第9話 おじいちゃんの島

 カリンが独立する準備の為に留守にすることが多くなると、離宮でハッサンが我が物顔で仕切り出した。アリの孫であるハッサンは、祖父のライバルであるラシンドを敵視していた。

「妹に会いに行きたいけど……」

 弟のマルシェや、生まれたばかりの妹に会いたいショウだったが、ラシンドの屋敷に行きにくい雰囲気だ。

「何だか息がつまるよ! これなら、カリン兄上に武術指導されていた方がマシだったなぁ」

 ハッサンの顔色ばかり気にしているラジックや、それに反発するナッシュ。離宮の雰囲気は最悪だった。

 朝早く起きたショウは、昨日からカリンが留守にしていると思い出し、また嫌な感じで朝食を食べるのかとうんざりする。

「カリン兄上はザハーン軍務大臣の孫だし、ハッサン兄上は大商人のアリの孫なんだよね。ナッシュ兄上のお祖父さんは、カリン兄上に娘を嫁がすそうだし、ラジック兄上はアリから船を貰うと言っていたなぁ」

 祖父の関係で、兄弟仲が悪化しているのだと考えたところで、自分の祖父について何も知らないことに気づいた。

「そういえば、母上の実家に行ったことなかったなぁ」

 ショウは、図書室で地図を広げて、マリオ島の位置を確認する。

「ふう~ん、母上はこんな辺鄙な島で産まれたんだ」

 海洋王国の東南諸島連合王国は、北の大陸との交易が盛んだ。その航路から外れた小さな島で産まれたルビィが、どうしてアスラン王の夫人になったのか、ショウには理解できなかった。

「確かに母上はすごい美人だよね。まぁ、二人が出会ったお陰で僕が産まれたんだけどさ」

 地図をクルクルと丸めると、部屋の机からカリンに鍛えられた計測器を持ち出す。

「後は、食べ物と飲み物だね! あっ、もしかしたら野宿するかもしれないし、毛布も持って行こう。そうか、ミヤが心配したらいけないから、書き置きしとこう」

『ミヤへ お祖父ちゃんの島まで行ってきます。日帰りする予定だけど、もしかしたら泊まってくるかも……ショウ』

 できたら日帰りしたいけど、遠いマリオ島まで行くのだ。サンズが疲れたら休憩しなくてはいけないし、そうなるとミヤが心配して騒ぎそうだ。書き置きを残したら心配しないだろうと、ショウは簡単に考える。

 食べ盛りの王子達が住む離宮では、食事の時以外でも食べ物や飲み物は常に用意されている。朝食前の食堂に置いてあったパンや焼き菓子、それにフルーツを袋に詰め込み、飲み物は水筒にお茶を入れる。


 侍従達が朝食の用意をしだす前に、ショウは竜舎に走る。

『サンズ、少し遠くまで行くけど大丈夫?』

 竜舎で寝ていたサンズは、昨日お腹いっぱいになるまで食べたから、大丈夫だと返事する。

『何処に行くの?』

 鞍を付けているショウが、毛布や復路などを括り付けているので、サンズは不思議に思った。

『マリオ島まで行くんだよ。お祖父ちゃんが住んでいるから、会いに行くんだ』

 サンズは、ショウと飛ぶのが大好きなので、遠くても平気だ。ここに、親竜のメリルがいたら止めていただろうが、生憎居なかった。


 こうして、ショウの小冒険が始まった。

『ええっと、まずは北西に飛んで!』

 王宮から北西に飛び、途中で疲れたら島に降り、計測してから、方向を微調整するのがショウの単純な計画だ。メリルがいたら、アスランに知らせただろうし、いくら放任主義な親でも、八歳の無謀な旅を止めただろう。

『わかった!』

 まだサンズも若くて、冒険にわくわくしているショウの気持ちの影響を受けて、自分達が無謀な旅に出ている自覚などなかった。

 レイテがあるファミニーナ島を離れて、二時間ほど飛ぶと、ショウはサンズが疲れたのではないかと心配する。

『そろそろ降りて、休憩しよう!』

『まだ飛べるよ!』

 サンズは、数ヶ月早く生まれただけなのに、ショウに気遣われるのが不満だ。

『サンズは平気でも、僕も疲れてきたし、マリオ島へちゃんと着きたいから方向が間違っていないか計測しなきゃいけないんだよ』

 サンズはそれなら仕方ないと、島に降りる。

『なるべく人がいない浜に降りてね』

 東南諸島連合王国の人は竜を怖がるので、騒ぎを起こしたくないショウは、人気のない浜辺にサンズを降ろす。

 ショウは、鞍を外してやり、持ってきた果物を齧りながら、計測して地図にバッテンをつける。

『どう? マリオ島まで、どのくらい?』

『ううん、まだまだだよ。でも、方向は間違っていないから、この調子でいけば昼過ぎには着きそうだ』


 ショウが何度か島に降りては微調整しながらマリオ島まで飛んでいた頃、王宮ではミヤが気絶しそうになっていた。

「朝食をショウは食べなかったのですか?」

 離宮付きの侍従から報告を受けたミヤは、不審に感じる。

「ルビィ様が女の子を産んだと聞いたけど、朝早くからラシンド様の屋敷に行ったのかしら?」

 近頃の離宮の雰囲気が悪いのをミヤは気にしていた。ハッサンの手前、ショウがラシンドの屋敷に行き難いので、朝早く抜け出したのかと眉を顰める。

「本当にアリはどうにかして欲しいわ!」

 孫のハッサンを後継者にしたいと、アリは商人だけでなく、王族も宴会でもてなしたり、金銭を渡していた。

 ミヤは、それをどうにもできない自分に腹を立てていたが、アスランが知らぬ振りをしている限り、アリは止められないのだ。

 昼食も食べなかったと報告を受けて、ミヤはラシンドの屋敷に行ったのではないと慌てる。ラシンドの第一夫人ハーミヤは、昼食を共にするなら、絶対に何か知らせてくる。

「まぁ、ではショウは何処に?」

 侍従にサンズの不在を調べさせたミヤは、ショウの部屋で簡単な書き置きを見つけ、気絶しかける。

「お祖父ちゃんの島って、マリオ島よね! いったい何処にあるのかしら?」

 交易に詳しいミヤも、航路から外れた小島のマリオ島の場所までは把握していなかった。

「アスラン様がいらしたら、後を追って頂くのだけど……」

 船では竜には追いつかない。緊急事態に対応する為に王宮に待機している竜騎士を、王子のプチ家出の為に派遣しても良いものかミヤは一瞬迷う。

 竜騎士を派遣したら、ショウの考えなしの行動が公になるのを心配したのだ。

「もう、ショウったら! マリオ島へ行きたいのなら、一言言ってくれれば良かったのに……」

 アスランが何処に行ったのかも把握していないミヤは、万が一の事があったら全責任は自分が取るしか無いと覚悟を決めて、ショウとサンズが無事に帰って来るのを待つ。


 ミヤの心配など全く知らずに、ショウは呑気にサンズとマリオ島に着いた。

『わぁ! 凄く綺麗な島だなぁ』

 レイテより北のマリオ島は、エメラルドグリーンの海に浮かぶ緑の楽園だった。

 サンゴ礁が砕けた白い砂浜に降りたショウとサンズは、ホッと一息つく。

『ねぇ、海水浴したいなぁ』

 鞍を外してもらったサンズは、こんなに綺麗な海なのに泳がないなんて考えられない。

『うん、でもお祖父ちゃんと会ってからだよ』

 目的を先にしてからだと、ショウはサンズを諭していたら、向こうから現れた。

「もしかして、レイテから来たのですか?」

 竜騎士など滅多に来ないマリオ島なので、島主のケリンが何事かと浜にやって来たのだ。

「ええ、僕はショウと言います。祖父と会いたくて来たのです。母の名前はルビィと言いますが、祖父をご存知ありませんか?」

 ケリンは、これが孫のショウ王子だと知って驚いた。

「私がルビィの父親のケリンです。では、貴方は……ここに一人で来たのですか? 何か良くない事でもあったのですか? ルビィが再婚したせいで、寂しかったのですか?」

 ケリンは、娘がショウを産んですぐに後宮を出て、大商人ラシンドと再婚し、二児をもうけたことは手紙で知っていた。

 後宮に一人残されたショウが、こんな辺鄙な島までやって来たのは、虐められ辛かったのではないかと心配したのだ。

「お祖父ちゃん、僕は父上の第一夫人のミヤにとても大切に育てられたから大丈夫ですよ。それに、母上や弟とも会っていますから。ここに来たのは、一度もお祖父ちゃんに会ったことがないからです」

