第27話 バルバロッサの最期
「カリン兄上!」
ショウは、海賊船にカリンが乗り込むのを見て、心配になりサンズに飛び乗る。
「ショウ王子! 海賊船に乗り込んではいけない!」
メルトは、未だ雛っこのショウが戦闘に巻き込まれるのを心配して止めたが、竜に飛び乗って上空から海賊船への攻撃を始める。
「海賊船に乗り込んで無いのだから、命令違反じゃない!」
サンズが噴いた焔は、帆を焼け落としていた。
海賊船に焔を噴き付けようにも、カリン兄上が乗り込んでいるから無理だと、ショウは弓での攻撃に加わった。
風の魔力持ちなのでショウは弓が得意だったが、実戦は初めてで、的ではなく海賊とはいえ人を射るのだと一瞬迷いが生じたが、海賊がハーレー号の乗組員に切り掛かるのを見て、反射的に矢を射る。それからは次々と矢を射ているうちに、カリン兄上が何処にいるのか、乱闘の中で見失ってしまった。
「ショウ、カリンは何処にいる?」
矢を射つくして、ショウもカリン兄上は何処だろうと探していたが、父上に声を掛けられて、見失っていたのに気づく。
「海賊船に乗り込んだ所までは追っていたのですが、見失ってしまいました。まさか、カリン兄上は……」
パニックになりかけて海賊船に降りようとするショウを、アスランは怒鳴りつける。
「お前みたいなへなちょこは、引っ込んでいろ。矢が無くなったのなら、エルトリア号で補給して来い! 海賊船に乗り込んだりするなよ!」
そうショウに言い捨てると、アスランは海賊船の上にメリルを近付けて、甲板に飛び降りる。
「すごい……」
ショウは、父上が海賊達を斬り捨てていくのを一瞬見とれていたが、ハッと我に返ってエルトリア号で矢を補給して海賊船の上に戻った。
必死で矢を射ている間に、エルトリア号とハーレー号が到着して、海賊船へ乗り込んで制圧していく。ショウは甲板の後部で、カリン兄上がバルバロッサらしき海賊と斬り合っているのを見つけた。
「カザリア王国のぼんくら海軍にしては、考えた作戦だと思ったが、東南諸島の軍艦がお出ましとはなぁ! 幾らで雇われたんだ!」
カリンと斬り合いながら、バルバロッサは揶揄する余裕がある。カリンは士官として何度も海賊討伐に参加しているが、経験はバルバロッサの方が積んでいたし、普通の海賊と違い正式な剣の訓練を若い頃に受けている。
「お前など東南諸島の恥曝しだ!」
カリンは、バルバロッサの腕前を海賊風情だと甘く見ていたと、気合いを入れ直す。
「彼奴では無理だ!」
アスランは、カリンでは荷が重いと思って、後部甲板に向かおうと海賊を斬り捨てながら進む。
ショウは、カリンが苦戦しているというのに、二人が密着しているので矢を射かけることができず、苛々しながらチャンスを待つ。
「卑怯者!」
ショウは、海賊の一人が船長のバルバロッサと斬り合っているカリン兄上の背中から、襲い掛かろうとするのを射る。
海賊を狙った矢は見事に当たったが、倒れた海賊にカリンは足を取られた。
バランスを崩したカリンに刀を振り下ろそうとしていたバルバロッサを、ショウの矢が貫くのと、アスラン王が斬り捨てるのと、どちらが早かったのかわからない。
バルバロッサは、胸に矢を受けて、腹部をアスランに斬り捨てられたが、しぶとく剣を杖にして甲板の上に立つ。
「これは、アスラン王ではないか! 我が一族を皆殺しにした恨みを晴らすチャンスが、私の最後に巡って来たわけだ」
バルバロッサの呪いの言葉にショウは衝撃を受けたが、同じく斬り込んで来たメルト伯父上が珍しく口を開いた。
