第31話 司祭エルザ

「初めまして。私はエルザ=ドレッセル。旅の司祭です」


 ハンク達の前に突然現れた来訪者は、はにかむ様な微笑みを浮かべたまま、張りのある声でそう名乗った。

 見たところ、ハンク達とそれほど年齢も変わらないであろうその少女は、白を基調にした神職者用の旅装束を纏い、先端に金属の飾りが施された短杖を持っていた。


 咄嗟に返す言葉が見つからず、ハンク達5人とエルザの間に沈黙が落ちる。

 そのまま、10秒ほど沈黙が続いた後、エルザは左手で自らの首筋にそっと触れた。

 そして、残念そうに「……紹介されたからって、いきなり押しかけるなんて、やっぱり無理ですよね」と、小さく呟くと、その左手の動きに合わせて、柔らかな亜麻色の髪が、さらりと揺れた。

 

「悪い。突然だったから吃驚しただけで、他意は無いんだ。依頼者ってことだろ? ちょうど護衛依頼を探そうか考えてたところだし、依頼内容を聞かせてくれよ。都合が合えばこっちとしても願ったり叶ったりだからさ」


 その言葉に、床に落ちていたエルザの視線が再び持ち上がって、ハンクの視線と重なる。

 我ながら上手くカバーしたと思う。何故か皆黙っているが、特に気にすることも無いだろう。うまい事条件が合えば、依頼を探す手間も省けて丁度良い。それに、エルザと名乗った少女の笑顔も、少し明るくなった気がする。


 ハンクがそんな事を思いながら他の4人の顔を見ると、全員が困ったような顔をしていた。

 何故、みんな揃ってそんなに困惑する必要があるのか理解出来ずにいると、正面に座ったアリアと目が合う。一瞬の違和感の後、いつの間にかアリアがフードを被っていることに気が付く。

 エルザが入ってくる音を聞きつけて、瞬時にフードを被ったのだろう。

 今や、アリアが持つ、ハイエルフに特徴的な尖った耳と艶やかな金の髪は、フードにすっぽりと被われていた。その為、エルザに背を向ける格好となったアリアの表情は、ハンクの側からしか窺い知ることは出来ない。

 此処は既に帝国領なのだ。目的が目的なだけに、油断は禁物である。

 とは言え、アリアの碧眼はそんな緊張とは違った、全く別のジトッとした視線をハンクに返した。そして、小さくひとつため息をつく。


「……仕方ないか、まだ1か月だものね。あのね、普通の依頼なら紹介者を直接よこすなんて事しないわ。それでも、敢えて此処を教えたって事は、上級冒険者向けの危険な依頼って事よ」

「なるほどな……強敵って事か」

「キミにとってどうかは知らないけど……珍しくシゼルとハッシュが静かなのは、きっとその所為ね」


 アリアはクスリと微笑んでから、肩を竦めた。

 隣のシゼルと、その向かいに座ったハッシュの顔を、再度、確認するように見ると、たしかに、いつもと様子が違う。お人好しを絵に描いた彼等が、これほど頑なに沈黙を守っている事自体、不自然極まりない。普通なら二つ返事で飛びつくはずだ。

 そう思いつつ、エルザに視線を戻すと、目が合った瞬間、彼女は再び、はにかんだ様に笑った。


「依頼を持ちかけた私が言うのも気が引けるけど、フードを被ったその人の言う通り、ちょっとだけ厄介な相手なんです。ギルドで標的の名前を言ったら、今日挨拶に来た連中が上級冒険者のパーティだからって、あなた達を紹介してくれたの。この街の上級冒険者のパーティは別件でいないらしいので……」

「それで、相手は何なんだ?」

「……死者の王。ノーライフキング。その存在の偵察と、叶うなら討伐です」


 再び、宿屋の食堂に沈黙が降りた。アリア、シゼル、ハッシュの間に緊張が走る。それほど危険な相手だと言う事なのだろう。

 ノーライフキングと言えば、ハンクの記憶の中では、王冠を被ったゾンビや骸骨の様な存在で、ゲームなどではそこそこ強いボスといったイメージだ。次から次へとアンデッドを作り出す死者の王。実在するなら、これほど厄介で邪悪な存在もいないだろう。

 とは言え、ハンク達にも帝都へ向かうと言う目的がある。その依頼の為に、帝都とは全く関係無い方角へ向かうというのは本末転倒だ。

 そんな事を考えていると、リンが口を開いた。


「あなたには悪いけど、私達にも事情がある。明日、帝都方面への護衛依頼を受けて、そっちへ向かうつもりだったんだ。方向が合えば受けさせて貰うのもいいかなって思うけど、目的地はどこ?」

「それなら問題無いと思います。目的地は帝都へ向かう途中にあるコルナ山の麓の街ですから」

「まってよ! それって数か月前に噂になってた、アンデッドの大群に滅ぼされた街じゃないのさ!」


 素っ頓狂な声を上げたハッシュを一瞥して、エルザが「その通りです」と肯定し、街の惨状と依頼の内容の説明を始めた。

 城塞都市ルクロと、帝都フレイベルクの丁度中間に位置する、コルナ山の麓の街コルナフースは、半年前アンデッドの大群に襲撃を受けたのだと言う。突然、街の中に現れたアンデッド達は、その全てを蹂躙し、結果コルナフースの街はあっという間に滅んだ。

