📃穏やかな神父と 迫害された魔女で 守っていると思っていたが守られていたと気付く
それはある嵐の夜のことだった。教会の扉がガタゴトと神父を呼んだ。戸締りは確かにしたはずだったがこの雨風でどこか壊れてしまったのか、風が強く吹くたびに開いたり閉まったりして音をたてている。ランプを持ったまま急ぎ足で扉の前まで来ると、風に負けない力で押し返ししっかりと施錠した。どうやらどこも壊れていない。それはそれで不思議だ。ランプを近づけよく調べてみるが水浸しになった足場以外はいつもどおりだった。
「ねえ神父さま。私あなたとお話がしたくて来たの」
不意に後ろから声をかけられ神父は驚いた。田舎の小さな教会だ。自分しかいないはずだった。夜に、それもこんな嵐の中をやって来る者がいるとは余程のこと。神父の振り向く先にはずぶ濡れの少女。
「今夜は雨宿りをしていくといいでしょう。まずは身体を拭かなくては。どうぞこちらへおいでなさい」
神父が奥の部屋へ誘うと少女はクスリと小さく笑った。
「どうしてこんなところにあなたは一人で住んでいるの」
「大きな町にはいくつも教会があるでしょう。そこには私など必要もない」
「だけれどここには教会を必要とする人もいないわ」
はておかしな少女だと神父は違和感のようなものを覚えた。
「こうしてここに教会があったからあなたは嵐の夜を無事に過ごせる。そうでしょう」
「それは神の導きではないわ」
いくつも神への冒涜ともとれる発言が少女の口から放たれたが神父は暖かい暖炉の前に少女の席を用意した。タオルも着替えもなるべく綺麗なものを出した。
「あなたが間違って森に足を踏み入れていたら大変だった。教会に来てくれてよかった。私は神に感謝する」
「森には恐い魔女がいるから?」
「そう。私たちは魔女の平穏を脅かしてはならない。森の魔女はこちらが何もしなければ悪さしないのだから」
「そうやって一人でずっと、魔女と人間を守っているのね」
守っている。そんな大それたことを出来ている自信はない。が、願って祈ってここに居る。神父は他人の悩みや相談には淀みなく親身に受け答えもするが、自身のことを問われるのには慣れていなかった。
「実は私も実際に魔女に会ったことはないのです」
「私はあなたに何度も出会っているわよ?」
いるかどうかもわからない噂の魔女の話をしているはずが、見ず知らずの少女は首を傾げた。いや、ここで首を傾げたいのは神父の方のはずで、しかし神父は穏やかに微笑むだけ。
「どこでお会いしまいしたか」
「森で。いつもはあなたの方から訪ねてくるの。だけど今回はいつまでも森に入らないでそのくせこんな近くに住んでいるから。私の方から来ちゃったわ」
「…………」
神父が、言われた意味を考えている間にも少女は言葉を続けた。
「どうせあなたは覚えていないでしょう? あなたにとっては前世の話だもの。私だって長生きだから続いている時間のことはわかるだけで、その前のことまでは知らない」
「…………」
「勘違いしているようだから一応言うけど、私は森の魔女。ここへは雨宿りしに来たわけじゃないわ。というかここに来るために、他の人に見られないように、わざわざ嵐の中を選んで来たのよ」
神父は言葉をなくしたまましばらく呆然としていた。
ようやく思考を取り戻すと神に祈るのも忘れ魔女に潜めた声で言った。
「何故森を出たのです。早く森へお帰りください。みつかればただでは済まない。私一人の力で守れるものはない」
「あなたは。何をそんなに脅えているの。魔女を恐れもせず。人間が恐いの?」
確かに。神父は目の前の少女が魔女だと聞いてもこわくはなかった。どんな力を持つか魔女についてはわからないが、人々が魔女を恐れることは知っている。大きすぎる力は排除される。恐怖に駆られた大衆の恐ろしさは容易に想像が出来た。
「人間という生き物は不思議なもので、古今東西悪を必要とするの。自分が正義でありたいの。あなたも、可哀想な私を守っていると思えば自分に満足できるし安心するでしょう? 彼らも同じ。敵がいれば一致団結し戦える。大衆をまとめたい王様ならなおのこと。正義って何かしら」
少女は特別悲しんでもなければ怒った様子もない。実に淡々としていた。
「あなたと私、二人だけならそんなことにはならないのに。人数が増えれば増えるほど、小さな声は掻き消され踏み潰され、大きな誰かの声だけ頼りに人々は流れを作る。それは最早暴力と何が違うの」
あげく優しくほほ笑みを浮かべた。
「あなたの神様は何て答えてくれたの? 勇者でも何でもない、もうあなたは神父になって会いに来てもくれない。誰かを救えない自分を神様に救ってもらえた?」
「森へお帰りください? いつかのあなたとは逆のことを言うのね。うふふ、賢くなったと褒めるべきかしら。象徴としての悪を社会は必要とする。時代が変わっても誰かが悪役を担うの。私がいなくなったらあなたが次のスケープゴートにされちゃうかもしれないわ。あなたには到底荷が重いから長くはもたない。そこいくと私は平気。やっぱり適任なのよ。言われなくても帰るわよ。
でもいつか。私を救いたいなら。世界を根底から変えなくちゃいけないのよ。世界を救わなきゃ、悪は必要ないってみんなに幸せをあげなきゃ。
そうしなきゃ終わらない。そうでなきゃ始まらない」
覚えていて。あなたが今までやろうとしてきたこと。神様にお願いでもすればいいわ。次のあなたがどうするべきか。
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