 ケリンは、ショウが明るく育ったのを見て安心する。

「そうか、それは良かった。丁度、お昼にしようと思っていたところなんです。一緒に食べましょう」

 ショウは、島の生活にも興味があったので、きょろきょろしながらケリンの後をついて行く。

「竜が降りたけど、何事だったの?」

 島民も、竜に気づいていたので、島主のケリンを見かけると質問してくる。

「レイテから孫が竜に乗ってやって来たんじゃ」

 ショウには遠慮があるのか、固い言葉のケリンだが、島民とは砕けた話し方だ。

「お祖父ちゃん、僕に敬語なんて必要ないですよ」

 ショウは、風通しの良い家に着くと、ケリンにお願いする。

「でも、ショウは王子なのだし……あっ、そうじゃ! 豚の丸焼きを作ってご馳走しなければ!」

 台所では魚の煮込みの匂いがしていた。ショウは、今から豚の丸焼きをしていたら、きっと夜になると思う。

「お祖父ちゃん、僕は今日中に帰らなきゃいけないから、豚の丸焼きはまた今度にして。それより、お腹が空いているし、海でサンズと泳ぎたいから、お昼にしようよ」

「そうなんじゃ、なら今度来たら丸焼きを食べさせてあげよう」

 妻が亡くなって、息子達が独立してからは、ケリンは一人暮らしを続けていたので、魚料理も上手だった。

「朝、とった魚だから美味しいだろう」

 ショウも取れたての魚をいっぱい食べて、これ以上食べられないと、ケリンが次々に料理するのを止める。

 食後のフルーツを食べながら、こんなのんびりした生活が自分には合っているのではないかとショウは思った。

「今日中に帰らないといけないのは残念だな。何も無い島だが、これを持って帰りなさい」

 ケリンは、島で取れた魚の干物をどっさりと木の葉で包んで持たせる。

「サンズと海水浴したら、帰るね! ミヤが心配するといけないから」

 ショウがサンズと海水浴している間、ケリンは小舟を出して魚を何匹かモリで突く。

「ほら、食べなさい!」

 孫のショウだけでなく、乗せて来てくれた竜にも何か食べさせてやろうと、ケリンは魚をなげてやる。

『美味しい!』

 空中で上手く魚をキャッチしたサンズは、パクパク何匹も食べる。

『竜が魚を食べるとは知らなかったよ。今度から、取ったらあげるね!』

 離宮の裏の浜辺で、王子達は泳いだり、魚を取ってバーベキューをしたりしていたのだ。

『魚を食べるのは初めてだけど、美味しいね!』

 海水浴し、魚もいっぱい食べたサンズも満足したので、ショウは祖父に別れを告げる。

「お祖父ちゃん、また来るよ! それまで元気でね!」

 竜に乗った孫が見えなくなるまで、ケリンは浜辺で見送った。王子が、そうそうこんな辺鄙な島まで来ることはないだろと、思っていたのだ。


『レイテは何処にあるか分かるから、帰りは早いよ』

 サンズは、一度行った場所は頭の中に記憶される。

『へぇ、凄いね!』

 ショウの褒め言葉に気を良くしたサンズは張り切り、夕方までにレイテに着いた。

「ショウ! 良く無事に……」

 帰って来るのを竜舎の前で待ち続けていたミヤに、抱き締められ、ショウは心配かけたのを心より反省する。

「ミヤ、ごめんね。これはマリオ島のお祖父ちゃんからお土産だよ」

 大量の魚の干物を貰ったミヤは、これからは自分に言ってから行きなさいと釘を刺すだけに留めた。ちゃんとショウが反省しているのに気づいたからだ。

 その夜は、マリオ島の魚の干物のスープが離宮に出された。

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