竜のお色直し2

 議場を後にしてしばらく。

 絞り上げられている自分の腕を可哀想に思うヴァルは、とりあえず「アルカナさん、腕痛いっす」と泣き言を言った。

 それを受けたアルカナが手を離したので、念のため袖をまくって見れば、太い腕にはくっきりと小さな手形が残っている。

 ひりひりどころか血が止まってジンジンする腕をさすりながら、ヴァルはため息をこぼしていると改めてひじ上あたりを掴まれた。


「何か不機嫌なのか?」


「ヴァルが『黙れ』と言うから我慢していたが、何なのだあの者達は」


「まぁ、人族の大半はそんなもんさ。わからないモノに恐怖して、恐怖は大体二つの行動を取らせる」


「二つ?」


「一つ目は恐怖の対象から離れる逃避。二つ目は恐怖の対象をねじ伏せる攻撃。どちらも本能に従った正しい反応だな」


「二つ目の意味が分からんな。わからないのにいきなり攻撃するのか? 負けるかも知れないのに?」


「先制攻撃して黙らせるんだよ。自分を『危ないヤツだ』って相手に認識させれば攻撃もされないからな」


「ふむ……しかしよくも揃って同じ反応になるな」


「あー……地位も名誉も気位も高いからな。

 そう簡単に恐怖心に煽られて無様を晒せないから、反射的に攻撃するんじゃないのか?」


「あやつら阿呆なのか?」


「おま……一応お目付け役居るんだぞ」


「そう思われているのでしたら、口に出さぬ方がよろしいかと」


「お、おぅ……そうだな、すまない」


 にこやかに返した侍女の笑顔が恐ろしい。

 ともあれ、アルカナに引きずられているヴァルも散々口が滑っているので反論の余地もない。


「しかしあの教皇は逃避も攻撃もしなかったぞ」


「そりゃ『理性』で対応してるからな。ちゃんとした・・・・・・人族・・は三つ目の『分からないなら知ろうとする』って思考をするんだよ」


「なるほど。ならあれだけ居て人族なのはたったの三つか」


「さすが竜神様。だがそれで言うならここに四人目が居るぞ」


「ヴァルのことか?」


「彼女のことだよ」


 二人を先導する、目の前の女性へヴァルは視線を向ける。

 確かに食って掛かることも逃げることもしていない。

 案内を頼まれはしたが、恐怖を感じていそうですらない。


「ヘンライン様、いくら持ち上げてくださっても失言は取り消せませんよ?」


「あはは、そりゃ失敬。黙っていてくれると助かるのだけどね」


「事実をわざわざ説明してあげるような耳も口も持ち合わせていませんよ」


「おぉっと……思ってたより辛らつな返事だな」


「なぁ、ヴァル。ただの事実が失言になるのか?」


「自分の嫌な面を指差されて文句言われたら怒るだろ?」


 嫌なものから目を背けているのに、わざわざそれを見ろといわれれば不快になるに決まっている。

 とはいえ、悠久を生きる竜に説いても仕方が無い。

 単に処世術として身に着けてくれればいいか、とヴァルは適当に流すのは、本人も不得意の分野で強く言えないからだ。

 是非とも交渉役の誰かを立てたいものである。


「ところでアルカナさんや。恥ずかしいんでいい加減縋りつくのやめてくれませんかね?」


「転びたくないから却下だ」


「火山とか平気で歩いてたよなっ!?」


「それぞれ勝手が違う。

 ごつごつした足場に慣れたと思えば次は平坦だ。かと思えば更に凹凸が無くなった……滑って転んだらどうする気だ」


「転んでも頑丈だろ」


 素っ気無く答えるのは、侍女の視線から逃れるためだろう。

 いや、実際は前を向いて歩いているので二人の方を見ているわけではないが、姦しい背後の気配くらい読めるだろう。

 この場の状況だけを第三者が見れば、いちゃついているようにしか思えない。


「我の裸が見たかったのか?」


「こら、めくるな! 何でそうなるんだ?!」


「このケープとやらで転べば皮膚が見えて当然だろう」


「支えさせてください。全力で杖の代わりを勤めさせて頂きます」


「うむ。最初からそう言えばいいのだ」


 初めて下界に下りてきた竜神の適応能力が高すぎて周りが困惑している方が正しい表現かもしれない。

 力関係が如実に現れている。

 これが学習する常勝の混沌竜カオスドラゴンか、と一人静かに戦慄する勇者。

 見当はずれではないものの、もっと高次元のやり取りで衝撃を受けて欲しいものである。


「お待たせしました。こちらが衣装室です」


 延々と続く長い廊下の先で、案内役の侍女は扉を開いた。

