第35話 虎の巻物

 毒丸は廃寺の中の品々を整理した後、引き戸を開けて外に出た。

 雨なんぞここ最近は降っていないのに、相変わらずジメジメとした湿っぽい陰鬱な雰囲気が辺りに広がっている。

 彼は引き戸を閉めた後、廃寺の裏手に回り込んだ。その先は林が広がっている。

 少し歩いて行けば、数体の地蔵が道端に見えて来る。その隣に深く笠を被った小柄な男が敷いた御座ござの上に胡坐あぐらをかいていた。

 男は毒丸に気付くと、顔を上げてからぱっと笑顔を見せて、

 「マルさん!」

 少々高めの掠れ声で彼の愛称を口にすると、毒丸も笑みを見せて、

 「よう、雷太らいた。そろそろ来る頃だと思ってたぜ?」

 「まあね。それよりさ、良いもんが手に入ったよ」

 「今度は何を手に入れた? この前は河童の腕を俺に押し付けただろ?」

 「押し付けたんじゃないよ、あんただって面白そうに眺めていたじゃないか」

 雷太と呼ばれた男は文句を口にしてから、横に置いていた籠の中を漁り始める。

子どもが余裕で入りそうなくらいの大きな籠だ。

 少し待っててよ、と言われたので毒丸が言われた通り待っていると、「あった、あった」と言いながら雷太は一つの巻物を取り出した。

 「巻物か。お前のことだ、どうせ気味の悪い幽霊画とかなんだろ?」

 すると、彼は唇を尖らせてこれを否定した。

 「何言ってんだよ、マルさん。幽霊画じゃねえ」

 「じゃあ、何だよ? 七福神でも描かれてんのか? たまには縁起物とかが良いんだが」

 つまらなそうに返す毒丸に対して雷太は再び笑みを浮かべる。

 「縁起物って訳じゃないけど、あんたを守ってくれるかもしれないぜ?」

 得意げに言ってから、勢いよく巻物を広げて見せた。

 現れたのは金色の毛並みが美しい一匹の虎の画。

 「ほう、虎か」

 大きな体躯は今にも飛び掛かってきそうな程、迫力がある。鋭い眼差しや鋭利な爪だけでなく、毛の一本一本まで丁寧に書かれており、この画を描いた作者の本気度が感じられる。

 毒丸は虎の画から目を離すと、雷太に顔を向けて尋ねた。

 「で? 守ってくれるっていうのは、一体どういう意味なんだ?」

 「言葉の通りさ。魔除けの効果があるんだよ、その虎の巻物には。持ってて損はないと思うけど」

 「何で、そんな物俺に勧めんだよ?」

 「何となくだけどさ。あんた、最近何かと?」

 そう尋ねる雷太の顔からは既に笑みが消えている。

 「接触……?」

 毒丸の脳裏に妖艶に笑う近重このえの姿が浮かぶ。

 (まさか、俺も獣臭いのか?)

 思わず雷太を見るが、彼は変わらず無表情のままだ。

 毒丸は口角を上げると、

 「へえ、その接触したヤツが俺に何かよくないことをしでかすのか?」

 「さあ、そこまでは俺にも分かんないよ」

 先程までのただならぬ雰囲気から一変して、雷太はけろっとした態度でそう返した。

 これにはこちらも拍子抜けしてしまう。

 「何だよ、驚かせやがって」

 「ああ、ごめんよ、マルさん。今のは忘れていいから。それじゃあ、俺はこれで」

 「ああ、また何か手に入ったら教えてくれ」

 毒丸はそう言うと、彼に数枚の文銭ぶんせんを渡した。もちろん、虎の巻物代である。

 「あれ? あんた、文銭なんて持ってたんだ。この前なんか、干からびたトカゲ数匹だったのに」

 「悪かったな、干からびたトカゲで。お前だって金銭そっちの方がいいだろ?」

 「そりゃあ、そうさ。じゃあ、ありがたく頂いてくよ。またな、マルさん」

 雷太は礼を口にすると、あっという間に闇にまぎれて消えてしまった。

 

 

 

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