第116話君が見つけた真と希望
一体どれほどの時間が経っているのか。
数時間かもしれないし、数日かもしれない。または数年か?
わからない。
最初から次元の狭間には、時なんて存在しないのかもしれない。
それでも体の疲労と魔力の消耗は明らかで、少しでも気を緩めれば倒れてしまいそうだった。
「死なない者同士が戦うのって、凄く不毛だね」
半分干からびた顔で、護がけたけたと笑いながら剣を振りかぶる。
それをレイが片手で跳ね返すと、護はふらふらとよろめいた。
薄紅色の狭間には、上も下もなく、自分がずっと落ち続けているように感じるかと思えば、上昇しているようにも感じる。
平衡感覚もおかしくなって、目が回るようだった。
護が攻撃の合間にえづいた。
「う、気持ち悪っ、何ここ、酔いそう」
この調子では、自分の体の様子も気付いていないのだろう。
ズルズルと剣を引き摺る彼をよそに、周りの様子を窺う。
早く帰らなければ。
ここに長くいれば、その分帰ることができなくなる気がする。
「ね、ここから帰るなら一緒に帰らない?」
血まみれで、半分顔が干からびた護は、外見も怪物になったようだ。
「………俺が、仇である貴様をなぜ連れ帰らなきゃならない?」
指を失い、同じように血まみれで服もボロボロな自分も、護と変わらないと思い直す。
繋いだ手を離した時の、レティシアの悲しみの表情が頭の中にエンドレスで浮かび続ける。
「だよね………なら僕と遊ぼう。僕の玩具になってよ」
レイに近付きながら、目を大きく開けて笑う護は、真に狂っている。
「僕はね、他の生き物の命を奪うことが楽しいんだ。その最期の絶望や苦悶でいっぱいの顔を見ると、たまらなく気分が良いんだ。断末魔の声を聴くと、ぞわぞわして快感を得るんだ。君は頑丈そうだけど、苦しむ姿が見たいな。きっと楽しいだろうな。それとも死ぬかどうか、色々斬って試してみてもいい?」
レイは、冷ややかに彼を見て、剣を一振りして消した。
「悪趣味な貴様に付き合うつもりはない。それに俺は、死ぬ時はレティの腹の上で死ぬと決めている」
「今サラッと言ったね」
「胸の上でも可だ」
何喰わぬ顔で宣い、レイは素早く距離を詰めると、護の剣を奪った。
「あ!あ、れ?」
簡単に奪われてしまい、驚いて自らの手を見る護に勇者の剣を突き付ける魔王。
「一つ忘れていないか?狂った頭では、もうわからないか」
「なにが?」
「貴様は、俺のいた世界では勇者として不死身だったかもしれない。だが、ここはその世界ではない」
護が、恐る恐る自分の顔に触れた。既に治っていると思っていた顔は、依然半分干からびたままで酷い有り様だった。
「く、そぉ、ふざけんな」
「元の世界の本来の自分のように、貴様は今、ただの人間だ。だから」
身を翻し、護の鳩尾に剣の柄を叩き込むと、呻く彼を放り投げる。
すると、河のように流れていた別の次元へと吸い込まれて、焦った表情をした護の姿は今度こそ見えなくなった。
「……………いつかは死ねる」
見届けたレイは、ゆっくりと息をついた。
自分はこんな所では死ねない。300年も辛い目に合ったんだ。仇も取ったんだし、これからは心置き無く残りの寿命ぐらい自分の自由に生きてもいいだろう。
「はあ、レティとあんなことやこんなことしてえ……」
自由……つまり欲望に自由に!
勇者の剣で手を傷付ける。
痛みに慣れたのか、もう躊躇もない。いや、欲望が痛みを凌駕したのか。
ちょっとクラクラ貧血気味だが。
魔法陣を自分の足元に描いてみる。地面らしきものはないのに、描けるのが不思議だ。
「我が血をもって、道を開かん………レティシアのとこへ帰る帰る帰りたい、俺を導け!」
次元の狭間からの発動は初めて。不安を感じながら、魔法陣の青い光に身を任せる。
************
光が消え、目を開くと見慣れた自分の城の前だった。
「成功か?!」
ヨロヨロとしながら、城に入ろうとした所で捕まった。
「何者だ!」
「お前こそ、な……」
何か違和感を感じる。自分を捕まえる魔族の男は、白いヤギの耳と尻尾で、全然知らない者だった。
「何だ?なぜ耳がないんだ?」
怪訝な表情をする男を無視して、辺りを見回す。壁も床も鏡のように磨かれていて、どこか家具や内装も違う気がする。
………なんかピカピカだ。こんなに綺麗だったかな?
「……レティ……レティは?!」
まさかと思いつつ男の襟首を掴むが、「はあ?」と鬱陶しそうな顔をして、レイを引き摺る。
「来い、魔王様に見てもらう」
「…………魔王だと?」
連れて来られた部屋の玉座には、知らないような知ってる男が座っていた。
ヤギ耳の魔族が、レイに声高に言う。
「頭を下げよ!魔界の初代魔王ルイスモンテール陛下だ!」
魔王が、レイをしげしげ見て首を傾げた。
「……何だか……初めて会った気がしないな。お主、前に会ったかのう」
がっくりと肩を落としながら、レイは小声で呟いた。
「あんたに似てるからだよ、ひいじじい」
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