 その一室は随分と広く取られており、一人を大人数で囲めるように小さなステージも完備されている。

 壁一面に用意された衣装の数も多く、他にもさまざまな服飾品が並んでいた。


 馬鹿なやり取りで忘れていたが、余りにも扇情的なアルカナに服を着せるために席を立ったのだ。

 議場で話をまとめるには短くとも、既にそこそこ時間は経っている。

 早く先に進みたいヴァルとしては、結論はともかく状況だけでも確定させたかった。

 だというのに竜神様は「ヴァル、好きなものを選べ」と勇者に丸投げしてしまう。


「俺がかよ!?」 


「我にはどれが良いかさっぱり分からん」


「う……そ、そうか。そうだよな……」


「ヴァルの隣に立って問題ないものか、いっそ趣味で構わんぞ」


「いや、待て誤解を生む発言をするな!

 すまん、アルカナの服を見繕ってくれないか?」


 ヴァルももともとそんなに服装に頓着していない。

 というより、実用性を無視していればすぐさま死神に浚われる。

 戦場を主とする勇者かれが生き残っていること自体がその証明だ。


 だから着飾った貴婦人に対して「綺麗だな」と感心できても、そこへ『こうした方が良くないか』と改良を加えることなど不可能だ。

 もちろん、一から服装を組み立てるなんて芸当ができるわけもない。


「それは構いませんが……アルカナ様は勇者様に選んで欲しいと仰いましたよ?」


「そうだけど、俺みたいな野郎のセンスじゃアルカナが可哀想だ。ちゃんと『分かるヤツ』に選んで貰った方が絶対に良い」


「ふふ……承りました。全力を尽くさせていただきます」


「あぁ、そうしてくれ。どっちかというと俺の方がアルカナの添え物だしな」


 その様子にアルカナは『我の格好を選ぶのが嫌だということか?』と不快感を匂わせているが餅は餅屋だ。

 女性の服装は女性に頼むのが一番だろう。

 服を戦いの専門家ゆうしゃに委ねるよりはまっとうなものに仕上がるはず、とヴァルは頭を掻いて侍女に頼む。


「なら俺は外で待ってる。終わったら呼んでくれ」


「待てヴァル。お前は我の着替えを見守る義務がある」


「ねぇよそんなもん?!」


「む……自身の『表皮』の方が余程強いのだから、我にとって『服』などまさに布きれ・・・

 だというのに纏うのは趣味以外の何物でもないが、我にヒトの趣味など分からない。当然ヴァルの意見を採用するに決まっているだろう」


 頭の悪いやつめ、と言外に態度で示す竜神様。

 理不尽にもほどがある。

 というより先ほど理由を添えて頼んだはずである。


「あ、服装に左右されませんもんね」


「その通りだ。だから我が選ぶ意味がない」


 侍女も神様の服を信者が選ぶというのは重責だからか、相槌を打ってアルカナに同調する。

 公式な場の儀礼服か、実用性重視の戦場の装備か、はたまた遊女や鍛冶を営む作業服くらいしか頭に無い。

 少なくとも今欲しいのは神殿幹部の前に出れる服だが、本音を言えばどの場面でも最低限を満たす汎用性の高いものが一つ欲しかった。


「それはさっき否定しただろうが! 俺より周りの評価の方が大事なの!」


 今後二人旅を予定しているヴァルからすると、着替えられないアルカナをあれこれ着せ替えるのは彼にとって非常に精神的負荷が大きいのだ。

 その点一つだけの着脱ならすぐ覚えられるだろうし、複数の服を貰うのも心苦しいと勝手に思っていたのだが、まさか一着目でこんなことになろうとは。

 きちんと侍女に耳打ちしておくべきだった、と今更ながらに後悔してしまう。

 いや、ヴァルはアルカナと共にしてからことあるごとに困っていた。


「アルカナ様。お言葉ですが、こういったモノは『完成を見せ付ける・・・・・』というのが最善です」


 興味を惹かれたアルカナは「ふむ?」と先を促す。


「多くの選択肢から共に選んで貰うのは確かに良い方法ではあります。

 しかし、できることなら一目で納得させる方が良いではありませんか?」


「なるほど。『一撃必殺』ということか。確かにお前の言い分には理がある」


「……話はまとまったようだから俺は出ていくぞ」


「うむ、覚悟しておれよヴァル」


「へいへい……加減はしてくれな?」


 いろいろと思うことはあるものの、口に出せばどうなるかも分からない。

 扉が閉まる直前に何故か覚悟を求められたヴァルは、軽口を叩いて不穏な言葉が飛び交う衣装室せんじょうから退散した。

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