竜神の魔法式

 竜神認定から二日後、カルオット内に存在する闘技場は熱気に包まれていた。

 腕に覚えのある者を筆頭に、これでもかと信者が詰め込まれている。

 魔族との全面戦争中だというのに、ちょっとした飲食が無料で配られる大盤振る舞い付きだ。


 このお祭り騒ぎこそが辺境で人気のある宗教たる所以だろうか。

 暗いニュースばかりが聞こえる中、こうした発散の場を作り出すカルオットは政治と人身掌握術に長けている。

 もちろんこの施しの飲食物は信者からの寄付で成り立っているので、マッチポンプと言えなくはないのだが。


 そして勇者と竜神と巫女がこの二日間何をしていたかと言うと、ひたすらアルカナの動作訓練に付き合っていた。

 日に日に動きに鋭さを増すアルカナに戦慄する指導者の二人は、これこそが竜神だと納得させられる。

 対してヴァルも付き添っていただけではなく、アルカナから魔法の手ほどきを受けていた。


「って、読めるか馬鹿! もっと初歩的なのを寄越せ!」


「なんだヴァル、学が無いな」


「そんな問題じゃねぇ! 魔力と時間を馬鹿食いするような極大魔法が何でこんなコンパクトなんだよ!」


「そんなものは知らん。我に魔法それを見せた術者に言え」


「過去を紐解いてもこんな術式存在しねぇよ!」


「そんなこと言われてもな……確かに改良はしたが根本は同じはずだ」


 どう説明したものか、と考えるアルカナが取り出した魔法式は、人族が扱うものとは明らかに別の代物だった。

 魔法を構築する式というのは魔法式というものは魔力を媒介とするために空中にも描けるが、基本的に平面図でしかない。

 これは短命種族である人族が技術を子孫に残すため、物体に……特に紙に記すという前提があるからだ。


 そこで問題となるのは『記録する紙のサイズに依存する』という限界だ。

 どれだけ精緻で緻密に描き込み、ペン先を細くしても限界はあっさり訪れる。

 たとえ空中に描けても、何かしらの障害物が魔法式を遮ってしまいかねない。

 規模が大きいほど煩雑で、威力が高いほど複雑で、効率を求めるほどに繊細になる魔法式を、記録に残さず諳んじることがどれほどの者にできるというのか。


 だというのにアルカナの示したものは、そんな問題を一掃する、平面が多層に重なり合う高さ・・のある術式だった。

 それだけでなく角度を変えて相互に干渉し合い、一つの式で複数の術式に絡み合い、それどころか術式を時間経過と共に変化させ・・・・ている。

 これでは人とアルカナで同じ魔法を使えば、展開速度、魔力効率、威力、効果範囲は単純計算で十倍以上の差が生まれてしまう。

 規格外の魔力と処理能力に加え、これだけの技術格差まで存在すれば、たかだか人の枠での最強ゆうしゃ程度では足元にすら及ぶまい。

 ましてアルカナは『魔法特化型』なのだから。


 同じように立体的、時間的な魔法式を扱えるなら、平面で訪れた限界は一瞬でなくなる。

 いや、実際にはアルカナの式でも運用限界が存在するだろうが、それでも平面いままでから比べれば天と地の差である。

 人族が扱う魔法式など児戯に等しいと言わんばかりの魔法式。

 読み解こうにも絶望するくらい隔絶した技術差に、ヴァルも頭を抱えるしかない。

 何とかこの魔法式の仕組みを人族が理解できるかにかかっているわけだが――


「こんなもん無理だろ! 何で相克する火と水が並んで描けてるんだよ?!」


「あぁ、そこは間に土と風を挟んで組み合わせてる」


「多層ってだけでも意味不明なのに、上下の並びで効果が違って、さらに立体的に術式が突き刺さってるってどういうことだよ?!」


「毎回魔法式を構築し直すのは面倒だろう? 最初に定型の魔法式テンプレートを作って保管して、いつでも転写できるようにするんだ」


「だとしても規模の設定が無いのはどういうことだ?」


「それは注ぐ魔力量を変数化させて、量によって魔法式の倍率を変動させるように組んである」


「………………わかるように言ってくれ」


「魔法を選んで、魔力を流せば、量に応じた威力になる」


「何それ怖い……」


 人族の研究者が生涯を賭して解析しそうな難解な魔法式を、馬鹿ヴァルでもわかるような簡単な方法で運用する術を持つアルカナ。

 理解なかみはともかく利用くらいはしたい、とヴァルは頭を抱えて比較的簡単だと見せられた魔法式を、拡大しながらゆっくり動かして空中に表示してもらっていた。

 魔法式も最終的には体感的な部分が大いにあるので、魔族に当たるまでに何とか手に入れたい技術である。


 一応最終手段として書きだした魔法式を頭に転写する簡易魔法式プレーンテキストという方法も取れなくはない。

 ただ、その技術は判子魔法スタンプというスラングで呼ばれており、画一的な結果しか手に入らず、上級者程に融通が利かなくて使いにくいものなのだ。


(いくらなんでも『生物の格』が違いすぎないか……そもそも竜の魔法を人が扱えるのかね?

 いや待てよ……そういや今の・・アルカナって『人の枠』に収まったはずだよな? だったら俺も……?)


 実験するには危険すぎ、技術革新の足音は随分と遠い。

 知識を与えられたからこそ、歯噛みすることになるとは本人も思っていなかっただろう。


 そんな思い悩むヴァルを、アルカナはひょこひょことぎこちなく走り、跳び、殴り、蹴る。

 昨日やっていたお遊びとは違って、少し本格的になっていた。


「って、何で殴って蹴ってるんだよ?」


「暴漢対策です!」


「だそうだが?」


「まだバランスも怪しいんだから、もっと走り回れるようになってからにしなさい!」


「だそうだが?」


 同じ言葉でヴァルとルイーズを交互に見るアルカナは、素直さを発揮して指示に従っていただけなのだ。

 ヴァルが言いたいのは、出力が人の枠を外れるアルカナにはわざわざ『殴る技術』など要らないということだ。

 攻撃されても痛みは無いし、ただ掴んで投げるだけで十分な威力になる。

 それが攻撃になると、出力に対して遥かに軽い体重がネックになって振り回されてしまうのだ。

 早急にきちんとしたバランス感覚を身に着けないと、ちょっと踏み込んだだけで何処とも知らぬ壁に突っ込みかねない。


「お言葉ですが勇者様」


「何だよ改まって」


「ワタワタと手足を振り回すアルカナ様を見られるのは今だけですよ?」


「馬鹿なのお前!? そんなことより従者として仕事しろよ!」


「馬鹿とは何ですか! アルカナ様の成長を見届けることこそが今一番の仕事です!

 尋常ならざる速度で育つアルカナ様の『今』を逃し、完璧なバランス感覚を手に入れてしまえば、こんな愛らしい姿を二度と見ることができないんですよ!?」


「……ルイーズ、俺が『戦術兵器ゆうしゃ』ってのを教えてやろうか?」


「お、脅しても無駄です! 私は心も体もアルカナ様のものですので!」


「だったらもっとアルカナのために働けよ!?」


 準備に忙しい闘技場から場所を変えて行われた馬鹿なやり取りを経て今に至る。

 もしかするとルイーズやワイズが手を回したのかもしれないが、イルマ・ユーリという勇者バカとは顔を合わせなかった。

 顔を見るのも憂鬱で、対戦ともなれば億劫でしかない武祭は、ついに始まろうとしていた。

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