第120話君が見つけた真と希望5
「そういえば、この前薦めてくれた本は面白かったです」
前回の会談の時に、ユリウス様と雑談で好きな本について話をしていた。彼は私よりも読書家で、私達はお薦めの本を紹介しあっていた。
今、アテナリアは大変な時だろうし父親のこともあるのに、屈託なく話題を振ってくるユリウス様は、なかなかどうして王様らしく泰然としてらっしゃる。
「そうですか、ユリウス様は私なんかより沢山読んでて凄いです」
もうお薦めする本は無いなあ。
彼の方が詳しいくらいだ。でも、ふと思い付いた。
「あ、そうだ。図書室見てみます?」
「え、魔界の…いえ、この国の?」
ユリウス様が、目を輝かせている。
「ユリウス様でも知らないような古い本やここにしか無いのがあるかもしれませんよ?」
私がそう言うと、タリア様も楽しそうな顔をする。
「それはぜひ見たいわ。こちらの方々がどんなことを考えて感じているか、本を読めばわかると思うのよ」
「それなら……」
私は図書室に二人を連れて行き、ギル兄も呼び寄せた。
図書室は、書庫といった方が良いかもしれない。広い部屋だが、なんせ数千年分の本があるので、四方八方壁にくっ付けられた棚にどっさりと本がひしめいている。
棚は高い天井のドーム型の窓の近くまであり、そこまで本がぎっしり並んでいた。圧迫感が凄いけど、慣れてくると逆にそれが落ち着くのだ。
天井の近くに並ぶ本を、ギル兄に頼んで取ってもらう。
「あなた自分で取れないんですか?」
「いや、梯子も無いし無理なんで」
面倒そうに、ギル兄は数冊の本を魔力で絡めると私に渡してくれた………そうか、彼らは普通に梯子いらないんだ。
「これは……」
タリア様とユリウス様に、その本を手渡すと二人とも表紙をまじまじと見入っている。
「魔界にしかない本といえば、これかなと。これは『歴代魔王日誌』です」
全部で千冊ほどある中の1巻からを、私もようやく見る。だって今まで手が届かなかったんだよね。
ちなみに私も書いている。今日あったことなんかと一緒に、いつも隅にレイと離れて何日かを書き込んでいるのは……何となく。
レイのも短いけどあって、読んでみたら……怖かった。
『今日レティと八時間しか一緒にいられなかった。悔しい』
『今日レティと10回しかちゅうしてなかった。明日はもっとするように頑張る』
……とか!いや日誌なの、これ?皆の目に触れる前提なのは知っているはずなのに、こんなんでいいのかな。
恥ずかしいので、レイの日誌だけは魔王の部屋の机の引き出しの中に隠している。
「貴重な本だわ」
タリア様もユリウス様も興味を引かれたらしく、本をめくって読み始めている。
1巻からということは、初代魔王の日誌だろう。
「貸し出しは出来ませんが、ここで読むのならいいですよ」
ギル兄が言うと、二人は本から目を離さずに頷く。
私も読んでいないので後で読みたい。
どうやら面白いらしい、二人は時折笑いながら読んでいる。
「ふふ、これなあに……イヌも歩けば恋に当たる?」
タリア様が読みながら呟く。何か聞いたことがあるなあ。
私が他の本を見ていたら、タリア様がふいに顔を上げた。
「レティ、こっちへ来て」
「はい?」
手招きされて近付くと、歴代魔王日誌1巻の最後の方のページを私に指し示した。
「ラブレターを見つけたの」
大発見でもしたのか、タリア様は嬉しそうに微笑んで、私の顔をじっと見つめる。
訳がわからず、本に目を移すと格言が載っていた。
「神殿の地下に300年」
ああ、以前レイが紹介していたのだと気づいた。
「これ知ってます。おかしな格言ですよね」
つまり忍耐究めろってことかな?
「もう鈍感な人ね。ではここを読んでごらんなさいな」
呆れ顔のタリア様が指で示した文を、私は目で辿った。いつの間にかギルさんとユリウス様が、私の後ろから覗き込んでいた。
『魔界歴3年10月12日(晴れ)
儂は今日イヌを拾った。
黒い毛で金色の瞳の彼は、飼い主とはぐれてしまったらしい。イヌはクロと名乗った。
彼は飼い主がこの日誌を見るかもしれないと伝言を残すように頼んできた。よって、ここに記す。
もし深紅の髪の可愛い娘である飼い主がこれを読んだなら、イヌは無事なので安心して欲しい。
クロの伝言
「俺は思いがけず、こんな所まで来てしまった。だがすぐに帰る。絶対に帰る。だからもう少しだけ待っていてくれ。頼むから離婚はしないでくれ。帰ったら、たくさんモフらせてやるから待っててくれ。お前が不足して辛い、だからすぐ帰る。帰るったらかえ」
…………以上だ』
「………………クロ」
何度も読み返す私の傍で、ギルさんも食い入るように読んでから、ため息を吐いた。
「あの方ですね、まさしく」
「歴史が変わらないように、知らない者が見たら意味が解らないように書かれているようだけれど」
「そのようですね、一度読んだはずですが、気付きませんでした」
ぎゅっと本を抱きしめて、目を瞑った。
ボロい本がミシッといって、慌ててそうっと抱え直す。
「うう、ギル兄ちゃあん」
「嫌です」
泣く一歩手前で呼んだら、ハグを拒否された。
タリア様が微笑んで両手を広げた。
「レティ、私の胸で泣きなさいな」
「す、吸い込まれるう」
柔らかい胸に抱きしめられて泣いたら、ホッとする。
レイも私に抱き付いていた時は、こんな気持ちだったのかな?
いつも嬉しそうにしていた彼を思い出す。
レイが帰ったら、たくさん抱き締めてあげたいな。
クロ、私はね、ずっと待ってるよ。一緒にいるって約束覚えてるよ。
私の寿命が尽きるまでは、待つって決めてるからね。
だって飼い主は、「ペットを最後まで責任を持って飼う」ものでしょう?
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