第112話君死に給うことなかれ4
「ユリウス様、手伝って!」
私はエドウィン様の脇を抱え起こして、座り込む王子様に叫んだ。
「……何、して?」
「何って……治療するの!」
ベッタリと生暖かい血が私の服に付いて、萎えそうになる気持ちを奮い立たせる。夜に紛れるように、黒い服を着ていて良かった。はっきりと見えていたら、血の赤さにパニックになっていただろう。
「治療……無理だよ、もう……こ、こんなに血が」
虚ろなユリウス様は、諦めている。辛いんだ、これ以上目の前の光景を受け入れることが。
それだけ慕っていたんだろう。
ネーヴェ様もだ。
「く、ネーヴェ様も力を貸して下さい!」
レイは護と戦っていて、僅かにこちらを見たけれど、どうこうできる余裕は無い。
重い。筋肉質なガタイの良いエドウィン様が、力を失っているものだから凄い重い。
「ふうふう、ユリウス様、ネーヴェ様!お願い!」
私の声が聞こえているとは思うけど、どちらもぼんやりとして動かない。一人で息を切らして血塗れになりながら頑張ってるのに……
一刻を争うのに。血はまだ暖かかったから………だから
「ユリウス!ネーヴェ!しっかりせんかい!!まだ二人は助かる!!早く手伝え!!」
苛立ちも露に怒鳴り付けてみた。ユリウス様は、びくっと体を揺らして思わず私を見上げた。ネーヴェ様は、私の剣幕に涙を引っ込めてくれた。
良い歳の神官長様に怒鳴っちゃった……スカッとしたのは内緒だ。
「じょ、嬢ちゃん、仰向けにしたら良いんだな?」
「は!デュークさん、エドウィン様は横向きで支えて」
隣から急に手が伸びて、デュークさんがエドウィン様を肩に担いでそっと横たえてくれた。
そうだった、デュークさん、いたんだった……
それに後押しされたのか、ようやくユリウス様とネーヴェ様がやって来て白亜様を仰向けに寝かせてくれた。
デュークさんが、エドウィン様の傷がよくわかるように彼の上着を剣で破いてくれた。
私とネーヴェ様で、急いで二人の治癒に取り掛かる。見た限りエドウィン様の傷の方が多くて出血も酷い。
きっと白亜様を庇ったんだ。
「………私としたことが、取り乱してしまい申し訳ありません」
項垂れるネーヴェ様が、エドウィン様の背中の傷を治癒する。心拍を確認する暇はない。
例えダメでも、私は治癒に専念する。だって、このままじゃあまりに可哀想だ。
「いえ……あ、ユリウス様、あなたも治癒できるならお願いします」
「……できるかわかりませんが、や、やります」
ユリウス様が目元をゴシゴシ拭くと手を翳した。
「私に続いて唱えてご覧なさい」
ネーヴェ様が、ユリウス様に治癒の詠唱を教えている。
デュークさんは立ち上がると、剣を振るう護を見て言った。
「こっちは俺には手伝うこと無いみたいだから、向こう手助けしてくるな」
踵を返したデュークさんを見送り、あることを思い出してレイに視線を向けた。
「レイ!」
「ひっ」
呼んだら、怯えたように小さく悲鳴を上げたのは何で?
片手で白亜様の治癒をしながら、もう片方の手をレイの方へ伸ばす。
「そのネックレスを渡して」
「…………………………」
魔力の盾で護の攻撃を受け止め、レイは押し黙った。
「レイ」
「……これは俺のだ」
首に掛かる金の石を手に、レイは言う。魔道具であるこの石に込めた術を察知したんだろう。
横から割り込んだデュークさんが、護に斬りかかる。
「ごめん、レイには憎い人達だろうけど、私は助けたい。こんな所で死なせたくない。お願い」
「………俺の」
「お願い……許して」
「……………ペットのご主人様としての願いか?」
「違うよ、嫁が夫さんにお願いしてるの」
「……そうか…………ほら」
迷いを断ち切るように目を一瞬瞑ると、ぷつんと首から引きちぎり、レイが私めがけて投げてきた。
転がってきたそれを掴む。
「ありがと、後でちゅうしようね」
「え、ちゅうだけ?」
労い(ねぎらい)の言葉を掛けるや、石を歯で噛み砕く。
ガリンと割れた瞬間、淡い白い光が石から溢れた。
私は粉々になった欠片を白亜様の胸の辺りに撒いた。
すると白い光は、白亜様の体全体を包んだ。
レイが怪我を負った時の為にと、私がせっせと術を掛けて溜めに溜めた治癒の効果。
平常の治癒の術とは比べ物にもならない速さで、白亜様の全身の傷を塞いでいった。
「白亜……」
ネーヴェ様とユリウス様が息を詰めて見守る。私は頬の血を拭ってみた。
白くて綺麗な肌には傷は無い。良かった、白亜様はこんなに美しい女性だもん、傷なんか残したくない。
ネーヴェ様が、エドウィン様より傷の少なかった彼女の首横に指を添え脈を診る。
「………生きてる」
ホッとしている暇はない。
私は体力増強の術を重ねて彼女に掛けてから、その肩を揺すった。
「白亜様、起きて」
まぶたが小さく動くのを見た、その時。
「レティ!」
レイの呼ぶ声がしたと思ったら、背後から腰に腕を回されて、無理やり立たされる。
「君、聖女の力強いんだね。もしかして最強?」
「違うよ、白亜様の方がずっと強い」
ゆっくりとまぶたが開き、黒水晶のような瞳がのぞいた。思い出したかのように涙を溢し、白亜様が護を見つめる。
「………………許さない」
上半身を起こした彼女が詠唱を唱える。
異世界から来た聖女は、最強。本気を出した彼女に私が勝てるわけない。
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