第12話 帰国前夜
結婚式の次の日、フィリップはリリアナと仲良く新婚旅行へ旅立った。皇太子の結婚式で機能が停止していたユングフラウも、少しずつ日常生活に戻っていく。
東南諸島の大使館では、離れでラブラブのミミとラルフ以外は普段の生活になった。エリカは、もうじきキャサリンがリューデンハイムを卒業して結婚されるから、一緒に過ごせるのも後僅かなので、素直に寮に帰った。
ショウは、今回はローラン王国の大使館に招待された。先日の旧帝国派の中心人物のヘーゲル卿一派の処刑で、外務省にも新しい風が吹き、イルバニア王国の大使をルドルフ国王が信頼しているセーブル卿と交代できたのだ。
セーブル大使は大使館の職員も一新し、アレクセイ皇太子はやっとまともに大使館の機能を活用できるようになった。未だ、旧帝国派の大使がカザリア王国や、ヘッジ王国、スーラ王国、肝心の東南諸島連合王国にも蜷局を巻いているが、ヘーゲル卿と違い、ルドルフ国王やアレクセイを害そうとまでは考えていない。
アレクセイと造船所の件を詰めて、レイテに帰り次第商人達に投資を持ち掛けると約束する。
「レイテの埋め立て埠頭も、商人達の投資なのでしょう。羨ましいかぎりですね。ショウ王子の成人式にはレイテを訪問して、埋め立て埠頭を見学させて頂きます」
アレクセイは、レイテで投資を考えている商人達と話し合いたいとショウに願い出る。
「それはこちらとしても好都合です。外国への投資ですから、アレクセイ皇太子から説明して下さると、商人達も安心するでしょう」
付き添いでついてきたヌートン大使も、満足そうに頷く。造船所の話し合いは順調に終わり、庭でお茶でもと誘われた。
ヌートン大使は舞踏会でショウと踊ったミーシャ姫の瞳の輝きを見て、これは厄介だなと考えていたので、グレゴリウス国王との約束が有りますからと早々に辞する。
ショウもミーシャには好感を持ってはいるが、これ以上は許嫁を増やしたくないので、ヌートン大使の言葉に感謝する。
「ショウ王子、ミーシャ姫にはお気をつけ下さいね。きっとアレクセイ皇太子は、成人式にもミーシャ姫をエスコートして来るでしょう。ああいった大人しい令嬢は一途ですから、甘い言葉などかけないで下さいよ。まぁ、嫁に貰うなら結構ですがね」
ヌートン大使はローラン王国の庶子は、カザリア王国の庶子よりは嫁に貰っても価値があると、冷静に判断している。ルドルフ国王やアレクセイ皇太子がミーシャを気に掛けて公然と扱っているなら、東南諸島は庶子でも気にしない。
ただし、カザリア王国のように、ジェーン王妃が庶子を拒否していたり、スチュワート皇太子も嫌っているようなら、縁組みをする価値は無いのだ。
ヌートン大使は、今のショウ王子にはミーシャ姫は目に入ってないから撤退したが、ローラン王国の出方次第では有り得ると心の奥底では考えている。
アレクセイは、ミーシャがショウを好きなので、ダンスをセッティングしたのだと、ヌートン大使は見抜いていた。ローラン王国の男は、意外にロマンチストだ。
日陰の身にしてしまった負い目で、ルドルフ国王がミーシャ姫に造船所の土地を、持参金として東南諸島に譲り渡すなら考慮する価値がある。その場合はショウにミーシャの心をガッチリつかんで貰って、離婚などさせないようにとしないといけない。ヌートン大使は、グレゴリウス国王との面談に向かう馬車の中であれこれ考えていた。
「マルタ公国との仲介だなんて、面倒くさいなぁ。何で我が国がこんな事をしなくてはいけないのかな~」
ショウの愚痴をヌートン大使は、両国に恩を売る為ですと諭す。
「それは理解してるけど、どうしてもジャリース公の遣り口が我慢出来ないなぁ。あんな好位置になければ……」
王宮に着いて馬車を降りながら、ショウはやはり愚痴が止まらない。ヌートン大使も、別にマルタ公国のやり方を良いとは思って無い。海洋王国の東南諸島としても、海賊のアジトを提供しているマルタ公国には言いたい苦情は山積みだった。
「マルタ公国と海戦したら、我が国の国力もかなり削がれます。だから恩を売って、我が国の商船をなるべく襲わないようにさせるのですよ」
ショウは戦争をすれば何千人もの死傷者が出るのはわかっているので、大きく溜め息をついて乗り気じゃない仲介をしにグレゴリウス国王との会見場所へと王宮の中を進む。
グレゴリウス国王の横に、花嫁の父親役を無事に果たしたマウリッツ外務大臣が立って、にこやかに出迎える。ショウとヌートン大使は、二人に結婚のお祝いを述べたり、相手側からも謝辞を貰ったりと社交的な挨拶が続く。
