山下蓮司の屈辱
山をも砕く。
言葉にするだけなら簡単なそれを、デボラは成し遂げる事すら易々とやってみせた。それも普段人々を吹き飛ばしている放射大気圧ではなく、自らの身体によって。
砕けた山は無論発泡スチロールの塊なんかではなく、長年の堆積により岩石のように硬くなった代物。地上のどんな生物だろうと敵わない自然の産物も、デボラにとっては幼児が作り上げた砂山のようなものらしい。
圧倒的肉体能力。分かってはいた事だが、三百五十メートルという巨体を動かすパワーは凄まじいものだ。人智を超えているといっても過言ではない。
これからその力と蓮司達はぶつかり合う。未完成の兵器を使って。
恐らくは叩き潰されるだろう。だが、例え『四型』に乗らずとも、デボラと戦えば同じ結末が待っている。
なら、やる事は変わらない。
「(ここで貴様を、討つ!)」
蓮司は憎悪のこもった眼差しをモニターに映るデボラに向け、
デボラは、不思議そうに首を傾げた。
そうとしか思えない仕草だった。奴は時速六百七十キロという爆速でやってきたが、『四型』を見るや足を止めている。じろじろと『四型』を眺め、観察し、困惑している様子だ。
まるで「あれ? なんか思ってたのと違う」と言わんばかりに。
【……ギギギ】
デボラは小さく鳴きながら、『四型』に歩み寄ってくる。
デボラに敵意は見られないが、ゆっくり接近してくるなら好都合。蓮司含めた乗組員達全員が『その時』に備える。
デボラが来るまでの間に、周りには人民解放軍の部隊が展開している。いざとなれば援護をしてくれる手筈だ……とはいえデボラに通常火器は殆ど効果がない。ミサイルなどの熱攻撃は、最悪回復量の方が大きいぐらいだ。戦力としてはあまり役立たない。
戦うのは『四型』だ。故に蓮司達は待った。
デボラが『四型』の三十メートル圏内にやってくる時を。
【左前方腕部を用い『攻撃』せよ!】
「了解!」
機長からの声に答え、操縦手が端末を操作。
併せて『四型』の左ハサミが、大振りな動きで振るわれた! その動きは遠目からは微妙にすっとろく見えるだろうが……スケールが違う。三十メートルという距離を〇・一秒で進めば、その速さは時速は一千キロを超える。
そして『四型』の腕部質量は約五万トン。
巨大隕石に相当する質量が、音速に迫る速さで大気を掻き分けているのだ! 狙うは生物として最も脆弱であろう頭部。
人類史上最も重たい『打撃』が、デボラの側頭部を捉えた! 打ち付けた衝撃により爆音が轟き、余波が衝撃波となって周囲に広がる。木々や草花が吹き飛び、その威力の大きさを物語った。
最高の一撃ではないだろう。まだパンチを繰り出す練習はしていなかったのだから。
しかしそれでも実戦的な打撃は与えられた。それも脳天に。ならば上手くすればこれでダウンが取れるのでは――――
【……ギィ】
蓮司が期待を抱く中、デボラは小さく鳴いた。
瞬間、蓮司はぞわりとした悪寒を覚える。
今の一撃は、それなりには痛かっただろう。ハサミによる打撃を喰らい、デボラはその体勢を傾かせているのだから。
だが、それだけ。
細い十本の足は大地を踏み締めたまま。打撃を与えた甲殻にはヒビも入っていない。何よりデボラの……複眼であり、哺乳類のような感情を示す機能はない筈の……瞳から生気は失せていない。
むしろ、どんどん怒りを燃え上がらせていて。
【……ギ、ギギギィッ!】
感情的な叫びと共に、デボラはぐるりと横方向に
それはとても軽やかな動きだった。水槽の中の小エビが身を翻すように。
しかしデボラは小エビとは比較にならないほど巨大である。巨大な身体で小さな生き物と同じスピード感を出すには、その大きさに見合った速さを出さねばならない。
つまり、デボラが振るった尾は圧倒的速さを誇るという事。
