第23話 海賊バルバロッサ
「それにしても、父上が聞いたら激怒しそうだな」
パシャム大使は、あああ~と頭を抱える。
「アスラン王は前もザハーン軍務大臣が海賊討伐をサボっていたのを滅茶苦茶怒られたのですよ。あの時にザハーン軍務大臣の首が繋がったのは、バルバロッサを討ち取ったとされたからなんです。生きて取り逃がしていたとバレたら、打ち首ものですよ…」
ショウは何でこんな事になったのかパシャム大使に質問する。
「バルバロッサが乗っていた海賊船は、火矢を撃ち込まれて炎上して、沈没したのです。周りは軍艦が取り囲んでいましたし、逃げれる筈が無かったのですがねぇ。まあ、カザリア王国の言い分を丸呑みで信じるわけにはいかないですから、調査してみます」
ショウはバルバロッサではなければ良いなぁと願う。
「それにしても、バルバロッサなんて酷い名前ですね。煉獄の犬だなんて、仮にも王族なのに」
パシャム大使はショウ王子の言葉に呆れてしまう。
「本名なわけ無いでしょう。確かケシャムとかいう名前でしたよ」
ショウはあまりに平凡な名前に驚いたが、ケシャムでは海賊として押しが弱いから強そうな名前を付けたのかなと納得する。
「何歳ぐらいなんですか?」
パシャム大使もあまり詳しく無かったが、30歳はとうに過ぎているだろうと言った。
「子供とかいるのかな? 東南諸島を出てから、サラム王国に逃げ込んで何年も住んでいるなら……」
パシャム大使も風の魔力持ちの海賊など増やしたく無いと怖気を感じて、サラム王国のキッシュ大使に厳密な調査をさせなければと考える。
「ちょっと、パシャム大使、まさか始末しようと考えてます?」
「さぁ、調査してみないと。でも、10歳以上の男の子なら……」
ショウは衝撃を受けたが、殺された何百人もの船乗りや商人達、カザリア王国北西部の村人達を思うと、10歳以上なら船に乗れる年だと拳を握り締める。
パシャム大使は全て調査してからですからと、ショウを慰める。
「海賊がまともな結婚生活など送る筈ありませんよ。娼婦相手がせいぜいでしょう。それにバルバロッサは風の魔力持ちですから、子供は出来にくいでしょう」
パシャム大使はいるかどうかもわからない子供のことで悩むのを止めさせようと思っての発言だったが、ショウは驚く。
「ええ~、風の魔力持ちは子供が出来にくいのですか? でも、父上は11人も子供がいますよ」
パシャム大使はしまった! と思ったが、来年には結婚するショウ王子に教えておくべきだと話し出す。
「アスラン王に何人の夫人がいたと思いですか? 次々とよそに嫁がしておいでですが、延べにすると30人は下らない筈ですよ。それで、たったの11人です。旧帝国三国も竜騎士は魔力を持っているから、子供が少なくて困っています。あっ、イルバニア王国のユーリ王妃は
ショウは父上が30人もの夫人を娶ったと改めて知って、ショックを受ける。
「30人……無理だぁ!」
4人でも持て余しているショウは、バルバロッサや、その子供のこともぶっ飛ぶ。次々と夫人が後宮に来ては、他へ嫁いで行っていたが、そんなに人数が多かっただなんて思っても無かった。
「ショウ王子、大丈夫ですか?」
パシャム大使はショック状態のショウ王子を放置できないが、報告書を至急レイテに送らなければならなかったので、世話をカリン王子に任せた。
「いったいショウはどうしたんだ? お~い! こら、しっかりしないか!」
カリンにピシャリと頬を平手打ちされて、ショウはハッと我にかえる。
「カリン兄上~! 父上に30人もの夫人がいたと知ってましたか?」
「30人? たった、それだけだったのか? もっと多いと思っていたが……」
「たった? たったじゃないでしょ」
ショウが何でパニックになっているのかカリンは理解出来なかったが、ともかくは酒でも飲ませて話を聞いてやることにする。
「お前は、ニューパロマの酒場なんて知らないだろうなぁ。そうだ、大使館付きの武官なら酒場ぐらい行くだろう」
だが、大使館付きの竜騎士レグナムは、パシャム大使が報告書を書きしだいレイテに飛ばなくてはいけないと断った。
「う~ん、エドアルド国王陛下との会談で何かあったのなら、酒場は拙いかな。よし、此処で呑もう!」
レグナム大尉は自分達の詰め所で、酒盛りをしようとするカリン王子に抗議したが、無視される。
「こいつの悩みの元がいる大使館で飲めるか! 何でこんなにショックを受けたのかは知らないが、どうせ女がらみだ」
ショウ王子とは長い付き合いのレグナムだったので、仕方ないなぁと酒とつまみの調達をする。
レグナムは、パシャム大使の報告書を持ってレイテに飛び立ち、残ったカリンとショウは酒を飲んだ。
カリンはショウの愚痴を聞いていたが、途中で何で風の魔力持ちが子供が出来にくいという話になったんだと聞かれて、酔っ払っていたのでバルバロッサの名前を出してしまう。
「なんだって! バルバロッサは死んだんだぞ!」
酔っ払ったショウを問い詰めて、エドアルド国王から海賊討伐を依頼されたと聞きだす。
「私がバルバロッサを殺してやる!」
酔ってはいたが、ショウは自分が拙いことをカリンに言ってしまったと気づく。
「カリン兄上、未だ調査も終わっていません。バルバロッサを騙っているだけかもしれません。それなら、我が国が海賊討伐などしなくても良いのです」
酔っ払ったショウに宥められて、カリンも少し冷静になり苦笑する。
