第25話 バルバロッサ討伐遠征

 ショウは許嫁達とエリカに、少しゴルチェ大陸の貿易拠点で問題が起こったので、視察に行って来ると嘘をついた。


 カリンが居残っている上に、アスラン王が飛んできて、メルトが帰って来たので、全員が何か問題が起こったと心配している。なので、何も無い振りはできなかった。


「う~ん、1ヶ月ぐらいかかるかもしれないなぁ。何だったら、レイテに帰ってくれても良いけど……」


 全員からブーイングを受けて、ショウがあたふたしているのを、メルトとカリンは大丈夫なのかと疑わしそうに眺める。アスランはとっくにサラム王国に向かっていたので、ショウ達も急いで後を追いかけて北のエジソン港へと向かう。


 エジソン港でカザリア王国の海軍と合流する段取りになっていたのだが、カリンとメルトは余り当てにはしていない。 


「お前がいると、便利だなぁ」


 風の魔力持ちのショウが甲板でサンズに寄りかかって、帆に風を送るのを見て、カリンは船足が凄く早くなったのを喜んだ。基本的に自分の性格は武官には向かないとショウは考えていたので、戦闘で役に立つのか不安だったが、海賊行為を許す気持ちにはならない。


 ショウは、東南諸島の人間も、大勢が海賊の犠牲になっているのだと覚悟を決める。自分が王子として色んな特権に恵まれて育ったのを自覚し、その義務を果たすべきだと考えていた。


 カリンは弟の初陣になるのだから、気をつけてやらなければいけないと思う。初陣は舞い上がって、馬鹿な事をしがちなのだ。


 カリンは士官として何度も海賊討伐の経験があり、見習い士官達が初陣で負傷したり、命を落とすのを見てきた。


「ショウは、王太子なんだから、前線には出るなよ。海賊船に乗り移ったりしないで、ハーレー号にいるんだぞ。後方で風を操ってくれれば十分だ」 


 カリンはショウに戦闘中に気を付けなくてはいけない事をあれこれ注意しながら、カザリア王国の北西部を目指す。


 ショウは北上するにしたがって、岩が突き出した荒涼たる風景が広がっていくのを物悲しい気分で眺める。竜で横断したイルバニア王国の緑豊かな大地とは比べ物にならないなと溜め息をつく。


「こんな貧しい土地で海賊行為をしたのは何故なんだろう?」


 ショウの呟きに、カリンはサラム王国はもっと貧しいのさと答える。


「ローラン王国も此処より貧しいのかな……」


 海賊船にはローラン王国の難民も乗り組んでいると聞いていたショウは、カザリア王国より北に位置するのだと、夏でも肌寒く感じる艦の上で冬の寒さを想像する。


 東南諸島連合王国は島ばかりだが、冬でも外で寝ても大丈夫だし、基本的に海で魚を捕り、自生している芋や、果物を食べれば飢えることはない。貧しい人々も働きさえすれば飢えることがない自国と、冬を越すためには必死で働かなくてはいけない北国との差を実感したショウだった。


「おい、変な同情するなよ! この貧しい農村を襲って、なけなしの蓄えや、娘達をさらって行くんだぞ」


「わかってますよ! 海賊に同情するほど馬鹿じゃありません」


 本当かなとカリンはショウの顔を見つめたが、海賊行為を許すつもりが無いのを確認して、これなら大丈夫だろうと思う。


「本当にカザリア王国は南北に長いですねぇ。竜騎士隊がパトロールしても、隙が狙われるのは無理はないなぁ」


 そう言いつつ、竜騎士隊のパトロールはどの程度実施されているのかなぁと、ショウは気になる。艦から沿岸を眺めているだけだったが、一日に数回パトロールをしている竜騎士を見るだけで、これでは海賊を防ぐのは無理だろうと思う。


