レベッカ・ウィリアムズの困惑

 デボラ決戦仕様兵器第一式。

 試作機として作られた『四型』の後継機にして、デボラと対決するための正式機……それが『一式』だ。

 曰く、エンジンパワーと装甲が大きく強化されている。先の戦闘により『四型』のスペックでは逆立ちしても勝ち目はないと判明したが、そこから得られた戦闘データによれば、『一式』はカタログスペック上では十分デボラと戦える性能を持っているという事である。これだけで、対デボラ兵器の名を冠するに相応しい。

 改善されたのは戦闘能力だけではない。機体の震動を緩和する仕組みや、ボタン配列などが改善されている。実戦時によく使う経路は本数を増やすか広くし、逆に当初の想定よりも使われなかった道は細くしていた。戦闘能力に比べればなんとも地味な改善だが、しかしどれほど強い機体であろうとも、乗組員が快適に操作が出来なければ実力を発揮出来ない。こうした改善も、非常に重要なものだ。

 かくして様々な機能を盛り込んだ『一式』は、現在中国の首都北京郊外にて建造が進められている。大量の人材と資源を惜しみなく投入しており、完成は二ヶ月後……八月末の予定だ。勿論市街地近くでの開発は市民を危険に晒すし、精錬により生じる大量の汚染物質は浄化する暇がないので垂れ流し。北京以外の都市でも鉱石採取のために自然環境が破壊されている。本来なら国際的非難が集中するところだが、中国元凶説が揺らいだ影響で、国際社会から目立った声は上がらない。

 何より寒冷化の原因であるデボラを、これ以上放置も出来ない。何処の国でも、自国民に満足な食事も与えられていないのだ。中国による食糧支援が途絶えれば、本当に内乱が起きる。デボラが中国の開発した兵器ならこの心配はなかったが、中国までもが被害者ならいずれ……

 一時のリスク、一時の破壊、一時の汚染。気にしている余裕など今の人類にはない。人類の叡智を結集し、悪辣非道な自然の暴虐に打ち勝たねば、人の未来は絶たれる。『一式』は人類の希望となっていた。

 レベッカは、そんな『一式』のメインパイロットに選ばれた。

 本来ならば補欠として採用されていた彼女であるが、どんな状況下でも変わらない正確な操作技法、そして訓練用シミュレーションの成績の向上から、繰り上げ採用となった。

 自分以外にも、多くの補欠候補が正式メンバーに引き上げられたとレベッカは聞いている。デボラと戦えたのは ― あれを戦いと呼べるのだろうか? ― ほんの数秒とはいえ、その数秒が乗組員達を大きく成長させたのだ。特にメンタル面……デボラへの恐怖心の克服が大きい。

 尤も、それはデボラ相手に活躍出来たメンバーだからこその恩恵だ。『四型』には大勢の乗組員がいたが、全員が全員、等しく活躍出来た訳じゃない。

「はぁ……」

 例えばレベッカの自室にてため息を吐いた男――――山下蓮司も補欠から抜け出せないでいる一人だった。

「……今回も駄目だったの?」

「え? あ、うん。い、いやぁ、正式メンバーになるのは難しいなぁ……」

「基本的には素養のある人が選ばれてる訳だから、当然の結果だと思う。シミュレーションの成績で上回っていないなら、私だってあなたじゃなくて元々の正式メンバーを採用する」

「ぐふっ」

 ベッドに腰掛けているパジャマ姿のレベッカの無感情で容赦ない言葉に、ベッドを背もたれのように使っていた寝間着姿の蓮司は呻きを漏らす。顔は苦悶で歪んでいて、割と本当に苦しそう。

 蓮司は『四式』にて砲手を担当していたが、先のデボラ戦では砲は全く使われていない。そのため蓮司の腕前を披露する事はなく、また成長も出来なかったのである。肝は据わったようだが、シミュレーション結果が良くならなければ意味がない。

 故に中々正式メンバーに選ばれず、このままだと補欠候補のままで終わりそうなのだ。補欠でも搭乗員となれば仕事はあるし、『一式』に乗れる事には違いないが……補欠という肩書きは、男として思うところがあるらしい。

 彼を苦しませてしまったレベッカも、眉を顰めた。

 彼が自室……正確には中国政府が与えた寮の一室だ……に入り浸るようになって、どれだけの月日が経っただろうか。

 デボラとの戦った翌日から、ちょいちょいと話をするようになり、一緒に行動する事が増え……ある日「部屋に行っても良いか」と問われたのでOKを伝えたところ、割と高頻度で来るようになった。レベッカとしても蓮司の事は嫌いじゃない・・・・・・ので特に問題はなく、こうしてのんびりと話を交わしている。

