第36話 フライドポテト

 次々に無くなっていくスイーツに快く思っていないブレットは、ルシアンに絡んでいた。


 「そこそこ良い料理人を見つけたようですな、ルシアン殿」

 「ええ、娘のカトレアが発掘してきた料理人ですよ。彼女は人を見る目があるようで、鼻が高いですよ」

 「ぐぬぬ……。しかしこのフライドポテトはいただけないな。油でベチャベチャしているし、火の通りにムラがある。ユタ家にはこれくらいが良いのかも知れないがな。まぁ、あのデザートの料理人も底が浅いですな。はっはっは」


 実際は、悠真はこのフライドポテトは作っていないし、王城での懇親会に出すくらいだ。一般に出されている物よりも、ずっと美味しく作られている。

 しかしブレットは悔しいのか、重箱の隅をつつくかのように、過大表現をしてフライドポテトを卑下していた。

 いつも通りルシアンはそのまま流すだろうと思った周りの貴族だが、最愛の娘が推薦した料理人が卑下されたことに腹を立てたのか、珍しくルシアンが挑発に乗ってきた。


 「娘が推薦する料理人ですから、それくらいは直ぐに改善してくれますよ。ブレット殿が望んでいるなら、今から作らせましょうか?」

 「ほぅ、ならばこのフライドポテトよりも美味しい物を作ってもらおうか」


 その会話が聞こえていた悠真は、笑顔で貴族相手に対応をしているが、心の中では……。


 (ちょっ、急に言われても……。うわ、乗ってきた。これは俺がフライドポテトを作る流れか……。)


 肩を落としていた。


 「悠真殿、すまん。ついカッとなってしまったが、やってくれないか?」

 「かしこまりました。私も彼には思うところがありますので、全力で取り組ませて頂きます。ちょっと料理長に材料や器具などを、相談させて頂いてよろしいですか?」

 「そうだな、そろそろ手が空いているだろうから、大丈夫だろう」

 「はっはっは。降参する段取りでもしてるのかね?」


 ブレットはワイン片手にルシアンに話しかけた。


 「材料の調達からだからね。ちょっと料理長に手配してもらおうとしただけさ。君、ちょっと彼を料理長のところまで案内してくれ」


 ルシアンが手の空いていた給仕にそう伝えると、悠真は給仕と共に退室していった。




 「フライドポテトかぁ。行きつけのバーで作ったことはあったけど、かなり前のことだしなぁ。やっぱり記憶が頼りか……」


 調理場へと移動しながら悠真は、日本で作ったときのことを思い出していた。日本にいた頃行きつけのバーがあり、本来はダメなのかもしれないが、混雑時にはマスター公認で、勝手に厨房に入って作っていたことがある。


 「料理長、こちらの方が料理長にお話しがあるとのことです」

 「おぉ、ユーマか。どうした? 何かあったのか?」

 「料理長すみません、ちょっと成り行きで俺がフライトポテトを作ることになったんですが、材料とか余ってますか?」

 「お主はデザート班じゃなかったのか?」


 悠真が料理長に経緯を説明すると、腕を組み、眉間に皺をよせた料理長がため息と共に言葉を吐き出す。


 「はぁ、ブレット様は相変わらずだな。しかしルシアン様に言われたのであれば、全力でやるしかないな。よし、好きなだけ材料使っていいぞ。器具も遠慮なく使ってくれ。サポートは必要か?」

 「いえ、メイドがおりますので、サポートはそちらに任せます」

 「わかった。調理しているところを拝見させてもらうぞ。色々とユーマの調理は勉強になりそうだ」

 「料理長に見られると緊張しますね……。ちょっとメイドを呼んできます」




 ルビアを含むメイド5人を呼んできた悠真は、それぞれのメイドに指示をだしている。


 「エレンとアイリスはこんな感じでここにある芋を切っていって。皮はついたままでいい。切ったら流水に直ぐさらして」

 「かしこまりました」

 「ミモザ、薄力粉と片栗粉を混ぜた衣を作って。比率は薄力粉が若干多めで。それが終わったら、ある程度さらした芋をしっかりと拭いて、衣を付けていって。しっかりと拭かないとカリッとならないから注意してね」

