第10話 ゴルチェ大陸を目指せ!

 進水式を終えたカドフェル号を沖まで普通ならボートで曳航するのだが、風の魔力持ちのショウが乗船しているので、レッサ艦長は乗組員達に帆を張らせた。


 ショウは微調整しながら、レイテ港の浅瀬を避けるようにカドフェル号を沖に出すと、帆に風を吹き込む。


 雲一つない青い空に真新しい白い帆がパアンと広がって、カドフェル号は勢いよく波を切って進みだした。


「ショウ王子、長い航海になります。今日は風も順風ですので、お休み下さい」


 レッサ艦長はペナン島までは何回か航海した事があったので、そこまではショウの力を温存しておきたかった。大型軍艦カドフェル号には何人もの士官が乗船していて、ワンダーも後任士官として、甲板長に帆の向きの調整を指示している。


「ワンダーが居るのに、シーガルが居ないのは変に感じますね」


 レッサ艦長も二年半にわたったゴルチェ大陸の西海岸の測量の間、他の軍艦と交代しながら任務についたので、ショウの気持ちは理解できる。


「シーガル君は、文官ですからね。彼には彼の仕事があります」



 ショウは進水式の時の正装を着替えて、身軽な格好で甲板の上のサンズにもたれて寝そべった。


『気持ち良い天気だね』


 巨大な竜に寄りかかって寝ているショウを、レッサ艦長や前のパドマ号からの乗組員達は見慣れていたが、大型軍艦カドフェル号になって増員された乗組員達は物珍しそうに見る。


 しかし、数日立つと見慣れてきたし、のんびり寝そべっているだけに見えるけど、風の魔力で帆が常にパンパンになっているのに気づいてからは、少し甲板掃除の時には邪魔だけど、大型軍艦とは思えない足の速さに感嘆するのだった。


「すげ~よなぁ。俺は風の魔力持ちが乗ってる艦に乗った事が無かったけどよ、こんなに速いのか」


「馬鹿言うな、俺が見た風の魔力持ちは、こんなに速く艦を航行させられなかったぜ。見た目は可愛いけど、あのアスラン王の王子だぜ。並みの風の魔力持ちと一緒にするなよ」


 ショウは甲板掃除の邪魔になってはいけないと、気軽にサンズと移動してくれるし、あちこちに点在する島へと新鮮なフルーツなどを買いに行ってくれるので、乗組員達は役に立つ王子だと思った。



「ペナン島で、水の補給と、食糧を積み込みます」


 レイテから二日でペナン島に着いたのに、レッサ艦長は驚きを隠せなかった。前よりも風の魔力が強くなっていたのだ。


「あまり無理をしないで下さいね」


「全然、無理なんかしていませんよ」


 確かにサンズに寄っ掛かってのんびり寝そべっている姿を見ていると、無理をしているようには思えない。

 


 その日はペナン島の沖に碇泊し、レッサ艦長は乗組員達を交代で島に上陸させて、数時間の休憩を与えた。島の酒場には突然、大型軍艦の乗務員達が押し寄せたので、酒場の主人は夏至祭と冬至祭が一緒に来たようだと、笑いが止まらない。


「東航路が普及すれば、この島も変わるでしょうね」


 乗組員達が酔っ払って島民に迷惑をかけないように士官達も交代で上陸して、見張りがてら酒の1、2杯を飲んで来る。少し酔ったワンダーはショウに珍しく話し掛けた。


「そうだね、こんなに長閑な島が変わるのは少し残念だけど、東航路が普及するには仕方無いね」


 ワンダーは後任士官として乗船しているので、先任士官達に遠慮したのと、けじめとしてショウに馴れ馴れしい態度をとらないように気をつけていた。


 今は、周りに人がいないから、声をかけたのだ。


「ショウ様、風の魔力でゴルチェ大陸まで一気に航海するのですか?」


「う~ん、行きは乗組員達も不安だろうから、少し風の魔力を使うつもりなんだ。僕は自分の考えを信じているけど、未知の大海原に乗り出すのだから、不安を持たさない方が良いだろ」


 ワンダーも乗組員達はペナン島から東には何も無いと考えているのを知っていたので、頷いて同意する。


「その代わり、帰路は自然に任せるつもりなんだ。もちろん、凪ぎ時にはちょっとズルしちゃうかもしれないけど、普通の船でも東航路が航海できると証明しなくちゃね」


 ワンダーは、ショウとパロマ大学でバギンズ教授と数学の講義を受けたのを思い出す。初めて会った頃は、ショウの留学の付き添いを命じられたが、従兄弟のカリンより劣っている武術などばかりが目に付いた。士官候補生の軍艦乗船日数が延びない不満をショウのせいにして、不貞腐れていた自分が恥ずかしい。