「パトロールといっても2頭だけでは、海賊船を打ち払えないだろう。近くの領主に兵を出させても、間に合わないのではないのか? 住民を避難させるのも、ギリギリだな」


 カリンは竜騎士の戦力がどの程度なのか知らなかったので、たった2頭では海賊船を見つけても、護るのは無理だろうと腹を立てる。


「確かに2頭では苦しいですが、もっと頻繁にパトロールできれば、かなり有効だと思うな。だって兄上、船の上から火矢を射かけられたら苦戦しませんか?」


 カリンは空を見上げて、そこから竜が火矢をハーレー号に射かけるのを想像してゾッとしたが、反対に射殺してやると反論する。


「う~ん、竜には矢はききませんよ。竜騎士には矢は刺さりますが、竜に乗っているのを下から攻撃しても、足に当たるかどうかですよね。でも雨のように降らせれば、弓での攻撃も可能です。だから、本来なら竜騎士の飛行編隊で奇襲をかけて遠ざかり、また奇襲と繰り返すのが有効なのです。2頭ではなかなか海賊討伐は難しいですね。でも、足留めぐらいにはなるけど、それより頻度を上げなきゃ無理だな。何か良い手は無いのかなぁ?」


 ショウはふと昔にカインズ船長がサンズを見た時に、イルバニア王国の竜は火を噴くと怯えたのを思い出した。


「アレックス教授は竜心石を真名で活性化させて、魔力を増強させると話していたな。 風の真名は何なんだろう? うん? 火を噴いたのは、ユーリ王妃が火の真名を使ったのでは無いのかな?アレックス教授はユーリ王妃は帝国に滅ぼされた魔法王国シンの末裔だから、真名が読めると言っていた。この漢字に似た真名で火と風が使えれば、此方には有利になる。バルバロッサ討伐もできるし、ハーレー号やエルトリア号の乗組員達の被害も防げる筈だ」


 ショウは部屋に駆け込むと、ペンで紙に漢字を書き連ねていく。


「風、吹、嵐……違うなぁ。真名なら竜心石の時のように、魔力を感じる筈だと思うんだけど……風って意味の漢字は他にあったかな?」


 転生して14年が経ち、前世の記憶も朧気になってきているショウは風の意味をもつ漢字をなかなか思い出せない。


「う~ん、風はこれ以上は思い出せないや。火はどんな漢字があったかな? 火、灯、燈、炎、『焔』」


『焔』の文字を書いた途端、ショウはカチンとパズルが嵌まったような音が心の中でした。


「サンズで試してみよう」


 ショウは甲板で寛いでいたサンズに乗ると、偵察に行ってきますとカリン兄上に言うと、空高く舞い上がる。


『サンズ、少し実験をしてみたいんだ。協力してくれるかい?』


 サンズは突然にショウが空の高い場所まで上がってくれと頼まれて、偵察ではないと気づいていたので、何か目的があるのだろうと思っていた。


『何をすれば良いの?』


 サンズの自分に見せる信頼に、ショウは竜を他の人々から怖がらせる存在にするかもしれないと躊躇ったが、戦闘を有利に進めるには必要だと考える。


『イルバニア王国の竜は、火を噴くと聞いたんだ。僕は竜心石を活性化させて、火の真名を使えばサンズは火を噴けるんじゃないかなと思いついたけど……竜が火を噴いたと聞いたら、東南諸島の人達は怖がるかもしれないけど、やってみてくれるかい?』


『もともと怖がられているから、同じだよ。ショウが必要だと思うなら、やってみよう!』


 ショウは服の下から竜心石を引っ張り出して、手に握り込むと『魂』と文字を頭に浮かべる。手の中で竜心石が輝きを増して、エメラルドグリーンの光を発するのを確認して、ショウは火の真名『焔』を思い浮かべる。


