第122話君に祝福の口づけを
元の時代に帰るのを模索する中、レイは少なからず自分の記憶が魔法陣の行き先に関わっているのに気付いた。
それは、聖女青達に出くわした後に魔法陣に飛び込んだ先で見た光景で確信した。
山道だった。横手に木々の間から小さな村が見下ろせた。
見覚えのある青い屋根の家がある。レイはそれに向かって山を駆け降りた。風のように家々を抜け、驚く人の横を抜け、目的の家の前に立った。
レティシアの実家。
以前、旅の最後に二人で来た場所。
胸の高鳴りに大きく息をついて、玄関の戸を開けようとして手を止めた。家の中から泣き声がしたからだ。
その泣き声に、あることに思い至って、レイは玄関から離れて屋根に飛び上がり、二階のレティシアの部屋の窓を開けた。
そこにはベビーベッドがあって、中で一歳前ぐらいの赤ん坊が座って泣いていた。
肩までのふわふわの赤い髪。ぱっちりした茶色い瞳。愛らしい小さな鼻と唇。
「……あ…ああ」
窓から侵入し、ふらふらと歩み寄ると、レイは恐る恐る赤ん坊を抱き上げた。
「………レティ!」
泣いているのにも構わず、その小さな頬にすり寄り、髪に顔を埋める。甘くて柔らかくて懐かしい薫りがした。
「うう、レティ……俺はロリコンじゃない。そこまで変態じゃない。もっと色々育ってるお前に会いたい!で、でも可愛いぃ……はあはあ、可愛い……」
赤ん坊レティを撫でて嗅いですりすりして、レイはようやく満足すると理性を取り戻した。
ふえふえ泣くのも可愛いが、さすがに可哀想になってきた。レティの両親は仕事や家事で気付いていないのか。
「よしよし、もう泣くな」
赤ん坊に触れ合う機会が無かったレイには、あやし方がよくわからない。
抱っこしたまま、どうしようかと考えて、はたと思い付いた。床に彼女を降ろして、背中にクッションを当てて座らせ、彼女の隣でやや前に胡座をかいて座る。
「ほら」
レイは最終兵器「ふさふさ尻尾」をちらつかせてみた。
すると泣き止んだレティは、不思議そうに左右に揺れるのを見つめていたが、いきなりそれを両手で掴んだ。
「っ!」
想定内だったので、情けない悲鳴を噛み殺すことができた。
感触が楽しいのか、しばらくすると赤ん坊レティの顔から笑みが零れた。
「そう、か。はあ、楽しいか、うっ、お前はっ、モフるのが、す、好きだもんな、あ、ふ」
赤ん坊のテクニックで、息を荒げた変態は密かに思った。
もうこのまま赤ん坊レティが大きくなるのをここで待ってもいいんじゃないだろうか。そして、ゆくゆくは……
「ダメだ。未来でちゃんと出るとこ出たレティが待っているのに、あ、くっ、俺としたことが、赤ん坊の誘惑に負けるところだった」
加速しそうなアブナイ考えを振り切り、赤ん坊を見つめる。尻尾が気に入ったらしく、キャッキャッと笑い声を立てている彼女に話しかける。
「なあレティ、どうやったら帰れるんだろう。何度も試して帰れなかったら……俺はどうしたらいい?」
いつになく弱気な発言をし、赤ん坊の髪に触れる。
気付いた彼女が、今度はその手を両手で掴んできた。
レイはその手を引こうとした。欠損した指を見て、彼女が怖がると思ったからだ。
だが彼女はそれではなく、どうやら薬指に嵌めた指輪が気になったらしい。
「なんだ……欲しいのか?大きくなったら必ず対の物を用意するから待っていろ」
指輪を弄る彼女の可愛いらしい仕草に少し笑って、レイはようやく気が付いた。
二人で指輪を買いに行った日、彼女は何て言っていた?
