三分で到着するでござるよ

 前回のあらすじ。

 賢者の国からやって来た、賢姫さまの好きな人は、勇者をやってる童貞オタク兄貴だとか。



 ……

「……」

 ……

「……賢姫さま。今、誰が好きだと言いました?」

 わたしの質問に、賢姫さまは恋する乙女の表情で答える。

「ですから 勇者さまですわ。五年前、魔王を討ち取り、その名を世界中に轟かせた英雄。その方がわたくしの思い人ですわ」

 賢姫さまは あの童貞オタク兄貴が好き!

 一体どういうこと?

 ここで賢姫さまの容姿を改めて説明しよう。

 超美人!

 その一言で全てを表現することができる。

 細かいところは各々想像してください。

 頭が良くて地位も金も権力もあって超美人。

 まさに人生の勝利者。

 そんな女性が なぜにあのダメ兄貴を好きなのか問いたださなくては。

「あの、勇者を好きになったのには、どういったきっかけとか、経緯があったのですか?」

 賢姫さまは昔を思い出すような表情になり語り始める。

「五年前、わたくしの国が魔王軍の侵略を受けていたとき、勇者さまが颯爽と現れ 魔王軍から救ってくださったのですわ。その姿に わたくしは心を奪われてしまいましたの。

 その後 勇者さまは魔王を倒すために国を去りました。

 国を去る前、わたくしは勇者さまに、魔王を倒した暁には国に戻ってくださいとお頼みしましたが、あの方は魔王を倒した後も旅を続けておられて、今はどこにいるのか……」

 憂い顔の賢姫さまは超美人。

 何度でも繰り返そう。

 超美人。

 こんないい女が、あの童貞オタク兄貴を好きとなれば、わたしが妹としてやることは決まっている。

 わたしはポケットから携帯電話を取り出すと、即座に童貞オタク兄貴にコールする。

 中世ファンタジーな世界で、なぜ携帯電話があるのだとか そういう疑問を持つ事なかれ。

 便利なんだから考えちゃダメよ。

 ワンコールで童貞オタク兄貴が出る。

「もしもし、拙者でござる。マイシスターから連絡してくれるとは珍しいでござるな。なにかあったのでござるか?」

 わたしは日本語で甘えた口調で、

「お兄ちゃぁん。今すぐぅ、わたしの所に来て欲しいのぉ。お兄ちゃんがぁ、とっても喜ぶことがあるんだよぉ。とってもすっごくメチャクチャ嬉しいことなのぉ。だからぁ、一秒でも早く可愛い妹のところに来てぇ。お願ぁい。お、に、い、ちゃ、ん。チュッ」

「三分で到着するでござるよ!」

 これでよし。

「賢姫さま、あなたの勇者が三分でここに来ます」

 賢姫さまはキョトンとして、

「え? 勇者様はこの国におられるのですか?」

「います。すぐに来ますから待っていてください」

 いやー、あの変態童貞オタク兄貴のことを、こんな超美人が好きだなんて、妹として嬉しい限りだわ。

 これでわたしに、禁断の初体験とか、童貞を捧げるとか、もう言わなくなるでしょ。

「賢姫さま、勇者が来たら捕まえて絶対 離しちゃダメですよ」

 賢姫さまは顔を輝かせて、

「もちろんですわ。愛しいあの人を捕まえて離しませんわ」



 そして三分後。

「マイシスター! 愛しの兄が到着したでござるよ!」

 到着した勇者を喜びの笑顔で出迎えるのは、賢姫さま。

「勇者さま! お久しぶりですわ!」

「ヒイイイイイ!!」

 いきなり悲鳴を上げて わたしにしがみつく 童貞オタク兄貴。

「ちょっと、なんで悲鳴? 超美人と再会させてあげたのに」

「拙者が喜ぶことって賢姫殿のことでござったかー!? そうと知っていれば絶対 来なかったものをー! なぜに教えてくれなかったでござるかー!?」

「え? 超美人との再会を驚かせようと思って。っていうか、なんでそんなに怖がってるのよ? 普通 超美人と再会したら喜ぶでしょ。っていうか その反応、賢姫さまの気持ちを知ってるの?」

