第50話 切(きり) ①

 廃寺に戻った毒丸は思わず目を疑った。目の前には近重このえと少年がひしと抱き合っていたからだ。

 しばらく呆然とその様子を凝視していたが、こちらに気付いた近重は笑顔で彼の名を呼んだ。

 「あらぁ、毒丸。やっと帰って来たわねぇ」

 毒丸と聞いて、少年は慌てて近重から離れる。赤く染まった顔を伏せたまま、口を引き結んでいる。その様子から彼が気まずく思っているのがこちらにも伝わってきた。

 「近重、お前なあ。いくら男が好きだからってこんなガキを……」

 毒丸が呆れてそう言うと、彼女は声を立てて笑いながら、

 「嫌だわぁ、何言ってんのよ。この子があんまり可愛かったから、つい抱き締めてしまったのよぅ」

 「か、可愛いとか言うな!」

 反論する少年を気にすることもなく近重は続ける。

 「アタシがここに来た時、あなたがいなかったからこの子に相手をして貰っていたの。それで、今日はどんな品物が手に入ったのかしら?」

 そう口にする近重の視線は毒丸が脇に挿しているある物に注がれている。

 「あのなあ、別に品物を手に入れに外に出ていた訳じゃないぞ?」

 溜息を吐いてそう言うと、脇に挿していたそれを手にして二人の前に広げて見せた。

 「こいつは掛け軸ってもんだ。部屋に飾って使う」

 現れたのは黒と金の毛並みを持つ獣。猫のように長い尻尾があり、その眼つきの鋭さから獰猛な雰囲気が感じ取れる。今にも掛け軸から出て来そうな気さえする。

 「これ何だよ? 化け猫か?」

 少年が尋ねると毒丸は面倒くさそうにそれを否定した。

 「違えよ、こいつはトラって生き物だ」

 「トラ?」

 聞き慣れない単語に近重と少年は首を傾げる。

 「この辺にゃ生息してねぇ生き物だ。海を越えたに住んでいるとされる。こいつはそんな大陸の連中と繋がりのあるヤツが俺に勧めてきたんだ」

 「ふうん、大陸ねえ」

 「あら、なかなか迫力があって良いわねぇ」

 切に続いて近重がそう言うとと、再び毒丸が続ける。

 「何でも俺を守ってくれるらしいぜ。魔除けの効果があるんだと」

 「魔除けのために持ち歩いているなんて毒丸だって変わり者じゃない」

 「お前ほどじゃねえよ。そんなことより」

 毒丸は近重から視線を外すと少年に視線を向けた。

 「きり、いつまでここにいんだよ。自分んとこのボロ屋に戻れ」

 切と呼ばれた少年はぴたりと動きを止めて、そのまま動かない。

 その後すぐに顔を伏せると消え入りそうな声で、

 「もう住む場所なんてねぇ」

 「どういう意味……」

 「この前来たヤツらが勝手に住み付いて、俺とのこと追い出しやがった」

 「まあ、そうだったの。それで、切のお兄さまとおばあさまはどこにいるの?」

 「近重!」

 毒丸は鋭い声で彼女を呼ぶと、

 「お前、俺に用があって来たんだろ? さっさと廃寺こっち来な」

 「あら、すっかり忘れていたわ。でも、この子が……」

 そういうと、切の方に顔を向ける。

 「そのガキはどうでもいいんだよ。さっさと来い」

 とっとと廃寺の中に入って行く毒丸に続いて、近重もそちらに向かう。

 中に入る前に振り返り、

 「野暮なことを聞いてしまつたかしら。今聞いたことは忘れてちょうだい」

 明るい声音で言ってみたものの、切は顔を伏せたままで何も答えようとはしない。 

 毒丸と近重が廃寺の中に消えた後、切は自分の懐に入れていたを握りしめた。

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