「お前の一族は、お前を恥じて自害したのだ! 父親のハスラーは、一族が自害した屋敷に火を放ってから、自害して果てたのだ! ケシャム、恥を知っているなら、ここで死ね!」
バルバロッサは、自分の不甲斐ない父親に、そんな勇気が有るものかと毒づく。
「どうせ死ぬなら、アスランの小倅も地獄の道連れにしてやる!」
バルバロッサがやけっぱちでカリンに斬り掛かったが、そんな攻撃に殺られる士官はいない。カリンはバルバロッサを討ち取った。
他の海賊達も命ごいは許されないと知って、最後まで抵抗したがエルトリア号とハーレー号が到着したので、圧倒的に武力の差がついた。
ショウは血にまみれた甲板に舞い降りて、あちこちに転がる海賊の死体に目を背けそうになったが、真っ青な顔のまま戦闘の悲惨さを心に刻みつけた。
「バルバロッサ……」
甲板に仰向けで死んでいるバルバロッサの顔が、王族の血を引いている証のように整っているのに、ショウは顔色を青くする。
「どういたしましょう?」
身内の負傷者は船室に運び込み、他の海賊の死体は海に投げ込むように命令していた士官が、バルバロッサの死体の始末に困って質問してきた。
「海賊共は海に捨てろ!」
どうしようかと悩んでいたショウだが、父上の毅然とした言葉に頷く。
ザバ~ン! ザバ~ン! 次々と海に投げこまれる海賊たち死体に、ショウは胸が悪くなる。
「こんな船、いっそ、焼いてしまいたい!……」
ショウは、こんな死臭に満ちた海賊船など汚らわしく感じたが、戦闘に気づいたカザリア王国の竜騎士隊が舞い降りた。
「ショウ王子、海賊討伐、お見事です」
ロレンスに声を掛けられて、ハッと父上を探したが、あの人がこんな後始末をするわけがないと溜め息をつく。
メルト伯父上は、一生分の言葉を喋ったと言わんばかりに黙っているし、カリン兄上はアチコチに切り傷を負って軍医に連れて行かれてしまったので、ショウはカザリア王国の竜騎士達と海賊の後始末を話し合う羽目になった。
「この海賊船は造りが良いですなぁ。帆が焼けているが、マストと帆を取り替えれば、軍艦として使用できる」
戦闘が終わり、海賊の死体を海に投げ込んで、血に汚れた甲板をハーレー号とエルトリア号の乗組員達が洗い清めた後で、やっとカザリア王国のシンシア号が到着する。
サザビー提督の厚かましい言葉に、焼いておけば良かったとショウはムカッときたが、冷静にこの船の持ち主に返還すべきでしょうと声を掛ける。
「そうですなぁ、海賊討伐した後の処理は法律に任せましょう」
サザビー提督は、ショウ王子に丁重に海賊討伐の礼を述べたが、帆が完全に焼け落ちているのを不審そうに眺める。
「火矢を使ったにしては、他の部分に炎上が少ないですね?」
サザビー提督は、若いショウ王子が東南諸島の海賊討伐の顛末を自慢して語ってくれれば、参考になると誘い水を注いだが、私は後方の商船ダリア号にいましたからとシラをきられる。
ロレンスから海賊船にいたと聞いていたサザビー提督だったが、戦闘が終わってから竜で移動したと言われては嘘だとは言えない。しかし、目ざとくショウ王子の指が矢を何回も射た証拠に赤く擦り剥けているのに気づく。
ショウがカリンの怪我を心配して、ハーレー号の医務室に消えてしまったので、サザビー提督はロレンスにどう思うかと焼け落ちた帆を指さす。
「う~ん、ショウ王子が竜で接近して火矢を射たのでしょうか? あちらの海賊船も帆が焼け落ちています。しかし、ショウ王子一人で二隻の海賊船の帆を、火矢で焼き落としたのですかね?」
ロレンスは、竜騎士隊の熟練の猛者でも、一人では無理だと首を傾げる。
「確かにショウ王子の指は矢を射た形跡が残っていたが……そうだ! 東南諸島の王家には風の魔力持ちが度々現れると聞いた事がある。船乗りには憧れの能力だ! ショウ王子は多分風の能力持ちなのだ」
ロレンスは風の魔力で、火矢を命中させて、帆を燃やし落としたのかと考えたが、それにしても凄腕だと不審に思う。
「ショウ王子は、戦闘体験が今までなかった筈ですよね? 普通なら、初陣でこれだけの戦果を得たら、舞い上がって自慢するものなのですけど……何だか、とらえどころのない王子ですね」
サザビー提督は、北西部の港でダリア号がイルバニア王国の小麦を売りながら北上したのを知っていたので、策略もショウ王子が立てたのだろうかと疑問を持つ。
「ショウ王子は、未だ十四歳なのだろう? ダリア号はショウ王子の持ち船だが、あの計略も立てたのだろうか? それとも伯父のメルト艦長が全て指示したのか?」
サザビー提督は、海賊討伐では役に立たなかったが、せめて東南諸島連合王国の戦略や、ショウ王子の能力を調査した報告書を書きたいと考えていた。
「ロレンス卿、私では警戒されるので、若い君からショウ王子に海賊討伐の経緯を聞いてくれないか? 乗組員達にも戦闘について質問してくれ」
ショウ王子は医務室にいるので、そちらは後回しにして、ロレンスは乗組員達に戦闘や焼け落ちた帆について聞いたが、自国の利益に反する事は口にできないと言わんばかりに押し黙って成果は無い。
「メルト艦長に口にするなと命令されたし、あんな恐ろしい事を口に出せるものか! ショウ王子に逆らうのは、絶対に嫌だからな!」
頑なな乗組員達の態度と、竜騎士の自分に対する恐怖感にロレンスは困惑する。
「口を閉ざしているのは箝口令が敷かれたからだろうが、この竜騎士に対する恐れは何だろう? 東南諸島では竜騎士の地位は余り高くないと聞いていたが、竜を恐れているからなのか?」
ロレンス卿が乗組員達の態度に首を捻っていた頃、ショウはハーレー号の医務室の悲惨さに顔色を悪くしていた。幸い、カリン兄上の怪我は軽傷だったが、呪いまかせの医療現場にショウは呆れかえる。
圧倒的勝利だったが、何十人もの負傷者が呻く医務室に、医師という名の呪い師が一人と、包帯を巻く助手が二人しか居ない。
「何か手伝いましょう」
医師は魔力を使い果たして、疲れきった顔をショウに向ける。
「ショウ王子は、治療の呪いができるのですか?」
ショウはやった事が無かったが、竜心石を使ってみることにする。
「ええっと……治療、直、診察、手術、看病、手当、『癒』これだ!……」
竜心石と共に真名を使えないかなと、ぶつぶつ言いながら漢字を思い出していたショウは『癒』という文字がカチンと心に響いた。ショウは重傷の怪我人から、『癒』を使って傷を塞いでいく。
「ショウ王子! 貴方は治療の魔力持ちだったのですね!」
自分とは桁違いの治療の魔力に医師は唖然としていたが、重傷の怪我人の治療を終えた時点でショウ王子を止めた。
「後は、私が回復してからでも大丈夫です。ショウ王子、魔力の使い過ぎは危険ですよ」
カリンもショウの顔色が悪いと止めさせたが、兄上をなおして止めますと肩の血止めだけしていた傷を完全に癒す。
「ショウ、お前の魔力は凄いなぁ。全く痛みを感じなくなったぞ、礼を言うが、もう休んだ方が良い」
ショウも今日は魔力を使いすぎたと思っていたので、カリンと医師に追い出されるように医務室を出た。
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