第25話 鈴木ちゃんの春
「ガアァァァァァ・・・・・」
夜明けの海沿いを原付が行く。
漁協の鈴木ちゃんだ。
『ハマ屋』の前を通るときに、
「鈴木ちゃんおはよう!」
と声をかけても、
「おはようございまぁ・・・ァァァァ・・・」
と、止まることなく行ってしまう。
彼はいつも仕事に追われている。
雫港漁協の正式な職員は現在鈴木ちゃん一人で、事務仕事のすべてをパートの晴子さんと二人でまわしている。
小さな漁港とはいえ、やることは多い。
今日も、壊れた船の修理依頼を出したり、新しい大漁旗の図案を考えたりと、「それ、ホントに君の仕事?」と訊きたくなるようなものまでこなしている。
「職員を増やせばいいのに。」
と言っても、
「今の雫港にそんな余裕は・・・。」
と返されたら、こちらも言いようがなくなる。
「私も事務仕事なら手伝えるけど・・・?」
「いいえ、ヨーコさんは『ハマ屋』に居てください。」
男気のある鈴木ちゃんは、いまだ独身。
鈴木ちゃんによる「雫港収益倍増計画」は、なかなか実を結ばない。
販路の拡張を図ろうにも、そもそも知名度の低い雫港は相手にされないことも多い。
そこで最近は「知名度を上げる」ことを優先して企画しているのだが、世間の「注目されるモノに、より注目が集まる。」という不思議な法則を前に、こちらも成果を出せずにいる。
「いっそのこと、ドラマか映画の舞台にでもなってくれたら・・・。」
テレビや映画の製作会社や、出版社などにも資料を送ったりしているようだが、今のところまるで手ごたえが無いようである。
「はぁ、いい所なのになぁ・・・。」
と、今日も仕事に追われている。
気象予報士の資格を持つ鈴木ちゃんは、それを生かせる仕事を求めて雫港へやって来た。
「天気によって漁師の収入は大きく左右されるだろうから、その役に立てるんじゃないかと思って・・・。」
実際鈴木ちゃんの予報は、漁場の天気はもちろん帰港の時間まで考慮した徹底した「漁師目線」で高い支持を受けている。
時には無線で直接船に伝えることもあり、その為にアマチュア無線の免許も取った。
「もっとデータが揃ったら、漁獲高の予測もできそうなんですけど・・・。」
と、穏やかに野望を語ってくれた。
まだ仕事を増やすつもりのようだ。
休日明けのある日、彼は肩を落としていた。
「鈴木ちゃんねぇ、むふっ、またやっちゃったのよぉ。」
晴子さんの話によると、前日参加した『婚活パーティー』で、自分自身のアピールもそこそこに「雫港の魅力」を熱く語り会場をシラケさせてしまったんだそうだ。
ここのところ月に一度のペースでこういった『イベント』に参加している鈴木ちゃんは、その度に同じようなことを繰り返し、また肩を落とす休日明けを迎えるのだった。
仕事熱心なのはよろしいけれど・・・。
「あらぁ、またやっちゃいましたねぇ。」
「ねぇ、鈴木ちゃん、イイ奴なんだけどね~。」
「えぇ、彼の良さに気づいてくれる人がいるといいんですけど・・・。」
「・・・ねぇ。」
晴子さんが意味深な目でこっちを見ている。
そんな鈴木ちゃんが、お昼はカップ麺で済ませている。
と、ある時晴子さんが教えてくれた。
「パソコン叩きながらズルズルやってるもんだから、いつかひっくり返しぁしないかと思ってねぇ。」
「まぁ、危なっかしいわねぇ。」
「そうなのっ。それに毎日『カップ麺』でしょ?なぁんか、体大丈夫なのかなぁって。」
