自由時間のお誘い
御門さんの高笑いを耳にしながら、恥ずかしそうに身を縮めるエリカちゃん。
ええーい、もう!確かに家族のことを恥じる気持ちは分かるけど、やっぱりこの子は気にしすぎだ。せっかくの臨海学校なんだから、そんなくだらない事に振り回されてないで、楽しい思い出の一つでも作らなきゃ損じゃない。だったらやっぱり……
「エリカちゃん、今日の自由時間って暇?暇だよね。だったらアタシ達と一緒に、街に行こうよ!」
「えっ、自由時間ですか?でも……」
「さっきまともに話す人がいないって言ってたよね。てことは自由時間も、一人で過ごすつもりなんでしょ。だったらアタシ達と一緒に遊んだほうが、きっと楽しいよ」
「でも……」
煮え切らない……と言うより、いきなりの申し出に戸惑っている様子のエリカちゃん。するとこの強引な話の進め方に、琴音ちゃんも慌てる。
「旭ちゃん、言いだしたアタシが言うのもなんだけど、ちょっと強引なんじゃ?」
「だってこの様子じゃあ、せっかくの自由時間だっていうのに一人で部屋に引きこもりかねないんだよ。だったらちょっと強引でも、外に連れ出さなくちゃ。そりゃあ、どうしても嫌だって言うのなら話は別だけど」
「それはそうかもしれないけど……」
そりゃあアタシだってもっと穏便に話を進めた方が良いとは思うけど、多分この子は誘い方が弱いと、委縮して断ってしまいそうな気がする。すると……
「……行きたいです」
「えっ?」
「春乃宮さん達が良いのなら、私も連れて行ってくれませんか?私だって一人でいるより、誰かと一緒に過ごしたいですよ!」
さっきまでの消極的な様子が嘘のように、興奮気味に自分の意見を口にするエリカちゃん。けどすぐに声のボリュームが大きくなってしまっていたことに気づいて慌てて口を紡ぐ。
「ごめんなさい、大きな声を出してしまって。こんな風に誰かから誘われた事なんて、年単位で無かったからつい……」
恥ずかしそうに俯くエリカちゃん。一方アタシと琴音ちゃんは、顔を見合わせてちょっと切ない気持ちになる。年単位って……
この子、本当に今まで一人で過ごしてきたんだな。ちょっと涙が出そうになってしまう。
「あの、でもご迷惑じゃないでしょうか?私といると、変に目立ってしまうかもしれませんよ」
エリカちゃんはそう言うけど、こっちは日ごろから御門さんに因縁をつけられて悪目立ちさせられている身だ。今更そんな事を気にしたりはしない。アタシがそう思っていると、琴音ちゃんも笑顔を見せる。
「平気だよ。実は言うと、私も特待生って事で、高等部では変に後ろ指をさされることがあるの。そんな私だけど、良いかな?」
「そんなの全然大丈夫です。私は別に、特待生に偏見なんてありませんし。特待生って事は、頭が良いって事ですよね。むしろ尊敬しますよ」
お、どうやらエリカちゃん、やっぱり話が分かるこのようだ。普段琴音ちゃんを特待生だの庶民だの言って蔑んでいる御門さんに、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ。そんな事を思っていると。
「悪目立ちって言うのなら、アサ姉だって負けていないから。むしろ君の方こそ、アサ姉と一緒で良いのって心配になるくらい」
いきなり失礼な事を言われた。
言ったのはもちろん空太。いったいいつからそこにいて、どこから話を聞いていたのか。いつの間にか朝食をトレイに乗せた空太が、壮一と一緒にアタシ達のすぐ横に立っていた。
「何よ空太?アタシがいつ悪目立ちしたって言うのよ?」
「本人に自覚が無いって言うのが質が悪い。流石に御門さんよりはマシだとは思うけど、アサ姉だって十分おかしな人に分類されるんだからね」
この子はいつもいつも、一言二言余計な事を言ってくれる。おかしな人って、そんなことないよね?そう目で訴えかけながら、壮一に視線を送る。
「ははっ、まあこんな感じの俺達だけど。エリカさん、それでもいいかな?」
「はい、喜んでお付き合いさせていただきます」
満面の笑みで答えるエリカちゃん。壮一がアタシをフォローしてくれなかった事がちょっぴり引っかかるけど……まあいいか。
「じゃあ決まりだね。あ、そうそう、念のため、お姉さんにはバレないようにしておいてくれないかな?別にやましい事をしているわけじゃないけど、念のため、ね」
「……はい。お姉ちゃんの事ですから、何かと因縁をつけてきてもおかしくないですしね」
エリカちゃんがチラリと目を向けた先には、未だ高笑いを続けている御門さんの姿がある。何だかさっきから笑いっぱなしだけど、よく肺活量が持つなあ。まあそれはさておき、エリカちゃんが承諾してくれてよかったよ。
「それで、いったいどこに出かけるんですか?」
「んー、具体的な事は決めてないけど、まあ適当に街をぶらついてみようか。目的が無くても、きっと楽しいよ」
そんな話をしながら、アタシ達は朝食を取り始める。食べている最中、エリカちゃんは終始ご機嫌な様子で。これが本来のこの子の姿なんだろうなと思って、ほっこりした気持ちになるのだった。
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