうと思ったが、侍女にお茶を持ってこさせて気疲れを癒しているルビィを労りながら、王太子の生母は荷が重そうだと苦笑した。
結婚前の二人が、ラシンド達に挨拶して屋敷を辞すと、ハーミヤはカリンに嫁いだリリィにロジーナの訪問を事細かく書いた手紙を送った。
ラシンドは第一夫人達の裏の情報伝達の凄さに、男には太刀打ちできないと苦笑する。東南諸島連合王国が交易で世界を征している裏で、第一夫人達の情報のやり取りが役立っているのを、旧帝国の人間は理解できないだろうと考えた。
ショウはローラン王国でミーシャと婚約した件や、留守中にカザリア王国のシェパード大使親子がターシュのことで訪ねて来た件で忙しかったが、結婚前のロジーナを屋敷に送っていった。
ラズローは可愛い娘を奪っていくショウを少し憎く思ったが、独立した息子を紹介する良い機会だと愛想良く夕食に招く。
ショウは早く王宮に帰らないと、バッカス外務大臣がシェパード大使に何を言うかわからないと不安に思ったが、ラズローの機嫌を損ねる方が怖いので、夕食の席につき従兄が結構役に立ちそうだと気づいた。
ラズローも建築に興味があったが、従兄のネイサンはパロマ大学から帰国したばかりで、埋め立て埠頭の地盤沈下を防ぐ方法なども研究していたのだ。
「もう! ショウ様ったら父上や兄上とばかり話をされて……」
文句を言いながらも、ロジーナは兄上がショウのお役に立ちそうだと微笑んだ。
ラズローは婚礼の日が来なければ良いのにとめそめそしては、第一夫人のナタリーに叱り飛ばされたが、無情にも日は過ぎて、嫁ぐ日がきた。
深紅の花嫁衣装を着たロジーナは、とても美しく、後宮に置いて行くのが辛くて泣きそうになったが、弟のアスランに見栄を張って何でも無いと装って屋敷に帰った。
「アスラン様! ラズロー様を慰めるとか言っても無駄ですよ。傷口に塩を擦り込みに、屋敷になど行ってはいけません!」
ミヤが引き止めるのを無視して、威張りん坊のラズローには子供の頃にえらい目に遭わされたからなと、アスランはちょっかいを出しに行った。
後宮では簡単な結婚の誓いを海の女神マールと風の神ウルスに捧げ物をして終えた。新婚のショウがロジーナを抱き上げて部屋へ入った。
ララはいずれはこの日が来ると覚悟していたが、嫉妬と不安に圧し潰されそうになり、レティシィアの部屋を訪れて、二人で話をしながら夜を過ごした。
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