恋環 (xix)

 初めのうちはそんな内容ばかりで、涙で水性ペンの字がにじんでいないページがないほど悲惨な記録だった。

 幸い、ある時期から、校内に蔓延するサルどもの本能行動いじめが強く問題視されるようになり、保護者や学校がわが厳しい姿勢で対処に乗りだす。

 解消までの道のりで、被害者・加害者を問わず何人かが転校していった(そのなかには環に手出しをした生徒も含まれていた)。

 結果、環の周辺環境も大幅に改善されることとなった。

 遅まきながらむすめの置かれた状況を知った母親は大いにショックを受け、中学校への入学を待たず携帯端末を買い与えた。

 母親は、親・学校・司法機関けいさつへの通報や、録画・録音、法的知識、またそれらの行為を提示しての警告など、さまざまな自衛手段を娘に学ばせた。

 嵐の収まったあとの小学生時代ではひと足遅く、不幸中の幸いにも、教え込まれた反撃じえい手段が必要となることはなかった。いまだ気弱だった当時の環はほっとしたものだ。

 のちに「攻性防壁」の蜜の味に開眼し、必要とあらば遠慮なく振りかざすようになるとも知らずに。


 あれ以来、日記の内容もうって変わって平穏になった。男子との(LINE上のことながら)急接近を果たすことに匹敵する事件も起こらなかった。


 もしも――。もし、小学生時代で最も過酷な時期の自分に、この「ゲーム」が終わったあとに記す日記を見せることができるのだとしたら。

 ふと環は、そんな突飛な想像をする。

 そうしたら私は、小学生の私かのじょの隣に寄り添い、横からそうっと(あるいはきゃしゃな体がつぶれそうなほどぎゅうっと強く)抱きしめ、ひとまず涙をきれいに全部拭いてあげてから(もしかしたら自身の頬に伝うものもあわせて拭わなくてはならないかもしれない)、洟もしっかりかませて、こう言ってあげるだろう。


「もう泣かないで、まだ内気で弱虫で泣き虫だったころの私。あなたに見せたいものがある」

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