『サンズ、焔を噴くんだ!』


 サンズは今まで感じたことがない感覚が身体の奥底から呼び起こされて、喉に焔が込み上げて来るのを感じる。


 ゴォ~とサンズの口から焔が勢いよく噴き出される。


 焔を噴いたサンズも、それに騎乗していたショウも驚く程の長い焔だった。


『サンズ、大丈夫? 口を火傷とかしなかった?』


『私の身体から出た焔で、火傷するわけないよ』


 ショウは自分の質問にサンズが笑うのを聞いて、そりゃあそうだと笑い返す。


『サンズ、この焔を噴く事で人が傷ついてしまうかもしれないけど、それは君のせいじゃないからね。僕が命じるのだから、全部、僕の責任なんだ』


 ショウの気遣いは有り難く受け取ったが、竜にとっては絆の竜騎士以外の全てを敵にまわしても平気なので、気にしなくて良いと応えた。


『それよりショウが魔力を使い過ぎて、熱を出さないかの方が心配だよ。艦に帰って身体を休めた方が良いよ』


 サンズの折角の気遣いは、ハーレー号から竜が焔を噴くのを望遠鏡で見ていたカリンによって無効にされた。カリンはショウが甲板に降りるや否や、船長室に引っ張り込んだ。


「ショウ! 竜は火を噴くのか? そんなのは酔っ払いの戯言だと思っていたぞ!」


 上空の高い位置だったが、カリンはサンズが焔を噴いたのを見て驚いたのだ。


「カリン兄上は見られたのですね。少し実験してみたのですが、サンズに焔を噴かせることができました」


 カリンは末弟の魔力の強さに驚いたが、ふと胸に輝いている竜心石を見て顔色を変える。東南諸島連合王国には代々王に伝えられる竜心石がある事や、それを譲る事は譲位を意味する事をカリンは知っていた。


「ショウ、それは竜心石じゃないか! まさか、父上は譲位されるつもりでは……」


 ショウは、サンズの焔に動揺して、竜心石を服の下に入れ忘れたのを、失敗したなと反省する。


「違います、これは私がメーリングの屋台で買った物なのです。母上の故郷の海の色に似ているから、お土産に買ったのですが、竜心石だとわかって私に返されたのです。父上が未だ譲位などされるわけがないですよ」


 カリンは父上が譲位しないと聞いてホッとしたが、メーリングの屋台で竜心石を買ったと聞かされて、馬鹿馬鹿しくなって笑い出す。


 ショウが屋台で竜心石を買った強運に、もともと王太子になる運命だったのかと笑う。 


「どちらにせよ、ショウは父上に一番似ているな、性格以外は……どんなやり方で竜に火を噴かしたのかは聞く気もないが、これは機密にしておいた方がいいだろう。イルバニア王国の竜がローラン王国との戦争の際に火を噴いたと聞いたことがあったが、本当だとは思ってなかった。戦場では大袈裟な噂がたつものだからな」


 カザリア王国が竜に火を噴かすやり方を知らないなら、なるべくショウができる事を教えたくないとカリンは考える。


「こうなったら、元々当てにならないカザリア王国の海軍など足手纏いにしかならないな。どこかで撒いてしまいたいぐらいだ」


 ショウが竜で海賊船に火を放つなら、足止めができるので、ハーレー号とエルトリア号だけで仕留められるとカリンは考える。


「ですが、海賊船が何隻あるか調査でもハッキリしていないのですよ。2隻だという目撃談が多いですが、農民達には船の違いはわからないでしょうし、もしかしたら3、4隻いるのかもしれません。一気に全員が出撃しているのか、その中にバルバロッサが乗船しているのかも不明です。一網打尽にするには私達だけでは、無理では無いでしょうか」


 カリンはバルバロッサを逃すわけにはいかないので、船の沈没など不確かな手段を使うつもりはなかった。ショウが帆を燃やして足留めしてくれれば、ハーレー号をぶつけて乗り込んで直接バルバロッサと対決するつもりだったのだ。


 カリンの顔からバルバロッサを自分で成敗するつもりなのだと気づいたショウは、大丈夫なのだろうかと心配する。


「カリン兄上は僕達兄弟の中では一番腕が立つけど、バルバロッサは海賊として長年斬り合いを続けているんだ。万が一の事があったら……」


 初の海賊討伐に向かうショウは、自分のことよりカリンの心配ばかりしていた。

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