 「了解っす」

 「フローラは、ミモザが衣を付けたやつを、こっちの低温の油で揚げて。温度は箸を入れて細かい泡が出たらそれくらいでいい」

 「かしこまりました」

 「ルビア、フローラが揚げたやつを2度揚げしてくれ。この工程でカリッとさせるから、触った感触で揚げ時間を調節してくれ。温度は高温で頼む」

 「かしこまりました」

 「揚げ終わったらこっちのバットに出してくれ。塩を振って会場に持って行くよ」

 「ほう、衣を付けて2度揚げするのか。1度目でホクホク、2度目でカリッだな」

 「そうですね。1度でその両方は難しいので、温度を変えて調理します」

 「そんな秘伝をさらっと見せてしまって良かったのか?」

 「今はそんなことよりも、ルシアン様のために美味しい物を提供する方が大事ですからね」


 役割を分担しながら作業を進めていると、ルビアから揚がったフライドポテトの確認を依頼された悠真。

 食べてみると、外はカリカリ、中はホクホクで、高温で揚げたため油もベタベタしていない。


 「よし、塩を振って持っていくか」

 「一口貰っていいかな?」


 料理長が興味津々といった感じで声をかけてきた。


 「ユーマの調理法で、フライドポテトがどう変わったのか興味があってね」

 「気が付かずにすみません。どうぞ」


 悠真は料理長にフライドポテトを差し出し、料理長がまだ熱が残るフライドポテトを口に入れる――。


 「こ、これは……。ここまで変わるとは恐れいった。今日のフライドポテトと比べ物にならないくらい美味しいぞ。これならブレット様も文句のつけようがないだろう。自信を持って出すと良い」


 料理長のお墨付きをもらった、まだ熱が残るフライドポテトを、懇親会の会場へと運んだ。




 「お待たせしました。フライドポテトです。ルシアン様どうぞご賞味下さい」

 「おぉ、待っておったぞ。どれ、1つ頂こうか」


 悠真の作ったフライドポテトを手に取り、口に運ぶルシアン。その表情が劇的に変わったのを周りの貴族達は見逃さなかった。


 「おぉ、期待以上の美味さだなこれは。良くやった」

 「過分なるお言葉を受け、身に余る光栄です」

 「ほぅ、逃げることなく作ってきましたか。どれ、私も頂くとしましょう」


 そう言ってフライドポテトを口に運ぶブレット。その表情は驚愕したかと思ったら、悔しがる表情へと変化していった。


 「まぁ、そこそこできるようですな。しかし私の好みは、もっとカリカリした方が好みだな。まぁそこまでは無理な話ですか」

 「何を言っているのだブレット殿。そなたの言っていたベタベタ感もない、火の通りも均一で、先ほどのと比べても遜色がないどころか、それ以上だぞ。これ以上まだ求めるのか」

 「確かにそれはクリアしているが、私の好みとは違うのでね。もっとカリカリというか、パリパリした感じが好みなのでねぇ」

 「かしこまりました。それではカリカリしたフライドポテトをご用意いたしますので、少々お待ち下さい」


 悠真の言葉にブレットだけでなく、ルシアンも驚いた表情で悠真を見た。


 (その挑戦、受けて立とうじゃねぇか!)




 厨房に戻ってきた悠真はイライラしながらも、カリカリのフライドポテトをどうやって作ろうか考えている。


 「もっと薄く切るか。今は6等分のくし切りだけど、8等分にするか。それではまだ足りないか……。エレン、10等分のくし切りにして作ってみてくれ」

 「かしこまりました」

 「ミモザ、もっと厚く衣を付けてみてくれ」

 「了解っす」


 できあがったフライドポテトは、薄くなったためホクホク感は弱くなったが、その分カリカリになった。


 「これで妥協して持って行くべきか……」


 悠真が悩んでいると料理長が声をかけてきた。


 「私はこれでも十分だと思いますよ。でも、妥協という言葉が出るなら、その先が見えているんじゃないですか? 妥協してルシアン様の顔に泥を塗るくらいなら、妥協せずにやってみたらどうでしょう。時間的にも次が最後になると思いますよ」

 「そうですね。時間も限られていますが、もう少しだけ、考えてみます」


 悠真は目をつぶり、日本での記憶を必死で思い起こした。

 ハンバーガーショップでのポテト、レストランでのポテト、バーでのポテト、どれも食べごたえはあったが、カリカリという食感を優先した物ではなかった。

 悠真が記憶を思い起こし始めて数分、未だ記憶を頼りに解決法を考えていた。


 「今回求められているのは、カリカリのフライドポテト……。カリカリにするには細くして水分を飛ばす必要があるんだよな。細く……か」


 悠真が悩んでいる目の前で、王城のメイドが足を滑らせ、皿を割ってしまった。


 「も、申し訳ございません」


 必死で料理長に謝っているその姿、割れたお皿を見て悠真はふと思い出した。


 「有難う! おかげで解決したかもしれない!」

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