『綺麗でしょ?私の髪とレイの瞳の色だよ。私はこっちの……金の方をずっと付けておくね。そうしたらいつでも一緒にいるみたいで嬉しいから』
薬指の指輪に触れ、レイは一縷の希望を託すことにした。
指輪を弄る赤ん坊レティの手を包む。
「レティ。俺のひいじい様が、目印があれば帰れると言っていた。未来のレティがずっと持っていてくれるなら、それをイメージすれば次は成功するかもしれない。だから俺は帰るが、お前は大きくなったらクロっていうイヌをちゃんと飼うんだぞ」
そう念押しして、額にそっとキスをした。
「また会おうな」
******************
私は竜型魔族に乗って野原にやって来た。
「わあ、すごい。こんな所があったんだ」
魔王を名乗って8ヶ月になるが、魔界改めレイ・レティシア国には、まだまだ知らない場所がある。
城の裏の山を越えて3キロほど行った所に、スリィちゃんの教えてくれた野原があった。
そこには、赤、青、紫、橙といった色とりどりの大小の花が咲き乱れ、夢のような光景が広がっていた。
「へえ、これ緑の花だ」
珍しい花も多くて、観察しながら片手に提げた籠に摘んだ花を入れていく。これは開放する城内を飾るための花だ。
明日、この国でお祭りがある。なんと私の19の誕生日を祝って、国をあげてのお祭りをギルさんやスリィちゃん、有志の方々で計画してくれたのだ。
「出店もたくさん出るそうですよ、きっと賑やかでしょうね。楽しみですわ」
そう言って、スリィちゃんは、はりきって明日の私の着る服から、城の飾り付けやら皆に振る舞う料理の支度と大忙し。
ギル兄も、街の祭り準備の状況確認やらで朝からいない。
今日明日と、お仕事免除された私は、スリィちゃんの手伝いで花を摘みに来たのだ。
多分、これは彼らなりの慰めなのだと思う。私を励まそうとして、ギル兄もスリィちゃんも気遣ってくれたのだ。
だから、私が準備の手伝いをすることも咎めなかったし、こうやって1人で自由な時間も与えてくれる。
いつ帰るかもわからないヒトを待つのは、なかなか辛いものがある。心に埋められない隙間があって、そこから風が吹いて、いつも少し心が寒くて淋しい。
「これ変わってる、黒い花」
ふつりと摘むと、その黒い花弁の朝露を傾けて落とした。そして籠に入れて顔を上げた。
「……あ」
座り込む私の、ほんの数メートル先に、会いたかったヒトが立っていた。
なぜか声が出ない。彼も私を見つめたまま動かない。
息を吸って吐いたら喉が震えた。
「………レイ…レイ!」
籠を落として、転びそうになりながら彼の元へ走ったら、我に帰ったようにレイが私を抱き止めた。
「れ、レティ」
「レイ!レイ君!」
彼の顔を手で触れて確かめる。
「レティ、夢じゃないよな……俺は、現実でレティに会ってるよな?」
彼は、まだ本当か疑っているようだ。同じように私の顔を撫で、髪をくんかくんかと嗅いで、首をペロリと舐めて確かめている。
「あ、や、ワンコ」
「夢じゃないよな、はあはあ、も、もっと確かめないと」
私の肩や背中を撫でくりまわし、お尻にまで手を持っていくので、御返しに尻尾を揉みしだく。
「これなら現実か分かる?」
「あう!そうかも」
嬉しくて、今度はレイの唇にちゅっとキスをしてみた。
「……これなら?」
「………現実だ。レティ、もう一度」
レイから再び唇を合わせられ、その暖かさに胸の中まで温かくなる。
深い安堵が私を満たして、彼にしがみついていたら、レイは私をぎゅっと抱き締めて小さく肩を震わせた。
「凄く長い間待っていて、ずっと捜していたんだ。レティ、ようやく逢えた」
「私も、ようやく見つけたよ」
離すまいと、強く彼を抱き締めて囁く。
私は、戻ってきた迷いイヌがとても愛しくて、もう一度確かめさせてとキスをねだった。
『完』
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