第131話君の目覚めるその暁に
もう16年ほど前になるだろうか。
エドウィンと婚姻した王妃に呼ばれ、真白は彼女の部屋にいた。
茶を勧められても断り、要件だけを聞こうとする自分に、茶器に目を向けたまま彼女は言ったのだ。
「陛下のお心を乱さないで欲しいのよ」
そんなことを願われても自分の知ったことではないと、真白は目を細めて王妃を真っ直ぐに見ていた。
「私は何もしていませんが?」
淡々と返すと勘に触れたらしい。きっ、とこちらを睨み付けて王妃は高い声を荒げた。
「陛下の前に現れないで!あの人の目にあなたが映るだけでも私は……!」
「あなたも王妃ならば、私の役目もお分かりのはず。立場上、顔を合わす機会はどうしてもあるのです」
「そんなこと、代わりを立てたらいいのよ」
我が儘で幼稚なことを言うと思った。嫉妬しているのならお門違いだろう。
自分はエドウィンに興味はない。心を占めるのは護だけだ。
「………分かりました。では私は城には出向きません」
この場を早く去りたくて、彼女の求める答えを出せば、ホッとして頷いている。
聖女候補を養成する学校の敷地内に教師用の宿舎があって、真白はその奥まった部屋で表面上は静かに暮らしていた。
度々の登城せよとの命に、真白は王妃の言った通りに代わりを立てた。特に咎められることもなく、数ヶ月が過ぎた。
「白亜、元気だったか?」
「………供も付けず夜中にやって来るとは」
突然彼女の部屋に乗り込んで来たエドウィンは、驚き呆れる真白を見つめて、嬉しさを隠そうともしなかった。
「君になかなか会えなかったから、どうしているか心配していたよ」
彼を入れることは勿論せず、部屋の前で立ち話をすることにする。真白としては、皆に気付かれない内に早くお帰り願いたかった。
「エドウィン、用がないなら早く帰って欲しい。国王が一人でこんな所に来るなど、しかも夜中なのに誰かに見られたらどう思われるか」
「真白」
いたって真面目な表情で、エドウィンは彼女を見つめる。
「どうして城に来ない?私を避けているのか?」
「別に、人をやれば済む用事ばかりだっただけだ」
「………もしや誰かに何か」
言い掛けて黙る彼から目を反らす。
「月がよく見えるな。明日は晴れだ」
「………ああ」
真白が窓から夜空を見上げると、彼女の隣で月光を浴びながら、エドウィンは俯いた。
「君は、月のようだな」
****************
あの時のように月の光を浴び、エドウィンは目を閉じて目蓋を開くことはない。
生気に満ちていた彼は、月光のせいだけでなく今は痩せて白い顔を晒している。
真白は傍らの椅子に腰掛け、彼の額を撫でた。
「今度はお前が月のようだな、エドウィン」
届きそうで届かない、目に見えているのに掴めない、そんな相手。
それでも仕方ない。自分は目覚めるのが遅すぎたのだ。
ただ、自分が死ぬまでには一度だけでも目を開けて欲しい。
そうしたら、月に手が届く。ほんの少しでもいい、彼に伝えたいことがあるから。
「明日は晴れのようだ。エドウィン、一緒に散歩に出よう」
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