「えぇ、さすがに毎日はねぇ・・・。あ、そしたら晴子さん、明日出勤前にちょっと寄ってくださいな。」
晴子さんの出勤時間は午前10時。定時では。
「明日?・・・いいけど・・・。」
「ほら、お弁当ぐらい作ってやっても、バチは当たんないかなぁって・・・。」
「あぁら、ヨーコちゃんも人がいいわねぇ。」
「・・・まぁ、恩返しみたいなもんですよ。」
それ以来、毎日お弁当を作ってやっている。
仕込みのついでに作ったものだから、決して豪華なものではないが、帰りがけに空になった弁当箱を持ってくるので美味しく食べてくれているようだ。
そんなある日の午後、カラカラカラ・・・と弱々しく『ハマ屋』の戸が開いた。
そこには清楚を絵にかいたような女性が立っていた。
「いらっしゃい・・・どうぞ。」
促されて一歩二歩と入ってきた彼女は、
「あの・・・先日、あの・・・こ、婚活・・・パーティーの方で、こちらの鈴木さんに、お目にかかりまして・・・」
女性の口から『婚活パーティー』とは、なかなか言いにくいものである。
「それで、・・・あの、あの方が、こんなに熱く語れる『雫港』とは、どんな所かと、思いまして・・・」
清楚な彼女がやっと私の方を見て、
「あの・・・、鈴木さんに、お会いできませんでしょうか?」
なんて言うじゃありませんか。
「・・・あ、はいっ、鈴木ちゃんね。ちょっと源ちゃ・・・」
源ちゃんは口を開けたままポケ~っと彼女の方を見ている。
「ちょっと、源ちゃん。ちょっと行って鈴木ちゃん連れてきてっ、大急ぎっ。」
「・・・あ、あぁ分かったっ。」
大慌てでバタバタと出ていく源ちゃん。
「あの・・・すぐ来ると思うから、そこいらに座って待ってて。」
「は・・・はい。」
彼女はかぶっていた帽子を取り、カウンターの隅にやわらかく腰を下した。
これは、とても意外な展開だ・・・。
何か声をかけなければいけないが、では何と言ってあげたらいいものか。
「あの・・・どうして『ハマ屋』へ?・・・あっほら、鈴木ちゃんにならウチより漁協の方へ・・・」
と言いかけて、ガラララっと源ちゃんが荒々しく帰ってきた。
「はいよぉ~、鈴木ちゃんお待ち~。」
その姿を確認するや彼女はピッと立ち上がり、
「あっ、あの・・・先日の、その・・・こ・・・パーティーで、お目にかかりました森川、森川明音です。」
やはり『婚活パーティー』とは言いにくいものである。
「・・・あの、私は隅っこの方にいたので、あの・・・覚えてらっしゃらないとは、思いますが・・・。」
そう言われて鈴木ちゃん、
「え、あの、いえ、覚えて、います・・・。」
緊張を隠し切れない様子。
「少しお話しできないかぁと思っているうちに終わってしまいまして・・・。それにあの、僕は、余計なことをベラベラと、しゃべりすぎてしまったようで・・・。」
彼女が少し微笑んで、
「・・・はい、あなたの、この『雫港』への思いは、ちゃんと伝わりました。」
何か口を挟もうとする源ちゃんを、目で殺す。
部外者による余計な口出しは無用だ。
「・・・あの、よ、ようこそ雫港へ。」
「・・・はい。」
恥ずかしそうにする鈴木ちゃんを、真っ直ぐ見つめる彼女。
これは、決まりだな。
と思ったのも束の間、
「あの、わざわざ来ていただいたのに申し訳ないのですが、仕事の方に戻っても・・・?」
・・・へ?