「お前が夫人を増やしたく無いなら、それで文句を言わさないほどしっかりしないとな。子供が出来にくいのは大問題だが、それはその時に考えたらいいさ。しかし、バルバロッサが生きていたら、私に海賊討伐を命じるように父上に口添えしてくれ」
慰め料だとカリンは笑ったが、危険な海賊討伐に兄上を派遣したくないとショウは酔った頭で考える。
「バルバロッサを殺さないと、祖父が父上に殺されてしまう」
「まさか、クビを斬るとは言葉のあやですよ。それに軍務大臣も引退する年でしょう」
カリンは父上のバルバロッサに対する怒りをショウより知っていたので、いいやと首を横に振る。
「王として誇り高い父上が、王族の名を汚したバルバロッサにどれほど怒っておられたか、お前は知らないんだ! バルバロッサの父親は、とっくに処刑されたんだぞ!」
傲慢な父上ならやりかねないとショウは重い溜め息をついたが、王になるという責任の重さにも気づいた。
「自分の命令で人も殺せるんだ。僕は人を殺したいとは思わないけど、罪人を裁く事も必要なんだ。しかし、僕ならバルバロッサの父親を処刑したかな? でも、子供でも海賊船に乗っていたら処刑しても仕方ないと思ったんだ……」
ショウは自国の司法制度も勉強しなくてはと酔った頭で考えた。酔った頭で暗い事ばかり考えていたショウは悪酔いして、気分が悪くなる。
「カリン兄上……ウップ……吐きそう」
「おい、ショウ! ちょっと待て! ここで吐くな~」
外に連れ出そうとしたが、間に合いそうに無いと思ったカリンは、料理が乗っていた大皿からザッと料理をテーブルに落として、せめて部屋を汚さないようにと大皿に吐かせる。
「誰か、水を持って来い!」
吐いて真っ青な顔のショウに他の部屋の大使館付き武官が運んで来た水を飲ませたり、吐瀉物を始末させたカリンは、二度と此奴とは飲まないと毒づく。
パシャム大使は武官の詰め所での騒ぎに気づいてやってきて、真っ青な顔のショウ王子と部屋の匂いで、吐くまで飲ませたのかとカリン王子を責め立てる。
「違うんだ、僕が飲みたくて飲んだんだ。でも、暗い事ばかり考えていたら、悪酔いしちゃった」
とにかく寝させないといけないと、武官達に命じてショウ王子を大使館に連れて行かせる。
ショウがベッドに寝かされたのを確認したカリンは、パシャム大使に話があると書斎に向かったが、バルバロッサに付いては惚けて知らぬ存ぜぬを通されてしまう。
「ショウから聞いているんだぞ!」
パシャム大使は兄上とはいえ、機密情報を酔って話さないように注意しないといけないなと眉を顰める。
「なら、それで宜しいではありませんか。私から、カリン王子に申し上げる事はありません」
「この狸爺!」
カリンは武官として命令系統の厳しさを知っているので、パシャム大使に命令できるのは父上とフラナガン宰相と王太子になるショウだけだとわかってはいたが、腹が立った。
しかし、この報告書を読んだ父上が怒って飛んで来るのは予測出来たので、ハーレー号の出航を延期する事を決める。
「メルト伯父上もおられると良かったのだがな」
翌朝、二日酔いで目覚めたショウは、侍従に熱い風呂を用意させて、酔いの残りを飛ばす。
「バルバロッサの事は調査が終わってから考えよう! それに子供の事も出来なかったら、その時に考えたら良いさ」
朝の明るい光の中でお風呂に浸かると、ショウはくよくよしていても仕方が無いと思えるようになった。
「そうだ! メリッサにパロマ大学の試験を受ける事や、ウェスティンへの入学について話さなきゃ」
昨夜は大使館に帰ってから書斎に籠もったり、武官達の詰め所で酒を飲んだりで、メリッサに伝えて無かった。ザバーンとお風呂から出ると、急いで服を着替えて食堂へ向かう。
食堂ではエリカとカリン兄上と許嫁達がわいわいと朝食を食べている。
「カリン兄上、昨夜はご迷惑おかけしました」
エリカと許嫁達は、ショウが何か飲みたくなるような事があったのだと察して、それには触れずに争って料理を皿に取り分けたり、席を争いだす。
「ああ、うるさい! メルト伯父上が居ないと、抑えがきかないな」
化けの皮が剥がれたエリカと許嫁達との言い争いに苦笑しながら、今頃はレグナム大尉はユングフラウに着いた頃だろうかと、遠い故郷にその報告書が届くのが待ち遠しいような、恐ろしいような複雑な気持ちになったカリンだ。
「メリッサ、パロマ大学の試験を受けられるよ。それとウェスティンに入学も許可されたよ」
メリッサは喜んでショウに抱きつく。
「嬉しいわ! パロマ大学で学びたいと思っていたけど、無理だと諦めていたの。でも、試験に合格できるかしら?」
少し不安そうなメリッサに、今回もし駄目でも、聴講生のテストもあるし、大丈夫だよと安心させる。
パシャム大使がサラム王国に駐在しているキッシュ大使にバルバロッサについて調査して貰ったり、自分の調査員を北西部での聞き取りをさせたりして真偽を確かめている間に、メリッサは見事にパロマ大学の試験に合格した。
「パロマ大学へ入学できて、おめでとう。ウェスティン校もすぐに夏休みになるから、秋学期からで良いだろう」
ショウはカリン王子とエリカ達と、大使館付きの武官達とで武術訓練をして調査が終わるのを待った。
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