「東南諸島連合王国には、マリーゴールド号の人質を解放して頂き、感謝の言葉もありません」
その件は、プリウス運河の通行順番を国内の商船と平等に扱って貰うという案件を了承させてチャラになっていた。イルバニア王国としてもマルタ公国には怒りを感じているが、実際に嵐に遭えば避難する場合もあるので、国交を断絶させたままでは困るのだ。
「いえ、彼らも秋にはパロマ大学に留学するのですね。無事に帰れて良かったです」
さらりと流したショウに、マウリッツ外務大臣は質問したい事が山ほどあったが、今回はマルタ公国との仲介役をして貰わなくてはいけないので口に出せない。
グレゴリウス国王は、ショウにマルタ公国の大使館を再開したいとの要望書を、ジャリース公に渡して頂きたいと頼んだ。この件はあまり深く関わりたく無いので、ショウはあっさりと引き受けて渡しておきますと答えるのみにした。
お互いに厄介な案件を済まて、ホッと安堵する。
グレゴリウス国王は侍従にお茶を運ばせて、ショウの成人式にはフィリップ皇太子夫妻を参列させると世間話を始める。
ショウは、こういうのが苦手だと、心中で愚痴る。世間話から、ウィリアムとエリカの縁談に持って行かなくてはいけないのだ。
やはり若いショウには縁談は荷が重そうだと、ヌートン大使はにこやかに話しながら経験を積むしかないと見守る。
「キャサリンはエリカ王女と仲が良くて、結婚式ではブライズメイドをして貰うと話していました」
エリカは確かにキャサリン王女とも仲良くしているが、ウィリアムの方と親密なのに、遠回りのグレゴリウス国王の言葉で話が長くなりそうだと覚悟を決める。
「それはエリカも喜ぶでしょう。キャサリン王女にはリューデンハイムで色々とお世話になり、姉のように慕っておりますから」
ヌートン大使は、上手い! とほくそ笑む。グレゴリウス国王も、上手い話の持って行き方に感心して、エリカ王女への縁談を申し込んだ。
「やれやれ、ホッとしましたね。何時間話すのかと思いましたが、グレゴリウス国王から正式にウィリアム王子とエリカ王女の縁談を申し込まれて安堵しました。後はアスラン王の承諾を得てから、細かい条件の話し合いに入ります」
大使館に帰って、忙しくなると張り切っているヌートン大使を、ショウは嬉しそうだなと呆れて見ていた。
「面倒くさい縁談の条件交渉なのに……」
ヌートン大使は、外交官にとってこんなに華やかな舞台は生涯に一度あれば良い方じゃないですかと、ショウの疑問を笑い飛ばす。外交官の体質は理解不能だとショウは、あれこれ妄想爆走中のヌートン大使を書斎に置き去りにした。
ララは、カミラ夫人とあれこれショウには理解不能の物を買い物に出かけていたし、手持ち無沙汰なのでサンズに会いに行く。
竜舎にはサンズ一頭だけで、のんびりとうたた寝していたが、ショウが竜舎に入ると目を覚ます。
『サンズ、寝ていたのか』
『いや、暇だから目を瞑っていただけだよ。ダークはレイテへ書簡を運んで行ったしね』
ショウはサンズに寄りかかって、エリカとウィリアムの縁談が纏まりそうなんだと報告した。
『へ~、ヴェスタは喜ぶだろうね。ヴェスタもエリカと絆を結びたいと話していたから』
ショウは、エリカが結婚するのはまだ先だよと笑った。
『東南諸島では15歳で結婚するけど、イルバニア王国ではもう少し待つからね。ウィリアム王子も正式な竜騎士に叙されから結婚すると思うから、まぁエリカは16、17歳になるかな……』
長すぎる春にならなければ良いけどと思いながら、ショウはアレクセイやグレゴリウスとの話し合いで精神的に疲れていたので、うとうと寝てしまった。
夢の中でエリカがウィリアムに既成事実を作ろうと迫っているのを、駄目だよ! と必死で止めている自分の怒鳴り声で目覚める。
『ショウ? 何が駄目なの? 疲れているなら、ベッドで眠った方が良いよ』
ショウは目覚めた夢を思い出して、苦笑すると立ち上がる。
『サンズ、少し寝たらすっきりしたよ。ミミは相変わらずベタベタかい?』
サンズは竜が肩を竦められるものだと、ショウを呆れさせた。羽根を竦めると、当分は離れそうにないと笑う。
ミミとは話せなかったなと、離れを眺めてショウは大使館へと向かった。
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