「ちょ、ちょっと鈴木ちゃん、あんた何言ってんのっ。こうやってわざわざ会いに来てくれたのにさぁ、こんな時ぐらい仕事はうっちゃっといても・・・ねぇ?」
彼女の方を見ると、
「あの、いえ・・・今日は、こうしてお会いできただけで、その、充分ですので・・・。」
女神のような笑顔を浮かべている。
「いやぁ~~~そうはいかんっ!」
声を上げたのは源ちゃん。
「いいかい鈴木ちゃんっ。こんな機会は人生でそう何度もあるもんじゃないんだよ。こんな時にあんた仕事なんかしてる場合かい?」
「げ、源ちゃん、それはそうなんだけど・・・、僕がやらないと、仕事が終わらないから・・・。」
それもそうなんだよねぇ・・・。
「・・・うん、ならこうしましょっ。」
ここは店主として私が仕切る。
「鈴木ちゃんはサッサと仕事に戻りなさい。」
「おぉい、いいのかよヨーコぉ。」
「その代わり、定時に終わらせてココに戻ってくることっ。」
鈴木ちゃんの終業時間は午後三時。定時では。
「返事は?」
「は、はいっ。」
「明音さんも、それでいいかしら?」
「はい。・・・ココで、『ハマ屋』で待たせていただきます。」
「ハイ決まりっ、じゃぁ鈴木ちゃんは仕事に戻るっ。」
「はいっ、行ってきますっ。」
と颯爽と仕事に戻っていった。
「なぁヨーコぉ、鈴木ちゃんあいつ『行ってきます』って言った?」
「うん、そう言ったわねぇ・・・。」
「あの~・・・」
清楚な彼女が、私の方を見て、源ちゃんの方を見て、もう一度私の方を見て、
「あの・・・お二人は、ご夫婦?」
「え?あ、いや・・・。」
狼狽える源ちゃんに対し、私は、
「いえ、違います。」
と冷たく返す。
そう訊かれそうな気がしていたので、答えは用意しておいた。
「な、なんだよ~その言い方ぁ、最近冷てぇんだよなぁ・・・。」
「ふふっふふふっ、ごめんなさい。なんかそんな気がしたのですけれど、気のせいだったようですね。」
「えぇ、気のせいです。」
「またぁ、今日はバッサリ行くなぁ。」
「ふふふっ、可笑しなお二人・・・。」
「あの、ホントに気のせいですから。」
「ふふっ、はい。」
清楚な彼女の、女神の微笑み。
「あ、さっき訊きそびれちゃったんだけど、どうして『ハマ屋』へ?鈴木ちゃんに会いに来たのなら漁協の方がすぐなのに。」
「あの、それは・・・。」
彼女が言うには、鈴木ちゃんが例の『演説』の最後に「雫港へお越しの際は、ぜひ『ハマ屋』へお寄り下さい!」と言ったのが印象的で、てっきり『ハマ屋』の人だと思ったのだそうだ。
「はははっ、そうよねぇそんな言い方されたらコッチへ来ちゃうわよねぇ。」
「おぉいヨーコ、笑いすぎだぞぉ。」
「ははっ、ごめんごめん。だって、なんか鈴木ちゃんらしいなぁって。」
「鈴木さんらしい?」
「ふふっ、えぇ。いっつも正直で生真面目で頑張り屋さんで、でもちょっとピントがずれてるところがあって・・・。」
「・・・そうなんですか?」
「えぇ、でなきゃ・・・ねぇ、あんな席で雫港のPRなんてしないわよ。」
彼女の手前『婚活パーティー』という言い方は避けた。
「・・・ふふっ、そうですね。」
彼女が微笑むたびに、心が浄化されていくようだ。
「あの、明音さん?」
「・・・はい?」
「鈴木ちゃん、イイ奴だから、ね。」
「・・・はいっ。」
健気にうなずく清楚な彼女を、源ちゃんがポケぇ~っと見ている。
「源ちゃ~ん、鼻の下のびてるわよぉ。」
「へ?・・・えっバカっ、そんなんじゃねぇしっ。」
「ふふふっ、本当に可笑しなお二人。」
その後、本当に定時で仕事を切り上げてきた鈴木ちゃんは、日没までの時間を彼女とのお互いの事を話す時間に充てた。
私もささやかながら、特製の玉子焼きで花を添えた。
恥ずかしそうにする鈴木ちゃんと、幸せそうな彼女。
こりゃ、お弁当を作ってやらなくても済む日が来るのも、遠くないな。
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