黒猫は

影宮

第1話

 黒猫は欠伸を噛み殺した。

 この黒猫の名は、スペンサー。

 正しくは、スペンサー・ヒンメルという。

 綺麗な毛並に、曲線を描く尻尾。

 手足は白い靴下をはいたように。

 スペンサーは人間の足元を縫うように歩いた。

 ある未来では、猫のロボットが人間の言葉を発して、様々な道具で人間の都合ばかりに合わせて動く。

 それを漫画、或いはテレビというもので人間は喜んで見ていた。

 スペンサーはそれを嫌った。

 ロボットというのは、動く機械だ。

 そんな冷たいものに都合良く感情はうまれない。

 スペンサーは「私の方が綺麗で暖かな体をしているわ。」とそっぽを向いた。

 どうして、此処にこんな素敵な猫がいるというのに、人間は猫型ロボットというものを見つめて喜ぶのか、スペンサーにはわからなかった。

 ある過去では、長靴をはいた猫がいた。

 それは本に登場して、それを人間は好んで読んだ。

 スペンサーはその猫をあまり知らないけれど、二足歩行が出来るのだとわかった。

 長靴をはいて、なんておしゃれ。

 スペンサーは、「そんなものをはかなくても私はおしゃれだわ。」とそっぽを向いた。

 どうして、ここにこんな素敵な猫がいるのにそちらばかりを見つめるのか、スペンサーにはわからなかった。

 様々な場所を歩いた。

 スペンサーはどんな作られた猫よりも、美しくて、素敵な黒猫だった。

 ある時、スペンサーは自分と同じ靴下をはいたような黒猫を見つけた。

 それは、真ん丸の目に可愛い靴下にゃんこ。

 スペンサーは叫んだ。

「私を真似たって私の方が素敵だわ!」

 それでも、人間はその猫を手に取って、可愛いと言う。

 スペンサーはそっぽを向いた。

 自分の方が、美しく、素敵で、可愛いくて、暖かくて、おしゃれで.........。

 だから、どんな作られた猫よりも、素晴らしい猫なんだと言い張った。

 人間はスペンサーを一度は見るのに、直ぐにその目をその作られた猫へと向けてしまう。

 スペンサーは人間の手が自分を撫でることが当たり前だと思っていた。

 スペンサーのご主人様が亡くなるまで、ずっと、そうだったから。

 スペンサー・ヒンメル。

 それは、ご主人様がくれた大切な美しい名前。

 人間がスペンサーを指差して別の名前を言うと、スペンサーは怒った。

「私は、スペンサー・ヒンメルよ!」

 けれど人間は聞いてはくれなかった。

 人間には、猫の言葉はわからない。

 それでもスペンサーは、言った。

 暖かい手を失って、それを探してスペンサーは街を歩く。

 ご主人様がもう亡くなっていることは、スペンサーは知らないのだった。

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