満月を見るとなぜだか悲しくなる。

 漠然とした不安が沸き広がってきて、心にぽっかりと隙間ができたような気にさせる。

 怖い、わけじゃない。

 ただなんとなく、寂しくなるのだ。

 それは、秋の夜長に人肌恋しくなるのと似ていた。


 そんなことない? と隣の恋人に尋ねると、彼は優しく微笑んだ。

 そして大きな腕を伸ばしてきたかと思うと、わしわしと頭を撫でられ、肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。

 くたっとしたシーツがわたしの顔を埋める。

 わたしはそれを剥がしながら、彼の胸に身を寄せた。

 とくとくと聞こえてくる彼の鼓動に安心する。

 触れている耳が、熱を持ったようにあつかった。


 エアコンの効いた部屋で、わたしたちはベッドに横になっていた。

 ひとしきりかいた汗もすっかりひき、ごろごろとくっついたり離れたりを繰り返している。

 幸せの余韻に浸る瞬間。

 単純だわ、などと思いながら、何度目かにくっついたわたしを、彼はそっと引き上げた。

 下から覗き込む彼の顔は、とても穏やかに見えた。


「君は月が好きじゃないの?」

「え?」

 意外な質問にわたしは彼の目の中をまじまじと見つめた。

 好きじゃない?

 そんなこと、考えたこともなかった。

 たしかに悲しくはなるけれど、だからといってそれが嫌いになる理由にはならなかった。


「そんなことはないと思う」

 わたしは正直に答えた。

「むしろ好きなほうだと思うわ」

「そっか」

 彼は静かにそう言った。


「飲み物、なにがいい?」

 冷たいの、とわたしが答えると、彼は下着一枚の姿で床に降りた。

 彼は優しかった。

 こうしてわたしが喉が渇いたと言う前に、まるでエスパーのように汲み取ってくれるほどに。

 静かに後姿を見遣る。

 わたしは彼のふくよかになった腰まわりさえも愛しいと感じていた。

 もちろん、引き締まった背中に愛撫するのが極上の幸せだと思うのに代わりはないのだけど。


「どうぞ」

 ベッドに腰掛けるよりも早く片方のグラスを差し出す彼。

「ありがとう」

 わたしは受け取りながら、横に座れるだけのスペースを空けた。


「さっきの話だけど」と、彼。

「僕は、月のことも君のことも好きだよ」


 なにそれ、と笑うわたしが、答えになってないと気付いたのは、それから実に数日後のことだった。

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