第259話  逃げる人






その日の内に馬と犬を乗せて試運転してみた。




馬の上げ下ろしはマストに付けたクレーンで行う。



馬は船の狭い厩屋でおとなしくしていた。



船内は皆一緒に見えるところにいるので馬もその方が落ち着くようだ。




夕方には造船所に戻り馬はそのまま乗せたままにしておいた。




大きな荷物もその日の内に乗せて、明朝出発することにした。






夜はもう一度送別会を開いて遅くまで騒いで食堂のおばちゃんにも感謝を述べた。



相変わらずの仏頂面だったが出会った頃とはちがい殺伐とした雰囲気は無くなって、子供達に囲まれていい感じのおばちゃんになっていた。





その夜遅くにイングマルは親方に手紙を委ねて「もしも軍の関係者でも信頼出来ると親方が判断できる人が来たらこの手紙を渡してほしい。」と頼んだ。




手紙にはカール・ド・ルシュキ号遭難時の出来事の詳細が分単位で書かれていた。



特に積み荷を移しかえた船の特徴は出来るだけ詳しく書き、甲板下に閉じ込められて遭難した人の名簿とその場にいなかった人の名前も書いてあった。



最後にイングマルの感想というか推測が書かれていた。





「艦長とその幕僚、古参たちがグルとなって積み荷を横領した。


積み荷は金塊か銀塊1000箱と思われる。


ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠しているであろうから海賊島や艦長、一等航海長らの実家や別宅を監視して間者からの情報を密にとることを勧める。」と書かれていた。








イングマルはチェックリストを作り忘れ物がないか確認して翌朝まだ薄暗い内に出発準備を始めた。



犬のトミーは早速船内をうろうろして匂いを嗅いで回った。



皆やって来てイングマルのやることを見守っていた。




最後の確認を終えていつでも出発できるようになったら皆との最後の別れのあいさつと握手をして回っていた。








丁度そこへ丘の向こうから軍の馬車と衛兵が土煙を上げて造船所に向かってやって来るのが見えた。



イングマルは「ヤバイ!もう来やがった!」そう叫ぶと一目散に船に乗り込んで錨を上げて出航した。



総帆にすると滑るように沖に向かって行った。



見る見る船は小さくなりイングマルは見えなくなるまで手を振り続けた。










親方は見えなくなるまで船を眺めていたがそこに軍の馬車が到着しジョナサンと副官がやって来て「私は軍の船医でジョナサン・ショーともうします。こちらにアウグスト・ブルックという者はおりませんか?」と訪ねた。




親方は充分に船が離れた事を確認するとジョナサンに向かって「あんたらアウグストを殺そうとしているそうだが残念だったな、奴ならもうおらんよ。」とざまあみろという表情で答えた。




ジョナサンはビックリして「いや、実は違うんです!手違いだったんです!私は彼を保護するために来たんです!」と慌てて答えた。



親方はそれを聞いて「なんじゃと?!それじゃもう逃げなくてもいいってことか?!」と聞いた。




「そうです。それどころか絶対死なせるな、と軍から指令が出てるし私自身個人的にも彼を助けたい。」とジョナサンは言った。




親方は「何てこった・・・タイミングの悪い・・・・」と少し疲れた表情で答えた。



「奴ならもう、ほれ、あそこじゃ・・・。」と言って親方は海を指差した。





「なんと?!じゃあさっきの船が?」とジョナサンは海を眺めていたが「彼はどこに行くと?」と親方に聞いた。








親方は「さあ?わからん、なんも言ってなかった。」と呟いた。



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