第33話 寿の胸中
女中たちがすでに就寝して、真っ暗になった寝室に入った寿は布団の中に入ると、天井を見上げたままぼんやりと考え始めた。
まさか、お暇(休暇)が貰えるとは思ってもみなかった。突然決まった休暇をどう過ごそうか。本当はもう少し日が経ってから、使おうかな、とも思っていたのだけれど。
さきほどお峰に確認したら、翌日は休みが被る者もいないとのことだったので、それはそれで良かったと思う一方、気がかりなのはやはり主である紅蓮のこと。
他の女中たちは当主に知られたら目を付けられるからと、普段紅蓮の話はしない。彼女のことを口にするにしても、確実に当主のいないところと場が決まっている。しかも、個人名ではなく「孫」、と呼ぶ始末。
(そもそも、どうして大奥様は紅蓮さまをお嫌いなのかしら?)
この屋敷に奉公にやって来た時から、寿が不思議に思っていたことだ。
お勤めの内容を説明された時も、当主も周りにいる者たちの雰囲気も普通じゃないというか、明らかにピリピリと張り詰めた空気が部屋中に漂っていた。
そういったこともあって、お孫様が一体どんな女性なのかと気が気でなかった。
そういえば、今思い返してみても紅蓮が当主の話をしているところを一度も見たことがない。
(うーん、気になるなぁ……)
お峰なら何か知っているのかもしれないが、聞いてもきっと教えてはくれないだろう。
上手いことはぐらかされて、それっきりという可能性の方が高い。それ以前に、寿にそのことを聞く勇気はない。
寝返りを打つと、隣で寝ていたお峰とは違う女中が高いびきをかいて爆睡している。他にも寝息や何やら誰のものか分からない寝言まで聞こえてきた。
こうして、一部屋に数人の女中が布団を敷いて就寝する様は、幼い頃に借り住まいしていた長屋での様子を思い起こさせた。
長屋(棟割長屋)の広さはもちろん六畳一間。ただ、この六畳間は土間を合わせての広さであり、実際の居住で使用出来たのは四畳半ほどで、残りの一畳半分くらいは土間の広さである。
そこに両親(この頃、祖父母は別の長屋に住んでいた)、三つ年上の兄と自分。そこに四人が横になって眠るのだから、狭いったらない。
おまけに、長屋の部屋と部屋を隔てる壁板なんかは薄いので、家族のいびきや寝言のみならず、隣の部屋に住む男性(隣は夫婦と子ども一人が住んでいるから恐らく旦那さん)のいびきまで聞こえてくるのが当たり前。
さすがに今の実家は長屋ではなく、大きさはそれほどないが町屋(商人などの町人が住む店舗が併設された住宅)である。町屋に移り住んだ頃に妹が生まれたのだ。
そういった経験があるおかげで、同じ部屋で寝る女中たちのいびきが
ふと気付いて、寿は隣で寝ている女中に背を向けると、反対側にある庭園がある方の引き戸に顔を向けた。
そちらを少しの間眺めたが、今日はいつもの妖気を感じない。
ここ最近は毎日のように感じていたのに。
(今日は、ミズハさまいらっしゃらないのかな?)
正確にはミズハさまなのかも分からないが、紅蓮に害が及ばないのならもはや何でもいいと、最近は思うようになっている。
気がかりなことが多すぎて、疲れているはずなのになかなか寝付けない。
紅蓮も今頃あの蔵の中で就寝している頃だろう。
その時、突然頭の中に金平糖が浮かんだ。
「そうだ!」
思わず跳ね起きてそう口に出していた。だが、周囲で皆が寝ていることを思い出して、慌てて口を押える。
周囲を見回すと誰も起きる気配はない。
そのまま寿は掛け布団をぎゅっと掴むと、
「よし、やっぱり明日は市場に行こう。お暇の日でないと外出出来ないんだし」
お暇の日であれば、金銭を持つことが許可されるので、外に遊びに出る者もいると聞く。
「金平糖あったら買ってこよう」
そう言うと、再び布団を被って、今度は眠ろうと試みる。
目を瞑ってしばらくすると、睡魔が押し寄せてきた。
深い眠りに落ちる瞬間、どこか遠くから火事を知らせる火消しの鐘のやかましい音が聞こえたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます