第7話 ダリア号
動揺しまくっているショウを、フラナガン宰相は自分の執務室に連れて行き、お茶を勧めた。
「アスラン王ときたら、もう少し穏便な伝え方もあるでしょうに……」
茶器を両手で持ったまま茫然としているショウから、少しずつアスラン王との会話を聞き出して、二大プロジェクトを各王子達に振り分けた手腕に感心する。
「サリーム王子に、レイテ港の埋め立て埠頭の責任者になって頂くのは名案ですね。助手にナッシュ王子を付けるのも良いです。新航路の補給拠点や、海流の調査は、カリン王子にぴったりの任務ですし、西海岸の貿易拠点の開発はハッサン王子とラジック王子に任せれば上手くいくでしょう」
取り敢えず落ち着かせたショウの後の世話は、第一夫人のミヤに任せることにする。
「あの方は、こういう事をいつから考えておられたのか? 多分、ショウ王子をパロマ大学に留学させる前からだろう。ショウ王子のサポートを他の兄王子達にさせるとはなぁ。その上、軍関係はワンダー、文官はシーガルをショウ王子の学友として育てたのか……」
偉大なアスラン王の後継者であるショウ王子は、全く父王とは違ったタイプの王になるだろうと、フラナガン宰相は予測する。
「アスラン王も前王の末っ子だったが、傑出した才能と傲慢な態度で兄王子達の頭を押さえ込まれた。その息子であるショウ王子には兄王子達に仕事を割り振って助けを求めさせている。どちらが仕えやすいのか?」
フラナガン宰相は考え込んでしまったが、自分はアスラン王の宰相であり、未来のショウ王の宰相の事まで考えてやる必要は無いと苦笑した。
フラナガン宰相からショックを受けたショウを引き取ったミヤは、アスランに腹を立てながら自分の部屋で、これからの事をいって聞かせる。
「未だ、ショウは十三歳なのだから、今すぐは後継者だと公表もされませんよ。ただ、今までのようにはいかない事もあります」
ショウは十五歳までは後継者として指名されないと聞いて、少し猶予を貰えた気持ちになったが、ミヤの言葉に何だろうと首を傾げる。
「ショウには、ララしか許嫁がいませんね。でも、後継者となれば、そうは言ってはいられないでしょう。今でも何人もの許嫁候補がいるのですよ」
「ミヤ! ララは孫娘なのに、そんなことを言うだなんて」
ショウは親の決めた許嫁だけど、ララを愛していたので、他の妻は要らないと思っていた。
「ララは、覚悟していますよ。ショウがパロマ大学に留学した時から、後継者として育てられているのだろうと察していましたからね」
「そんな……僕は交易してある程度のお金を貯めたら、ララと二人でのんびり本を読んで暮らすつもりだったのに……後継者だからといって、大勢の夫人は要らないと思います」
駄々っ子のようなショウに、ミヤは困り果てた。ショウは素直だけど、言い出したら聞かない所もある。今は感情的になっているから、許嫁の件は後回しにしようと考える。
「今は、新航路の発見に集中しなさい。レイテ港の南の造船所で、カドフェル号が出航間際ですよ。アスラン王から新航路の発見を命じられたのなら、出航準備をしているレッサ艦長と、打ち合わせをしなくてはいけません」
ショウはカドフェル号もだけど、ユーカ号を売って新しい船を選んでいる途中だったと思い出した。
「ふ~う、自分の船を持つのは東南諸島連合王国の王族として当たり前ですが、今はそれどころではないでしょう。カインズ船長とラシンド様に任せておけば問題ありませんよ。気になるなら、顔を出しても結構ですが、新しい船でカインズ船長と航海には当分は出れませんからね」
アスラン王のように不在がちの王にしたくないので、ショウが悪いお手本を見習わないようにミヤは釘をさした。
ショウは王宮から逃げ出したくなって、船屋へとサンズでひとっ飛びした。
「未だ、いるかな?」
夕方近くなっているのでショウは帰ったかと心配していたが、ユーカ号の見積もりや、東南諸島の倍掛けから始まる値引き交渉で、延々とカインズ船長と船屋の主人はやり合っていた。
「ショウ王子、此方にいらして良いのですか?」
ラシンドはショウの顔を見て驚いたが、気になったからと言われて爆笑する。
王の後継者より、自分の持ち船が気になるとは、嘘が下手過ぎだ。ラシンドには、王宮から逃げ出したくなって、ショウが来たのが見え見えだった。
「どの船になったのですか?」
ラシンドは結局は間をとって、中古としては状態が良い大型船にしたのだが、値段が船屋の主人となかなか折り合いがつかないのだと説明した。
「良い船ですね……」
ショウはラシンドが指差した船を眺めて、この船でカインズ船長と航海したかったなと、溜め息をつく。
二人の値段交渉は、喧嘩別れになりそうな程激しい言い争いになって、ショウは冷や冷やしたが、ラシンドは落ち着いてお茶を飲みながら楽しんで聞いている。
「ああ、そろそろ交渉が成立しますよ」
「お前みたいな泥棒野郎とは、金輪際取引はしない!」
「それは、こっちの台詞だ。この強欲爺! 二度とお前の船なんか、買ってやるか」
ラシンドと一緒にお茶を飲んでいたショウは、エキサイトする二人の言い争いに、これのどこが交渉の成立なのかわからない。
「このままじゃ船を買うどころか、喧嘩になってしまいますよ」
まぁ、見ててごらんなさいとラシンドの言うとおり、二人は口角泡を飛ばしていたかと思うと、突如、抱き合ってお互いに良い取引だったと、背中をバンバン叩きあいだした。
「どうやら、僕には商売人は向いてないみたいです」
カインズ船長も、船屋の主人も、それを見物していたラシンドも、東南諸島の商人だったので、ショウが昼過ぎから日がとっぷり暮れるまでの値段交渉を楽しめ無いと愚痴るのを、王族だから仕方ないですよと笑った。
「確かに、父上が長々と値段交渉をしている姿を、想像できないな~。父上ならスパッと正規の値を見抜いて、金貨を投げつけそうだ」
アスラン王を思い出して、又どよどよな気持ちになったショウに、カインズ船長が名前はどうすると聞いてきた。
「当分、僕はこの船で航海できそうにないよ。だから、カインズ船長が名前を付けたら良い」
カインズ船長はショウが一緒に航海出来ないと聞いて複雑な顔をしたが、気を取り直して名前を考える。
「ちょっと恥ずかしいけど、ダリア号にして良いかな」
ゴツい顔を赤らめて言うカインズ船長に、婚約者の名前だとショウは気づいて、笑いながら良い名前じゃないとからかった。ラシンドも、姪の名前を付けたカインズ船長の照れぶりを笑った。
「今夜は、ダリア号のお祝いですね」
普段は宴会嫌いのショウだったが、今夜は懐かしいユーカ号のメンバーと馬鹿騒ぎしたい気持ちだ。
「良いですねえ! ダリアさんに会えると、もっと盛り上がりますね」
「馬鹿やろう、ダリアは俺の嫁さんだ」
カインズ船長の口調に船屋の主人は驚いたが、ショウが笑っているのだから平気なのだろうと思う。
ラシンドの屋敷でダリア号のお祝いの宴会で、ショウは酒をコップ一杯飲んで撃沈した。
次の朝、ショウは人生初の二日酔いに苦しむことになった。
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