 ……感情は失われていても、元々は一介の少女だ。レベッカにも、蓮司が自分にどんな感情を向けているかは分かる。

 好きな割には手を出してこないし、寝る時はしっかり自室に戻るので、誠実で真面目な人だとはレベッカも思う。顔立ちも、良い方ではないだろうか。ボランティア団体みたいなものとはいえ、このご時世に『仕事』もしている。恋人、その先にある婚約相手としては申し分ない。

 だけど、レベッカに愛情はない。

 ……感じられない。自分を好いてくれている人なのに、その人に対し何かを感じられない。

 それが、胸をざわざわと掻き乱す。

「ねぇ、蓮司」

「ん? なんだい?」

「あなた、私の事が好きなのよね?」

 さらりと、レベッカは蓮司に問う。

 問われた蓮司は顔を真っ赤にし、右往左往。実に分かり易い反応だった。蓮司自身もそれは自覚するところなのか、胸に手を当てながら息を整え、相変わらず赤面したままの顔をレベッカに見せる。

 それからこくりと、頷いた。

 否定しないところは『好感』が持てる。だけどそれは愛情となってくれない。

「ごめんなさい。私、恋がよく分からないの」

 だからレベッカは、正直に己の気持ちを伝える。

 蓮司は一瞬呆けたような顔をしたが、すぐににっこりと微笑んだ。次いで手を伸ばし、レベッカの頬を触る。

 温かで、優しい手付き。

「なぁ、ここでクイズをやらないか?」

「? クイズ?」

「今、俺が何を考えているか当てるクイズ」

 いきなりクイズを振られ、レベッカは僅かに戸惑う。

 そう、戸惑った。デボラとの戦闘すら動揺しなかったというのに。

 自分の心境に気付き困惑しつつ、レベッカは言われるがままクイズに挑む。しかし感情が乏しくなってから十年が経つ今のレベッカに、人の気持ちを汲むのは中々至難の業である。

「……好きだなぁ、とか?」

 とりあえず、相手が自分の事を好きなのだという前提からこの答えを導き出す。

「残念、思ったよりほっぺたぷにぷにで可愛いなぁ、でした」

 すると蓮司は、大変細かい答え方をした。

 そんな複雑怪奇な答え、分かるものか。大体頬がぷにぷにしてるなんて自分で感じられるものじゃなく、どう考えてもその部分は分からないだろうに。

「……それ、当てられる訳がないと思うのだけれど」

「当てられるかどうかじゃないさ。こんなしょうもない事をして、楽しいかどうかだ。俺は、君が楽しいならそれが良い」

「……あなたは楽しい?」

「うん、楽しい。ちょっと寂しいけどな」

「……そう」

 私は、楽しくない。楽しいという感情が出てこない。

 それを言うのはとても簡単な事なのに、今日のレベッカの口は重く、上手く伝える事が出来ない。

「まぁ、気長に待つとするよ。俺はそのぐらい、君の事が好きだから」

 そして自分の胸の内にある言葉をきっと察したのであろう蓮司に、そう言わせてしまう事が……自分の胸を更にざわざわさせる。

「……そう」

「おっと、もう夜遅いね。俺はそろそろ自室に戻るよ。明日も、また来て良いかい?」

 立ち上がり、明日の予定を尋ねてくる蓮司。

 帰らずに、泊まっていけば?

 それを言ったら、彼はどんな顔をするのだろうか。泊まらせたら、『何』があるのか。

 『疑問』はたくさんある。だけどその疑問を解消せねばならない合理的理由はなく、疑問の解消を拒否する合理的理由は幾つか浮かぶ。

「ええ、明日も問題ないわ」

「分かった。じゃあ、また明日来るね。おやすみ」

 レベッカの答えを受け入れ、蓮司は部屋から出ていく。見送りはしない。その合理的理由がないから。

 部屋に一人残されたレベッカは、しばし天井を仰ぎ見る。煌々と光る電球。リモコンを押して明かりを消し、真っ暗にした部屋の中、手探りでベッドに潜り込む。

 掛け布団の中へと入り、レベッカは目を閉じる。何時もなら数十秒で眠りに落ち、スッキリと目覚める事が可能だ。

 だけど今日は違う。

 ざわざわとした胸のざわめきが、彼女の眠りをほんの少しだけ妨げるのであった……

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