【26】天使降臨


 天使。

 それは光り輝く有翼の人型。

 神の使い、もしくは、メルクリア達の時代よりも遥か昔に地上へと降り立ち、人類に文明を伝えた超人類だと云われている。

 一説によると月の内部は空洞になっており、天使達が住んでいると云われている。当然ながら真偽のほどは定かではない。


 それは十二年前の事。

 ある山間の村でひとりの赤子が産まれた。

 不思議だったのは、その赤子の父親が誰なのか、まったくわからないという事だった。

 母親は農家の少女で、産まれてこの方、村から一歩も出た事がなかった。

 その少女の話によれば、彼女は夢の中で天使と逢瀬を重ねあっていたらしい。

 赤子はその天使との間に出来た子供なのだという。

 にわかには信じがたい話であった。

 しかし、少女の話は全面的に受け入れられ、赤子は天使の子供として村で大切に育てられる事となった。

 人間関係の狭い村の中で面倒事にはしたくないという村民の思惑が無言のうちに一致したためだ。

 それから、三年の月日が何事もなく流れたある日、オークの集団が村を襲う。

 村は壊滅したが、その天使の子は生き残る。

 そして、後に村へと立ち寄った冒険者に拾われる事となった。

 この天使の子供がミラ・レブナンである。




 既に周囲は夜陰に包まれ、空には満月が輝いていた。

 浮かび上がるミラ・レブナンの神々しい姿。

 しかし、その表情は無機質で無慈悲な殺戮者さつりくしゃのそれだった。

 カインがスピンコッキングを繰り返しながらカネサダM892を連射する。

 しかし弾丸はミラへと届く前に、ことごとくガスヴェルソードではじかれる。

 それを見たカインは鼻を鳴らして笑う。

「へっ。“反則野郎チーター”め……」

 次の瞬間だった。

 ミラが左手を無造作に掲げた。

 するとカインの頭上に巨大な光の魔方陣が展開される。

「クソッ!! 魔法も使えんのかよ!!」

 魔方陣が煌めき強大なエネルギーがその中央に集積する。

 刹那、カインの頭上に巨人の腕かいなのごとき雷が降り注いだ――。




 一方、そのころ、アレックスは何とか事態を打開しようと考えを巡らせていた。“無敵のアイギスシールド”の中に閉じ籠りながら。

 まず彼は、目の前の怪獣の頭頂付近に浮かぶ、ラエルに気がつく。

 これにより、恐らく怪獣が何らかの方法で変化した、このゲームの参加者であると推測した。

 更に“無敵のアイギスシールド”を掛け直す間に数十秒ほどの僅かな時間的余裕がある事を悟った。

 その間に根気良く映像記録の見本サムネイルを探り、使えそうな魔法を探しながら策を練る。

 すると、目の前の超魔王が凶悪な再生能力を持っているならば、再生される前に一撃で倒してしまえば良いという結論に辿り着く。

 例えば“石化の呪い《ペトラカース》”の魔法。

 対象を肉体を石に変える効果を持つ。

 ただし、この魔法の威力は使用者のスキルレベルが基準となり、術者が対象に近付けば近付くほど効果が強くなる。

 接触して使えば、ほぼ確実に相手を石にする事が出来る。

 しかしアレックスは現状で超魔王に近付く事は、とてもじゃないが出来そうにない。

 超魔王の方もアレックスには近寄って来ない。

 そこで彼は、向こうもこの手の魔法を警戒しているのだろうと考えた。

 次にアレックスは一か八か、この距離から“石化の呪い《ペトラカース》”を試してみようかと考えるが思い止まる。

 もしも失敗したら、二度と同じ手段は通用しなくなるだろう。

 出来る限り距離を縮めて確実性をあげるべきだ。奥の手を見せるのはここではない……アレックスは、そう考えた。

 ギーガーとアレックスの間合いは現在、三百メートル程度。

 この間合いをどうにか詰める必要がある。

 その方法を“無敵のアイギスシールド”を掛け直しながら必死に考える。涙目になりながら……。

 すると彼の脳裏にひとつの光明が浮かんだ。

 それは他の参加者の存在だ。

 もしも、この場に他の参加者が現れたら……。

 流石に“鏖しの大爆発カルネージエスプロジオーネ”を放てる自分を無視して、その参加者に対応する事は出来ないだろう。

 そんなご都合主義の偶然が起こってくれるかどうかはさておき、このままの状況を続けても得をしないのは相手も同じである。

 つまり、現状維持で“無敵のアイギスシールド”を張り続ければ、必ず向こうが動く時が来る。

 そのときに事態を打開するチャンス

を見出だすしかない。


