君の背中にはレッテルがある
川住河住
序章
1
「なあ。お前、見えているんだろ?」
名前の分からない男がそう言った。
僕は動揺を見せないように黙って考える。
どうしてバレた、と。
今までずっと上手く隠してきた。誰にも知られないように生きてきた。
それに、ちょっとやそっとのことでバレるものではないはずだ。
考えていくうち、あの子が話したのかもしれないと一瞬疑った。
だが、それはないとすぐに打ち消す。彼女は、そんなことをする人ではない。
「おいおい、無視しないでくれよ」
教卓の前で仁王立ちしている男がまた口を開く。
そもそもこの男は誰なんだ。
名前は知らないけれど、ここ最近校内で何度か姿を見かけたことがある。
それどころかすれ違ったときに挨拶をしたことだってある。
年齢は二十代半ばから後半くらい。
今日もまた黒色のスーツ、白いワイシャツ、紺色のネクタイを締めている。
毎回同じ格好をしているから見間違いようがない。
他に服を持っていないのかと尋ねたくなる。
最初は今年採用された教師だと思っていた。
けれど、今になって新任式でこの男の姿を見ていないことを思い出す。
教育実習に来ている大学生でもないだろう。
入学式があったばかりの四月に教育実習なんてないはずだ。
学校に出入りする業者か、他校の教師が出張で来ているという可能性も考えた。
だが、部外者が一人で自由に行動していいはずがない。
ましてや勝手に教室に入って、生徒に話しかけるなんて……。
そもそもいつの間に入ってきたのだ。
僕が教室に入ってきた時にはいなかったはずなのに。
今は放課後。生徒は下校するか、部活動に向かう時間帯だ。
僕は、荷物を持って帰ろうと思っていたところに声をかけられた。
声のする方を向けば教卓の前に男が立っていたのだ。
「何のことですか?」
一人で考えてばかりでは答えが見つからない。
相手がどこまで知っているのか。
どうして知っているのか。
それらを確認するために質問してみる。
「お。ようやく反応してくれたか。嬉しいねぇ」
難しい顔をしていた男の表情が緩んだ。
「あなたは誰ですか? この学校の教師ではないですよね」
言いながら教室の出入口を横目で確認する。
ここを出て職員室か、警備員室に行かないと。
残念ながら前も後ろも両方とも戸が閉まっている。
走って行くとしても戸を開ける手間がある。面倒だ。
男に気づかれないように片足を出入口の方に向ける。
「俺のことはどうでもいい。今は、お前のことを話そう」
「だから、何のことを言っているのか分かりません」
「能力のことだよ。お前のその、見える能力のことを言っているんだ」
まずい。
やはりこの男は知っている。
これは非常にまずい。
出入口に向けていた足を名前の知らない男に向け直す。
「もう一度聞く。見えているんだろ? 頼む。教えてくれ!」
男は真剣な表情で言うと、深々と頭を下げる。
いつ知ったのだろう。
どこまで知っているのだろう。
どうして知っているのだろう。
いくつもの疑問が頭の中に浮かんだ。ほんの少しだけ考えてから決断する。
これで二人目か、と思いつつ、重い口を開いた。
「ああ、僕には見えているよ」
そう答えてから僕は、今までのことを振り返る。
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