第221話 完成した船
ならず者の貴族たちが当分動けないので町は平穏な日々が続いていた。
相変わらず犯人探しが続いていて造船所の関係者ではないかと疑われたが、イングマルは当日造船所に居たことになっていたのでシロということになった。
当日はお祭りがあったので本人も通りすがりと言っていたし、よそからきた観光客ではないか?とうわさされるようになった。
イングマルは万が一に備え、バレてもいつでもすぐに脱出できるようにしていた。
それも視野に入れて船の改造を急ぎ、大分進んでフレーム加工は終わり側板の取り付けに入っている。
造船所の経営も安定して作った船はすぐに売れていく。
通常より2割から3割も安いターナー造船所の船は近隣の港町でも評判になりつつあった。
イングマルはまた親方をそそのかして「鍛治場を作ってくれ」と頼んだ。
何かと細々とした金属加工をいちいち鍛治屋さんに頼むのがめんどうだったのだ。
親方もその事は感じていたのですぐ了解して小さい鍛冶工房を作った。
早速新しい鍛冶場にイングマルは入り浸っていた。
仕事以外は船と鍛冶場にいて、ほとんど寝泊まりも鍛冶場でしていて住人みたいになっていた。
鍛冶場では主に道具を作っていた。
特にボルトの下穴を開けるドリルがふつうのものではすぐに折れてしまい、穴開け作業も時間がかかってなかなかはかどらないので自分なりに使いやすい形に試行錯誤していた。
舷側の側板は喫水下は船食虫でもう使えなかったがそれ以外は比較的大丈夫だったので水面より上はもとの材を使った。
およそ半分は節約できた。
しかし甲板は痛みがひどくて全部交換した。
イングマルの作ったドリルが調子いいので造船所でも採用して少し効率がよくなった。
あんまり調子よく船が売れるのでこの町の中型コッグ型商船はターナー造船所の独占状態となってきて同業者の中には快く思わないものも出てくる。
親方は要らぬトラブルを回避するために各地の造船所にフレームなどの加工を発注し仕事がなるべく他にも行き渡るようにして町全体の経済のことを考えている。
そのお陰か親方はすでに立派な町の重要人物となっていた。
イングマルの船も船体が出来上がりコーキングの作業に入っている。
あまりこの辺りでは見慣れない非常にスマートな船であった。
船体が出来上がり沖に泊まっている船を見て造船所の子供たちのなかには興味を持つ者が出てきてイングマルと一緒にコーキングを手伝うようになった。
船体が出来てもマスト、帆布、ロープ、錨、バラスト用の石等準備するものはまだまだ多かった。
廃船数隻分のストックから使えるものは何でも使い、ようやく一応完成した。
早速試運転もかねて手伝ってくれた者たちと一緒にセーリングに出掛けた。
舵の効きもよく三角帆でカーテンのように広げるだけでいいので簡単な操作ですみ、20mもある船なのに一人でも操船できた。
何より最大の特長はやはりスピードだろう。
わずかな微風でも滑るように走る船は馬車の全速並のスピードが出ている。
イングマルも子供たちもすっかりこの船を気に入った。
船が完成するのとほぼ同じ頃、重症だった侯爵の息子はようやく起きることができるようになり、松葉杖を使って歩けるようになっていた。
動けるようになったら復讐のための行動に入り、片手でもまず剣の稽古を始めた。
長い間寝たきりだった二人はすっかり筋肉が落ちてしまっていた。
殺気だった目だけが来るべき復讐の日を待ちわびてギラついていた。
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