 ……この勝負は先に動いた方が負けなんだ。


 神様は消極的な戦術であると嘲笑した。

 しかし、アレックスは耐え続ける。

 情けなくとも、みっともなくとも、唯一の勝ち筋がそれであると信じて……。

 そして、ついにそのときがやって来た。

 台地の北側の空が煌めき、轟雷の音が鳴り響いた。

 ミラの放った神聖術第九級位“神雷のドゥームサンダー”である。

 その雷鳴を聞いた超魔王ギーガーは、参加者の中に凄まじい魔法の使い手がいる事を知る。その存在を意識し始めた。

 それにより多少のリスクをおかしてでも短期決着に出る判断を下す。

 ギーガーがアレックスに向かって駆け出した。


「やった! 向こうが動いたッ!」


 しかし、それが新たなる危機の始まりであろうとは、このときのアレックスには知るよしもない事であった……。




「くっ……クソが……」

 どうにか魔法防御を向上させるポーションの効果で“神雷の槍ドゥームサンダー”を堪えたカインであったが、そのダメージは甚大であった。

 彼の身体は焼け焦げ、黒い煙が立ち上っていた。普通の生き物ならば、消し炭になって塵ひとつも残っていなかったであろう。

 彼は祓闇の剣を地面に突き刺して、どうにか立ち上がる。

 彼は思った。

 もう、このまま距離を取られて魔法攻撃を続けられれば、自分には勝ち目はない。

 完全な詰み。

 敗北。

 ゲームセット――。

 しかし、ヒーローなどではない彼は、みっともなく意地汚く、最後の賭けに出る事にした。

「よお、クソガキ……お前、さっき、自分で言ってたよなァ……ひひひっ」

 ほんのわずかにミラの眉が動いた。

 カインは出来るだけ尊大に、余裕があるかの様に言う。

「弱い者いじめはやらねーんじゃあねぇのかよ? 大好きなパパの言葉だろ?」

 ミラの顔色が明らかに変わる。

 カインは心の中でほくそ笑んだ。

「そのまま、そこでオレ様を、なぶるつもりか? もしかして自信がねぇのか?」

 ミラの瞳に苛立ちが宿る。

 もうすぐで釣れる。

 カインは更に言葉を連ねる。

「そのオメーの剣術も、パパに教えてもらったもんだろォ? そっくりだぜ、癖が」

「……だからどうしたの?」

 天使としての圧倒的な力を持ちながらも、中身は世慣れしていない少女である。 

 カインはその隙を突こうというのだ。

「ひゃはははっ。そのパパのなまくら剣術じゃあオレ様には勝てねーってか? ……うひゃはははは」

「黙れッ!!」

「ほら、どうした? 早く殺やれよ。魔法で殺っちまえッ!! パパの剣じゃオレ様には勝てないって認めて魔法で殺れよォ!! あひゃははははははははは……」

「お前だけは、絶対にぶっ殺すッ!!」

 ミラがガスヴェルソードの切っ先をカインに向けたまま低空を飛んで突っ込む。

「ひゃっはははーっ! 釣れたぜぇえええッ!! 爆釣だぁああああああああああッ!!」

 カインは祓闇の剣をミラに向かって投げつけた。

 ガスヴェルソードが飛来する刃を弾いた。ミラの突進の勢いが一瞬だけ止まる。

 その隙に最後のエリクサーを嚥下えんげする。

「完全回復だぁああああああ死ねえええええええッ!!! クソガキッ!!!」

 間髪入れずに間合いを詰める。カネサダM892での渾身の突きを放ちながら、引き金をひく。

 ミラも慌てて突きを放つ。

 44―40マレキフィウム弾がミラの肩に当たり、鮮血が跳ね飛ぶ。

 同時にカインの胸を剣圧が貫いた。

「ごふォッ……」

 大量の血を吐き散らし、カインはそのままぶっ飛ばされた。

 砂を巻き上げながら地面に叩きつけられ転がる。

「うぐっ……ああぁ……」

 襤褸布ぼろきれの様になって夜空を仰ぎ見るカイン・オーコナー。

 彼の脳裏に過るのは、やはり病床の妹の事だった。

 世界の誰に疎まれても構わない。

 ただひとりのためだけのヒーローになれれば、彼はそれで良かったのだ。

「シル……ヴィア……ひっひひ……死に……たく……ねえ……ひひひっ」

 そんな彼の傍らに金色のオーラを身にまとった天使がふわりと舞い降りる。

 カインは美しいその姿を見上げながら目を細めて笑う。

 ミラがガスヴェルソードを振り上げた。

「シル……ヴィ……ア」

「誰それ?」

 月光を映し出した刃は、躊躇なく振り下ろされた。

 こうして、パーティ追放者のカイン・オーコナーは、この狂ったゲームから退場したのだった。

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