 当然のことながら、街に駐留している帝国軍も応戦したそうだが、アンデッド達の勢いを止める事はかなわなかった。殺された兵士や街の住人が次々とアンデッド化し、生き残った兵士たちを襲ってはまたアンデッドが増える。そういったことを繰り返し、ものの数日でコルナフースは死者の街と化したのだった。


 ――だが、話はそこで終わらない。


 コルナフースの街がアンデッドの大群に占拠された数か月後、とある冒険者達のパーティによって死者の王、つまり、ノーライフキングの存在が確認されたのである。

 その情報をもたらした、そのパーティ唯一の生き残りは、その事を帝国兵に伝えると同時に絶命し、即座にアンデッドと化した。そのアンデッドは、周囲にいた50人からなる帝国兵の小隊を壊滅させたと言う。

 コルナフースの街の監視にあたっていた部隊はその1つだけでは無かったため、被害が拡散することは無かったが、アンデッド化した冒険者はかなり高位の強敵であったらしい。

 しかし、その事で、帝国軍もアンデッド達の脅威レベルを再検討せざるを得なくなった。

 その結果、回復や浄化の神聖魔法を唯一行使する事が出来る、ミズガルズ聖教会の司祭達へ協力の要請がなされたのである。

 

 天上の神々を信仰し神聖魔法を授かるミズガルズ聖教会は、当然、その要請を受諾した。

 冥界神たちの手先であるアンデッド達を野放しにしておく訳にはいかない。しかも、ノーライフキングまで出現したとあっては尚更である。

 とはいえ、神職者であれば全員が神聖魔法を使えると言う訳では無い。回復、治療、死者の浄化、結界の構築と言った神の奇跡を授かる事が出来るのは、ごく一部の者だけなのだ。その割合は、上級冒険者のそれを同じであり、中規模都市のルクロで5人もいればいい方と言った数なのである。

 その為、神聖魔法を得た彼等は若くして司祭として扱われる。

 勿論、司祭となる事で聖教会に届く治療やアンデッドの浄化の要請に奔走したり、各地で神の教えを説く義務が生まれる。だが、敬虔な彼等にとって、それは当然の事であり特別な事では無い。


 そして、エルザもその一人である。

 彼女が、偶然ルクロの教会に立ち寄った時、帝国西部を統括するルクロの司教よりコルナフースへ赴く様に指令が下った。危険な任務であることから、腕利きの神殿騎士を護衛に付けたいが、生憎と他の司祭の護衛に就いており、人手が足らない。

 そこで、司教よりランクの高い冒険者を護衛に雇って連れて行くよう助言を受けたのだと言う。エルザは、司教の提案を受けて冒険者ギルドへと足を運び、事情を説明すると、ハンク達を紹介されたのだそうだ。

 ちなみに、報酬は前払いで、さらに教会で高位の加護も授けてくれるという破格の待遇である。しかも、依頼の間はエルザの神聖魔法で怪我や病気の治療付きだ。

 エルザはちょっと長くなってしまいましたがと前置きして、「依頼、引き受けて頂けますか?」と、真剣な眼差しで5人を見た。


「聖教会……? 依代で事足りてるのかと思ったら、宗教、あるんだな……まあ、いろいろ気になるところはあるけど、帝都に近づくんだし依頼受けてもいいんじゃないか?」

「そうだな。俺もいいと思う。ところで、エルザ。護衛の神殿騎士は連れていないのか? それと、かなり危険な上に上級冒険者を指名するんだ。他の冒険者の手前、それなりの報酬を頂くことになるが、そこは大丈夫なんだな?」

「受けて頂けるんですか? ありがとうございます! 報酬に関しては、きっとルクロの司教様が納得のいくよう取り計らっていただけると思います。あと、神殿騎士なんですが、一人だけ同行者がいます。今は扉の外で人払いをお願いしていますが、呼びますね」


 ハンクとシゼルが依頼を受ける意思を示すと、エルザは笑顔になって礼を言った。

 その後、食堂のドアを開けて「紹介するから入ってきて」と、外に向かって声を掛ける。すると、一人の男性が室内へ入ってきた。

 見た目20歳くらいのその男は、ダークブラウンの短髪に、鷹の様な鋭い目をした剣士だった。動きに無駄が無く、かなりの使いである事が窺える。剣の達人であるシゼルが、その男が入ってきた瞬間に「ほう」と声を漏らしたほどだ。

 そして、エルザの隣に立った剣士が口を開いた。


「俺はイザーク=ブロムベルク。神殿騎士だ。依頼を受けて貰って感謝すると言いたいところだが、その前に一つ。これは危険な任務だ。お前たち冒険者がそれに相応しいか確認がしたい。外で手合わせを願おう」


 イザークは不愛想にそれだけ言い放つと、さっさと外へ出て行ってしまった。

 突然の暴言に、エルザが「イザークさん! 何失礼な事言ってるんですか!」と、あたふたとするが、そんなものは聞こえないとばかりに、イザークは振り返りもしない。

 引きつったような顔でエルザがハンク達を振り返ると、シゼルと目が合った。

 シゼルは徐にハンクの肩に手を置いて、「……分らせてやらねばならんようだ。なあ、ハンク」と不敵に嗤ったのだった。

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