2章メイドは唐突に⑩
決闘は誰の目にもムランの勝ちであった。
「ダラン様!」
決闘が終了したことを認めたダランの家来達がかけよる。
武官と思われる者達が槍や剣を構えてムランに突きたてるが、一様に彼らはその足を止めてしまう。
「おっと、決着はついたんだぜ?それとも今度は従者達同士で決闘するかい?」
ムランとその背に乗ったイヨンの前にスアピが立ち、どこから持ってきたのか槍を携えて彼らの前に立ちはだかる。
「う、うるさい!主にこんなことをされて黙って返せるはずがなかろう!」
隊長各と思われる男が大声で叫ぶが、それを聞いたイヨンがムランの背中から降りて、ダランの剣を取ってスアピの横に立つ。
目つきはすでに殺気を放っていて、それが武官達をたじろがせた。
「お、おのれ…抵抗するか!い、一斉に飛び掛るぞ~!」
それを聞いた見物客達が悲鳴を上げる。
巻き込まれまいとその場を離れようとしたところで彼らよりもひときわ大きな悲鳴が庭園の上空に響き渡った。
見上げた彼らはそれが何なのかすぐには理解できなかった。
庭園を囲うようにそびえる城壁は自分達の数倍の高さをしていて、それはその城壁よりも高い位置に居たからだ。
そして人々は居たという言葉が語弊だということにすぐ気づいた。
青い空にポツンと墨を垂らしたような黒い形をしたそれは徐々に大きくなっていって自分達に急速に近づいてくる。
やがてそれははっきりとした人の形をしていて、すぐに人間なのだと認識できた。
頑丈そうな鎧を着た男が、蛙が潰されたような音を立てて庭園に墜落する。
そして少し遅れてもう一人が無残に半分だけになった花壇の上に大の字になって落ちてきた。
「それで?お前らはどこまで飛びたい?」
槍の穂先を空に向けて突き上げた少年は愉快そうに兵士達に言った。
「次はもっと高くまで…上げる」
重厚な主の剣をその華奢な腕で軽々と振り回しながら少女がつまらなさそうにつぶやいた。
「う、嘘…だろ、に、人間があ、あんなに…高く」
信じられない光景を見た兵士の一人が目を見開きながら声を絞り出している。
「ひ、ひるむな…全員でかかれば……こ、こんな田舎者…ってウワッ! やめ……」
部下を叱咤する隊長もスアピが器用に彼を槍先に引っ掛けて思いっきり壁に向かって投げつけられてしまうと静かになった。
というより気絶した。
「さて、まだやりますか?」
凄むように一歩進むスアピらに兵士達が後ずさりするのを確認して、ムランが二人の肩に手をやって止める。
数歩進んで兵士達と対峙しながら言ったこの言葉にもう誰も口を挟むことなどできはしなかった。
「それでは今日のところはもう帰らせてもらいます。あっ、まだ何かあるようでしたら後日改めて決着をつけるとしましょうか?」
まるで石造のように動かない衛視たちの間を通ってムラン達は意気揚々と城門へと歩きだしていった。
従者の男は不思議だった。
正門から出てきたということは若者達は気性の激しい彼の主に害されずにすんだということだ。
だが出てきた彼らを見送る者も居らず、また馬車に乗り込む際の若者は無表情で、その後ろについているメイドに至っては来たときよりも不機嫌に見えた。
対照的なのは赤毛の少女と少年だけで、よほど痛快なことがあったのか嬉しそうにはしゃいでいる。
一体全体屋敷の中で何があったというのだろうか?
帰る道すがら男はゆっくりと進ませながら馬車の中の会話に耳をすます。
「…さてどうやって父上に報告しようか」
「ムカついたからぶっ飛ばしちゃいましたでいいんじゃね?」
ガタリと馬車が揺れた。
今回は車内の人間のせいではない。 運転手が驚きのあまり馬の操作を誤ったのだ。
「っと、まあものすごくわかりやすく言うとそうなんだけどね」
「そうなんだけどねじゃありません!あれほど揉めてはならないと言ったではないですか!それなのにあんな大騒動を起こして…まったく…ああ、もう…!」
理知的な雰囲気をしていたメイドはいまは頭を抱えてしまっている。
そんな彼女を励ますように主が両肩に手を置き、
「何も心配はいりませんよ。貴女は私のメイド、そしてグラン家の者。命を代えてでも私が守ります」
「わ、私が言いたいのはそういうことじゃ……」
「おっと待った!俺様も忘れてくれるなよ、なあにあのオッサン共が殴りこみにこようが全員ぶちのめしてやるさ」
「で、ですから…そういう問題では…」
「イヨンも守る~!」
ひときわ大きく宣言するように声を上げ、両手を目一杯掲げた少女に諦めたように溜息をつき、
「も~う…わかりました!好きにしてください」
そういって少しぎこちなく笑った。
「ああ、ここに来て初めて笑ってくれたね~、やはり女の子は笑っている方がいいよ」
「違いねえな、普段の鉄みたいな表情よりもいまの方が何倍もいいぜ」
「イヨンもそう思う!アメリア可愛い、可愛い」
「そ、その…恥ずかしいので…あまり頭を撫でないでください」
馬車の中は笑いで満ちている。
なんという若者達だろう。
従者は馬車を進めながら素直に感心していた。
詳しいことはよくわからないが、あの恐ろしいダラン様を打ち倒して堂々と正門から出てきたのだ。
本来なら怒りを表すか、とばっちりを恐れて身をすくめるところであったが、あまりにも屈託無く笑いあっている若者達にある種の痛快さを感じてクックと誰にも聞こえないように彼は笑ってしまった。
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