「知っているでござる! 告白されたでござる! だから魔物退治と称して世界中を逃げ回っていたでござるよ!」

「ちょっと! 乙女が恋心を告白したのに 答えを返さずに逃げ回っていたって言うの?! なによそれ! 信じらんない!」

 こんなのがわたしの兄貴だなんて。

 賢姫さまがやんわりと、

「よいのですわ。勇者さまも簡単にはわたくしの気持ちを受け入れられないのでしょう。しかし わたくしも簡単には諦めません。いつ どこで勇者さまと再会しても良いように、準備は常に整えておりましたから」

 と、脇に置いてあった鞄をテーブルに置いた。

 そして中から取り出したのは、蝶マスクとムチとローソク。

 わたしは疑問の声を上げる。

「……え?」

 もう一度繰り返そう。

 賢姫さまが鞄から取り出したのは、蝶マスクとムチとローソク。

 何度でも繰り返そう。

 イニシャル・エー・ブイなどのイニシャル・エス・エムなプレイなどで使われる、蝶マスクとムチとローソク。

 賢姫さまは蝶マスクを顔につけ、ロウソクに火を灯し、ムチを軽く振って手応えを確かめた。

「さあぁ、勇者さまぁん。わたくしの豚奴隷になって、快楽調教を受けてくださいませぇん」

 賢姫さまは女王様の笑みを浮かべた。



「「「にぎゃぁあああああ!!!」」」

 わたしと童貞オタク兄貴と公爵令嬢さんの三人は変な声を上げた。

 そして わたしは賢姫さまに、

「ちょっとー! 賢姫さま なにやってんですかー!? そりゃ勇者も逃げ回りますよー! 

 っていうか この小説 ただでさえ下ネタばっかでヤバイのに そこまでしたら運営から削除されるでしょー!」

 童貞オタク兄貴はわたしにしがみつきながら、

「マイシスター! メタ発言してないで助けてくだされー!」

「なにをどう助けろと!?

 あ、そうだ」

 私は閃いた。

「公爵令嬢さん。同類の貴女から賢姫さまになにか言ってやってください」

「いやいやいや! なにをおっしゃいますの?! わたくしレズですけどイニシャル・エス・エムではありませんわ!」

「レズだって認めましたね!?」



 などと言い合っているわたしたちに向かって、賢姫さまが童貞オタク兄貴を狙ってにじり寄るように足を進めてくる。

「うふふふ。わたくしの可愛い可愛い豚奴隷ちゃぁん。もう 逃がさないわよぉん」

 童貞オタク兄貴はガタガタと体を震わせながら、

「せ、拙者にそんな趣味はござらぬ……」

「わたくしが目覚めさせてあげますわぁん。うふふふ」

「ひぃぃぃ……」

 情けない悲鳴を上げる童貞オタク兄貴は、

「ハッ! そうでござる!」

 と、なにか思いついたように、

「せ、拙者が愛しているのはマイシスターだけでござる! 拙者が愛の奴隷になるのはマイシスターだけでござる!」

 この童貞クソバカ兄貴の野郎!

 賢姫さまの矛先をわたしに向けやがった!

「なぁんですぅってぇ?!」

 賢姫さまは暴君の眼でわたしを睨み付ける。

「そうぉなのぉおぉ……勇者さまは貴女を想っているのですのねぇぇえぇぇ……」

 声に込められた得体の知れない感情が怖い。

 しかし不意に賢姫さまは、蝶マスクを外し、ムチとローソクを鞄にしまった。

 そして普通の声に戻り、

「いいでしょう。勇者さまの気持ちはわかりました」

 童貞オタク兄貴はちょっとほっとしたのか、

「そ、そうでござるか。わかってくださったか」

「ええ。よくわかりました。ですから……」

 賢姫さまは わたしに指を突きつけ、

「その女から勇者さまを奪い取ってみせますわ!

 ここに宣戦布告いたします!

 どちらが勇者さまを豚奴隷にするか 勝負ですわ!」



 これって、変態勇者を巡って三角関係になったってこと?



 公爵令嬢さんが わたしに顔を迫らせて、

「ちょっと! 勇者が貴女を狙っていたなんて初耳ですわよ!」

 あぁー! もう!

 話がややこしいことにー!

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