第27話君がいるだけで

 パアァァン


 きれいに決まりました。

 ジンジンとぶたれた頬が熱を持って、私はショックで声が出なくて、ぼんやりと目の前の人物を見ていた。


「この、裏切り者!」


 怒る翡翠は、ぶった手を下ろしもせずに、私に叫んだ。


 ****************


 封印の術を使って4日眠っていた私は、5日目の朝に出立すると、小さな街に通りがかった。


「デュークさんに、ちゃんと挨拶できなくて残念」


 共に闘って、仲間意識が芽生えていたみたい。それに、ちょっぴりお父さんみたいに思っていたからなあ。私が眠っている間に、デュークさんは宿を出ていた。


「クロは、デュークさんにお別れ言えたの?」


 イヌ語しか話せないか。クロは、無言で隣に並んで歩いている。


 街のメインストリートは、こじんまりしているが、お店が両側にあって人もそれなりに行き交っていた。


 若い女の子が多くて、何でかなと思ったら、女の子向きな服を売ってるお店と、ケーキやカフェのお店が充実しているからだった。


「わあ」


 ウィンドウショッピングを楽しんでいた私は、その内の一つに興味を惹かれて足を止めた。


 そこは、『ハッピーラブ』と言う名のペットショップだった。


「可愛い、クロ見て、このリード」


 店先に吊るされているブルーのリード。クロに似合いそう。


「首輪は、緑や茶もいいし、意外に桜色も」

「ウウウウウウ」


 低く唸り、クロは私に怒りのオーラをひしひしとぶつけてきた。


「冗談だよ」


 少年の姿のクロに、本当に首輪してリード付けて散歩なんかしたら…したら…


「はあ、いい……」


 クロをうっとりと見つめて、妄想してしまった。

 並べてあるお洒落な首輪の隣に噛み付き防止の口輪を見つけて、手に取る。


「クロに、こんなの付けたりして……ひひ、やってみたいな、そんなプレイ(ごっこ)」


 ボソボソと呟く私を、クロはなぜか顔を赤らめて見ていた。


 結局、理性を保っていた私は手ぶらでペットショップを出た。

 それから、そこから2つ隣のアクセサリーショップに立ち寄った。


「ごめんね、ちょっと待ってて」


 ダルそうにしているクロを、お店の前のベンチに座らせて『待て』をさせておく。


「グ……」


 術の強制力で、ベンチで姿勢よく待て状態で座ったクロを確かめ、私はお店の中へ入っていった。


 指輪やペンダントや髪飾りにブローチにブレスレット。たくさんのカラフルに光るアクセサリーに、つい目を奪われる。

 聖女候補として学校にいた時は、休日でも殆ど制服で過ごしていて、生活必需品などの物は注文したら学校の方へ届けられていた。

 だから私には、街へ繰り出し店で買い物をすることさえ新鮮だった。

 まして、アクセサリーを買って、お洒落に着飾ることなんて無かった。


 私だって、年頃の女の子なのにね。


 お店の一角に、アクセサリーが魔道具として加工されて並んでいる。クロが最初に声を封じられていた布も魔道具だったが、そうした物には一つだけ何かしらの効果が足されている。


 一般にはお守りのような扱いで、主に神官の力がほんの少し込められている。


「体力増進……風邪防止……虫除けに、こっちはラブ運アップか」


 目的の効果が見つからないので、まだ何も力が込められていない魔道具を選ぶことにする。

 自分の力を入れたらいいし、売ってる魔道具は、数日間から一カ月ほどしか効果が期待できない。


 クロの布の魔道具は、結界の中にあったから効果も時を止めていたんだと思う。


「これ下さい」


 細い銀鎖に一粒の紅い小さな雫石のペンダント。

 いいのがあった。

 一目で気に入り、会計を済ませた。

 値段も安くも高過ぎでもなく、ちょうどいい。


 満足してペンダントの入った小さな紙袋を手にし、踵を返した。


 そうしたら、すぐ後ろに翡翠が立っていた。


「………え、翡翠」

「深紅」


 追いかけてきたのだろうか。肩で息をしている。


 私を見る翡翠は、既に怒りで満ちた目をしていて、いきなり私の頬を張り飛ばした。


「この、裏切り者!」


 持っていた紙袋が、床を滑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る