「初めてショウ様から、新航路の発見の話を聞いた時のワクワクした気持ちを思い出しました。これから、新航路を発見しに行くのですね」


 そうだねとワンダーに笑いかけて、ショウはララが心配していた地図の白紙の大海原に向かうのだと、夜の暗い海を見つめた。



 翌朝、ペナン島で短い休憩を取ったカドフェル号の一行は、ゴルチェ大陸に向かって東へと進路を取った。


「う~ん、見事なぐらい何も無いね~」


 ショウは足のおそい商船が、途中で嵐にあった時の避難所になりそうな島でもないかなとマストに登ってみたが、360°海に囲まれて島影一つ見えない。


「まぁ、ペナン島から二日だもんね。近くに島があったら、海洋国家の東南諸島だから見つけているよ」


 アスラン王からは真っ直ぐにゴルチェ大陸を目指してこいとのみ命令されていたが、できれば水が補給出来る島が見つかれば良いと考えていた。


 ショウは甲板で寝ているサンズをマストの横に呼び寄せて、見張りの乗組員がギョッとするのもお構い無しに、身軽に飛び乗る。


『少し、先行して見てくるよ』


 地図上の最短コースを東に航海しているが、少し外れるぐらいの所に島があるなら、地図に書き込みながら行きたいと一日に何回かグルッと一回りしてカドフェル号に帰ってくるのだ。


「ショウ王子、何か見つかりましたか?」


 バサッとサンズで甲板に舞い降りたショウに、レッサ艦長は声をかける。竜での見回りを始めた時は、カドフェル号を見失うのではと心配した艦長も、一日に数回繰り返している内に竜が帰巣本能を持っているとの説明を信じるようになった。


「う~ん、北二パーン、南二パーンには何もありませんね。まぁ、此処ならペナン島に近いですし、いくら何でも補給も必要ないですけどね」 


 そう言うとショウはサンズに寄りかかって、風をマストに送り出す。微風を受けてた帆がショウが送った風を受けて、パーンと張るのをレッサ艦長は毎回見る度に胸がスカッとするのだ。


「海図に書いておきます」


 島が無いと確認できた海域を記録しておけば、これからの調査艦も楽になるのだ。


「竜騎士が乗船していると、調査艦は楽かもしれませんね」


 根っからの軍艦乗りのレッサ艦長は、バサバサ空を飛ぶ竜騎士なんか当てにはならないと思っていたが、少し見方を変えた。




 乗組員達は大海原を航海するのには慣れていたが、誰も航海したことのない海域だと思うと、少し不安に感じる者も出てきた。


「ペナン島が東の外れなのは、昔から決まっている。これから東は海ばかりなのさ」


「じゃあ、ずっと海ばかりだと俺達はどうなるんだ?」


 甲板長は乗組員達の何人かが固まって心配をしているのに気づく。馬鹿な事ばかり話すなと怒鳴りつける。


「ページ甲板長、乗組員達に甲板掃除をさせろ! 帆の微調整をしなくて良いから、暇を持て余しているぞ」


 ワンダーは説明しても、乗組員達は今一つ理解していないのに気づいていたので、身体を動かしていた方が良いだろと思った。


「ワンダー、乗組員達は不安なんだ。ペナン島から航海に出て四日だからね。計算だと後五日でゴルチェ大陸に着く筈だけど、どうも海流に逆行してるな。帰りは海流に乗ると楽が出来るけど、少し艦長と話してくるよ」


 ショウも計算通りには行かないとは思っていたけど、乗組員達の不安は拙いと考える。


 艦長も乗組員達の不安を感じとっていたので、海図を見ながら二人で考えて込む。


「食糧も、水も、未だ充分有るんですがねぇ。これよりキツい条件の航海だって、平気で乗り越えていたのに……」


 レッサ艦長は前のパドマ号からの乗組員達すら、不安を感じだしているのに憤懣を漏らす。


「全く島が無いから、不安なんでしょう。それに、東には何も無いと思い込んでますからね。駄目もとですが、今日から5パーンづつ見回りしてきます。島でも見えれば、東にも何か有ると期待が膨らむかもしれませんから」


 艦長は士官達や、士官候補生達に乗組員達がこれ以上不安を持たない様に目を光らせろと命じた。




 ショウはサンズと5パーンに増やして海の上を北と南に飛ばしたが、青い海原が広がるだけだった。


『サンズ、カドフェル号に帰ろう! やっぱり島は見つからないかぁ……』


 この見渡す限りの大海原にポツンとサンズといると、乗組員達の不安も理解できる気がする。 


『ショウ! あちらに何か見える!』


『何も見えないよ?』


 ショウは腰の帯に差した望遠鏡で、サンズが言った方向を眺めたが、青い水平線が見えるだけだ。


『ショウの目より、私の目の方が良いよ! あちらに飛ぶよ!』


『ちょっと、迷子にならないでよ~。こんな海の上で迷子になったら大変だよ~』


『迷子になんかならないよ!』


 こうなったらサンズに任せるしかないと、ショウは飛び続けさせる。


『ほら、ショウにも見えるだろ!』


『本当だ! 島だ!』


 段々と大きくなっていく島影に、ショウは興奮する。何故なら、岩だけではなく緑に溢れていたからだ。


『木や草が生えているなら、水もあるかも……サンズ、島まで飛んで!』


 言われなくても、そのつもりだとサンズは飛ぶスピードをあげる。 

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