蓮司には分からない。モニター下部に表示された速度計に、時速八千百キロと表示されていた事など。何故なら見る暇すらなかったからだ。
振るわれたデボラの尾は、『四型』の胴体を直撃。格闘戦を想定していた装甲はぐしゃりと潰され、しかしデボラの動きを止められない。
まるで抉り取られるように、『四型』胴体の装甲が尾によって持ち去られた。
中身が露出し、重要な回線が軒並み切り取られてしまう。予備の回線に切り替わるが……損傷が大きい。表面積の五パーセント近くを傷穴が占めている。多少は余力を見た作りになっていたが、全身を支えるための強度が足りなくなっていた。
一部の崩壊をきっかけに、『四型』は全身が潰れるように崩れ落ちる。
たった一撃。
たったの一撃で、『メカデボラ』はデボラの前で膝を折ったのだ。
【……ギギ?】
あまりにも呆気ないと思ったのか、デボラはハサミの先で『四型』の頭部を突く。亡骸のようになった『四型』が微動だにせずにいると、納得したように離れた。
【ギィ】
そして一言静かに鳴くと、身を翻す。
用件は済んだとばかりに、デボラはこの場を後にした。人民解放軍の一部、展開していた航空ヘリ部隊が後を追うが……ヘリコプターに搭載したミサイル態度では、デボラの足止めすら叶わない。デボラは悠々と海に帰るだろう。
――――そしてその様子を、蓮司はハッキリと見ていた。
倒れ伏した『四型』の操作室……それはデボラが尾によって殴り付けた場所から、ほんの五十メートルほど後ろに存在していた。『四型』はデボラと殴り合う事を想定し、重要機関の殆どを下半身側に寄せているのだ。お陰で蓮司達は、デボラの攻撃を直撃せずに済んだのである。モニターなどの機器も、複数回線で結ばれているため今も生きている状態だった。
しかしそれは操作室が無事だった事を意味しない。
自重を支えられなくなり、倒れ伏した衝撃……それにより床や天井の一部が落ちてきたからだ。一瞬の出来事故逃げる事など誰にも出来ず、多くの乗員が生き埋めになっている。
蓮司は幸運にも下敷きにはならずに済んだが……倒れた衝撃で椅子から転げ落ち、頭を打った。字面にすると間抜けだが、恐らく似たような怪我をした乗組員は他に何十人もいるだろう。出来る事なら救助に向かいたいが、自分自身も怪我人となってはどうしようもない。
幸いにしてデボラは立ち去った。近くには中国人民解放軍が来ているので、そう遠からぬうちに救助隊が来てくれるに違いない。そう信じて今は待つしかないだろうと考え、蓮司は倒れたままの身体から力を抜いた。
その待つ間に考え込む。
まるで歯が立たなかった。
確かに勝てるとは思わなかったが、善戦すら出来ないとは思ってもいなかった。蓮司に至っては火砲の起動すら出来ておらず、殆どモニターを眺めていただけ。戦おうというチャンスすら与えられていない。デボラの力はこちらの想像を凌駕し、まだまだ遙か上の領域に立っている。
だが、此度の戦闘データは次世代機の開発に大いに役立つ筈だ。必要なスペックもより具体的に判明するだろう。もしかするとデボラの弱点なども判明するかも知れない。
まだ人類は負けていない。いや、負けない。圧倒的な力を持つが一体しかいないデボラと違い、人間には仲間と協力し、力を合わせる事が出来るのだ。過去から学び、より良い未来を掴むために考え続ければ……いずれデボラを組み伏せられる。
人類の叡智は、何時か必ずデボラを打ち倒せる筈。
蓮司は勝利を確信する。これが良かった点の一つだ。
そしてもう一つは。
「しっかりしてください。大丈夫、すぐに救助が来ます」
今は生き埋めとなった乗員の救出を自ら進めている彼女の姿に、男としてちょっと情けなさを感じつつも、憂いはなくなったとして蓮司はゆっくりと意識を手放すのだった。
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