第76話 脱出
アランの館を脱出直後は、みんな黙っていた。
イングマルも黙って馬車を御していた。
イングマルは体中血まみれで裸だったが、その上からボロマントをかぶっていた。
女性たちも皆、同じような白いボロをまとっていた。
救い出されて嬉しいはずなのだが、なぜか誰も喜んでいるものはいなかった。
イングマルは拷問を受けた体が今になって痛みだしてきて、どうにも苦しくてたまらなかった。
途中の川で体と服を洗い、しばらく馬車で横になってたが体中痛くてなかなか起きれなかった。
そばにいた犬のトミが、傷ついた身体をあちこちなめてくれている。
女性たちは時間が経ってくると落ち着いてきて、話をするようになっていた。
イングマルは彼女たちの話を寝ながら聴き、今後どうしようか考えていた。
彼女たちは10代から20代、50人ばかりいた。
まず換金できるものはできるだけ早く換金し、彼女たちを故郷に送り届けることにした。
武器や服、食料も仕入れなければいけない。
50人の女性を10台の馬車に乗せ、残りの馬車には屋敷から回収した金品を乗せている。
だが、それだけで大所帯でかなり目立ってしまう。
女性しか乗っていないとわかれば、たちまち盗賊の餌食になってしまう。
イングマルは焦っていた。
全員を故郷に送り届けるには、相当な日数がかかる。
その間に無事でいれる保証は全くなかった。
イングマルは一旦森へ入り、沢のあるところでしばらく身を隠すことにした。
屋敷から回収した食料でしばらくは過ごせそうなので、初日は体の回復に努めた。
その後、全員を集めて今後のことを話し合うことにした。
捕らわれていた頃からみんなのリーダー的な取りまとめ役の1番年長だったローズがすでにリーダーになっていた。
イングマルは全員の中で1番年下で、しかも口下手である。
商売上の話ならともかく、一般の女性とのコミニュケーションはニーナ意外とは皆無であった。
ここでも商売の話のように事務的な話し方になってしまう。
みんなも助けてくれた相手が子供にしか見えないイングマルと、どう接していいかわからず不安があった。
焚き火を囲んでイングマルは「今後どうするか決めたいと思います。僕としては皆さんお一人ずつ、家に送り届けたいと思っていますがいかがでしょうか?かなり時間はかかると思いますけど。」と言った。
女性たちは口々に「本当に送ってもらえるの?」という。
イングマルは「はい。回収した金品はすべて換金し、全員で均等割にするつもりですがいかがでしょうか?」というと、みな顔を見合わせてザワついた。
「もちろん文句は何もないわ。」
その後、みんなのいた村や町を聞いたがイングマルには知らない街や村がほとんどなので紙におよその位置を描いた地図を作り、1番近いところから順番に回って行くことになった。
「よしっ、これで決まり。」と言って「ご飯にしよう。」と、先ほど火にかけておいた鍋をかき混ぜはじめた。
中身はえん麦を潰したオートミールである。
水と塩で煮てよくかき混ぜとろみが出てきたら近くに生えていたあさつきを刻んで放り込んだ。
みんなによそって、初めての食事にした。
イングマルはいつものように、もしゃもしゃと満足そうに食べ始めた。
それを見て女たちは恐る恐る口に入れたが、はっきり言ってまずかった。
塩味だけが頼りだが、空腹でも全く食が進まない。
横で馬達も同じようなものを食べていた。
せっかく作ってくれたが、何としても食が進まなかった。
みんなイングマルに気を使っていたが、複雑な表情だ。
イングマルはみんなの食が進まないのを疲れと不安からだろうと思い、その夜はみんなに早く寝るように言った。
イングマルもまだ体中痛かったけれど、起きれないというほどでもない。
明日の準備のため装備や荷物をチェックし、馬達の状態を見て回る。
さらにみんなの名簿を作り、村と名前を記して行く。
その間、女性たちはイングマルのしていることを眺めながら水で無理矢理オートミールを流し込むようにして食事を済ませ床に着いた。
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