第245話  死線の上





どのくらい時間がたっただろう?



イングマルは目を覚ましたが相変わらず真っ暗でゆらゆら波に揺られているようだった。


あるいはまだ酔っぱらっているのか?




耳を澄ますと「たぷんたぷん」と波が樽に当たる音がする。




出ていこうかどうしようか迷ったが意を決して出ることにした。




中樽に留めた帆布のクギを慎重に外し蓋を押し開けた。



水は入ってこず外側の水樽もなんともなかった。




水樽の蓋のクギも慎重に外しそっと蓋を開けると目の前が真っ白になった。



まぶしくて目を押さえ思わず「やはりすでに死んでいたのか!」と思ってしまった。




蓋を少し開けた状態でそのままにしていると目がなれてきて外は清々しいほどの快晴だった。




波もほとんどなく穏やかな海だった。



樽から顔を出して辺りを見回したら海上には他の樽やごみ、折れて焼け焦げたマストやロープ、帆布など浮ぶ物はなんでも散乱していた。



イングマルの入っていた水樽の外側は焼け焦げていて真っ黒だった。




他の乗組員も島も見当たらずどうやらイングマルだけ生き残ったようだった。




イングマルは外に出て浮かんでいる物をなんでも集めてまわりロープやクギで固定していった。



折れたマストを中心にしてこのまわりに樽を固定してロープやクギで何重にも縛っていった。


集めたゴミをマストに固定したあと全体をロープで囲み細長い船の形になるようにした。



マストの上に腰かけてほっと一息ついた。





「やっと自由になった」と思ったがそれにしては大きな代償であった。



嫌な思い出しかなかったカール・ド・ルシュキ号だったが最後にイングマルを生かしてくれたと思うとやはり悲しい気持ちになった。




「必ずや仇はとる。」と自分に言い、焦げたマストをフレームにしてそこに折れたメインヤードを立ててロープで固定して小さい帆を揚げた。



ゴミを集めただけのいかだにもなっていないが魂だけはイッチョマエの船のつもりである。



「カール・ド・ルシュキ号はまだ死んではいない。」とイングマルは自分に言い聞かせ鼓舞した。







艦長はどうやら軍資金を横領しすべての証拠を隠滅するつもりだったのだろう。



艦長自信も死んだことにしたのか?あるいは辛うじて生き残ったとして世間に出ていったのか?今のところわからない。




今はただ生存のことのみに意識を集中した。







俯瞰して見れば大海原に漂う小さなごみの上にさらに小さな命が漂っている。


簡単に消滅してしまってもなんの不思議もない。




とりあえずの危機は回避できたがまだ安心は出来なかった。



イングマルがいまだ死線の上にいることにかわりなかった。



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