エス!イー!エックス!

 中隊長さんが競技場に戻り、長距離走に入った。

「エリート中隊長がトラックを走り始めました。一定のペースです。

 勇者にパンクというアクシデントが起きてからは、自転車のこぎ方も再び座った状態にしたことから、体力配分を再開した模様」

「体力配分を無視せずとも、勝てるとみたのだろう」

 よかった。

 中隊長さんが勝ってくれそうだ。

 中隊長さんが六キロほど走った頃、童貞オタク兄貴が競技場に戻った。

「勇者が競技場に戻りました。今 トラックに入ります」

「ここまで差をつけられては、追いつくのは不可能だろう。勇者にはなにか秘策があったようだが、それでも無理だろうな。修理に時間がかかりすぎた。それが敗因だ」

「そうですね。なんともあっけない幕切れです」

 よかったー。

 実の兄と、エス!イー!エックス! なんてことをせずにすみそうだ。

「いや、待ってください」

 王女さまがなにか言い出した。

「勇者の様子がなにやらおかしいです」



「……オォオォォ……」

 変態オタク兄貴が立ち止まってなにやらリキんでる。

「勝つのは拙者……愛しのマイシスターに童貞を受け取ってもらうのは……拙者でござる!」

 その体が光り輝いた!

「フォオオオオオ!!」

 そして その光が収まった時、そこにいたのは雷電をまとった白虎の半人半獣。

「これが魔王と戦った時の姿! 勇者の戦闘形態でござる!」

 雷電白虎が疾走した!

 とんでもない速さでトラックを走る。

 中隊長さんがその速さに驚いてペースを上げたけど、中隊長さんがトラックを一周する間に二周はしている。

「速い! 白虎の姿になった勇者! ものすごい速さでトラックを周回する! まさに雷電の如し!」

「これが勇者の秘策であったか!」

「なるほど、確かにラストスパートを一気に決められるなら、体力配分の一件も納得です。

 エリート中隊長、何度も追い抜かれる。

 雷電白虎の勇者、何度も追い抜く。

 あれだけあった差がどんどん縮められていく!

 さあ後一周! 二人とも残るは後一週だ!

 中隊長さん! もうほとんど全力疾走している!

 勇者! ペースをさらに上げた!

 あと百メートル!

 二人の距離はほとんどない!

 五十メートル!

 並んだ! 二人が並んだ!

 二十メートル!

 並んでいる!

 十メートル!

 おおっと! 勇者が少しだけ!」



 わたしは立ち上がって叫んだ。

「中隊長さん!」



「ゴォオオオル!!」

 二人がゴールした。

 勝ったのは……



「勇者です! 勝ったのは勇者! 勇者の勝利です!」

「頭一つ分。わずか頭一つ分だけであったが、勇者が先にラインを切った。この勝負、勇者の勝ちだ」

 王女さまと国王さまが解説しているが、わたしは聞いていなかった。

 勇者が歓声を受け、そして中隊長さんは膝をついて崩れ落ちていた。

「そ、そんな……俺が、彼女への想いで負けただと……」

「やったー! 勝ったでござるー! 拙者が勝ったでござるよー!」

 勇者が わたしのところへスキップしながら来る。

 ……ああ、そうだ。

 勝ったのは勇者。

 中隊長さんは負けたのだ。

 それが試合結果。

 それは誰にも覆せない。

 誰にも。

 それはしかたのないことなのだ。

 勇者は皆の前で わたしに童貞を捧げると言うだろう。

 それを わたしは聞かなければならない。

 だから わたしは覚悟を決めた。

 勇者は歓喜に満ちた顔で、わたしの前で片膝をついて腕を広げた。

「さあ マイシスター、拙者の童貞を受け取ってくだされ」



「嫌」



「……え?」

 変態童貞オタクアホ兄貴は呆けた表情。

「なにを疑問に思ってるのよ。実の兄と、エス!イー!エックス! なんて嫌に決まってるじゃない」

「で、でも、拙者は一生懸命頑張って勝ったでござる……」

「嫌なものは嫌」

「……しょ……しょんな……」

 情けない顔の童貞オタクアホ兄貴は、しかし何かに気付いたように、

「そ、そうでござる。こうなったら勇者の栄光を盾に……」

 ちっ、ヤバイわね。

 その方法に気付いたか。

 わたしは即行でマイクを手にすると、不自然なまでに慈しみの笑顔を浮かべて、この世界の言語でみんなに聞こえるように、

「勇者さまぁ。魔王を倒した勇者さまの栄光と権力を使えば、いくらでも わたしと、エス!イー!エックス! ができますけどぉ」

「そ、そうでござる。その手が、あるで、ござるな……」

「でも心の中では吐き気がするほど嫌で嫌でたまりませんからぁ」

「ヒィイイイ!」

 悲鳴を上げる童貞オタクアホ兄貴に、私はさらに畳みかける。

「もう嫌で嫌で ものすっごく嫌で これ以上ないって言うくらい嫌で、嫌すぎて胃液を吐くくらい嫌でたまりませんかのぉ」

「……ヘグッ……ヒグッ……」

 変態童貞オタクアホ兄貴はなにやら泣き笑いで痙攣し始めた。

 さあ、トドメだ。

「っていうかぁ、キモい」



 そして身も心も灰と化した勇者の残骸が横たわった。



「おーっと! 勇者! フラれた! あれだけ頑張って勝ったというのに断られてしまったー!

 無様です! ミジメです! 情けないです!

 っていうかホントこの人 勇者なんでしょーかー!?」

 王女さまが実況する中、わたしは中隊長さんのところへ行くと、

「中隊長さん。今回は残念な結果になりましたが、頑張ってくれた ご褒美です。

 ほっぺに チュッ」

「エリート中隊長! ほっぺにキスしてもらえたー! 試合には負けたが勝負に勝った! ダメ勇者とは天と地の差! この戦い エリート中隊長の勝利だー!!」

 王女さまが興奮して実況し続け、観客は歓声にわき、そして中隊長さんは ぽーっとしていた。



 こうして変な試合は終わった。



 で、その後 童貞オタク兄貴がどうしたのかというと……

「なんでここにいるのよ?」

 なぜか館に来ていた。

「マイシスターに童貞を受け取ってもらうために、この国に滞在するでござる。そしてこの国で宿泊する場所として、この館の部屋を借りることにしたでござる。

 ついてはマイシスターの今世のパパ上とママ上に会わせて欲しいでござるが。

 なぁに、勇者が滞在したいと言えば快く泊めてくれるでござるよ。

 兄と妹。前世のように、また仲良く一緒に暮らそうではござらんか。

 というわけで、パパ上とママ上を紹介してくだされ、マイシスター」

「ダメに決まってるでしょ。私が許さないわよ。出て行きなさい」

「いや、でも、会わせてもらうだけなら……」

「出て行け」



 勇者は追い出された。

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