第18話隠す竜5

 その後、朝食まで「匂いを消すから」と肩を撫でられていた私だが、呼びに来た侍女さんが、「これはお邪魔を!」と逃げて行こうとしたのは不可解だった。




 案内された食堂には、既に白霧様が座って頬杖を付いていた。




「おはようございます、白霧様。お待たせして申し訳ございません」


「ふふ、よい。番なのだ、戯れて時を忘れることもあるだろう」




 私の背後を見てニヤリと笑う。




「こんな可愛らしい番がいて、よいのう」


「うるさい」




 紫苑が傷を庇って、ゆっくりとした動作で椅子に座ろうとする。私は肩を貸していたが、彼の腕を持って外すと椅子を引いてやった。




「すまん」




 ぶっきらぼうに一言言うと、座った彼が隣の椅子をポンポン叩くので、そこに座ってみた。




「明朝、妾は王都へ出向く」




 席を立った白霧様が私の隣へ座り、そう言った。紫苑と白霧様の間に挟まれた形となり、何だか落ち着かない。




「明後日に赤明の葬儀が執り行われる。さすがに行かねばならぬだろうよ。それに息子の様子も気になるからの」




 白霧様が、スープを口に運ぶ。




「そうか。父上のこと、よろしく頼む。灰苑は……」


「ああ、こちらへ連れ帰ろう」




 肩甲骨の辺りが痛みでひきつるらしく、食べにくそうにしている紫苑に、隣から手を出してパンをちぎって、口に放り込んでやる。




「もぐ、俺達は参列できないが……もぐもぐ、父上に最期の別れも言えぬのは残念だが……ごくん」


「おい、おぬし、言うことの割りに、嬉しそうな顔をするでない」


「そうよ、不謹慎だわ」




 私も彼の幸せそうな表情を咎めつつ、スープをスプーンで掬って飲ませてやる。


 すると「怪我の功名だ」と、目を細める奴。




 ちなみに竜族だからといって、肉類を好むわけではない。並んでいるのは、人間とほぼ同じ食事だ。


 白霧様は、果物のカット盛りを結構な量食べているし、紫苑はパンなどの穀類が好きらしく指差して「ローゼ、食べさせてくれないか」と口を開けて待っている。




 あれ、指差して……




「手、使えるよね?」


「いや、そんなことは、うぐ」




 大きめのパンを口に突っ込んでやると、不服そうに、自ら小さく割いて食べ始めた。




「その顔。なぜ我々が、もっと肉親の死に悲しまないのかと思っているのだろう、ローゼ?」


「ええ、そう……です」




 白霧様は、昨日と同じような喪服を着ていて「ふむ」と頷き、人参ジュースを一口飲んだ。




「竜族は、死に対する概念が人間とは違うのだよ。この通り、見た目も変わらずに齡を重ねていけば、生きることに執着する力は短い生を必死に生きる人間より弱くなるのだよ。まして番を見つけられなかった竜は、特に諦念感が強い。そして死への憧れのようなものを抱く」


「え?」


「生きることは、死よりも苦しいことが在る」




 寂しそうに微笑んで、少女のような白霧様は、私を横から覗き込む。




「人間であるローゼには、ちと分からぬかも知れぬなあ。だが紫苑と生きるなら、覚悟して長く生きていくのだよ」


「私は……」




 そうだ。人間には長寿と不老は常に憧れだ。それは叶わぬから憧れなのだ。




「人間の中には、竜族と婚姻したがる者は多くいる。長い生になぜこだわるのか、俺達にとっては逆に不思議だ」




 パンを食べ終えた紫苑が、言葉を続ける。




「竜族は、滅多に人間とは婚姻せぬ。ローゼのように竜族の番が現れたのは200年振りだし、竜族は血が交わるのを、あまり好まぬ。それに竜族にとっては、番が最も大切な存在であり、それ以外の者には情が薄いのじゃ。なぜなら子孫存続の本能により、番が優先されるからじゃ。ただし、番ではない夫婦の場合は本能は働かない。だから妾は赤明の死は悲しいが、落ち着いていられるし、灰苑のことは案じているが、焦りはない」




 淡々としている白霧様は、それでも喪服を着ている。それは私には、夫への愛情の名残のように感じるのに。


 ………なんか寂しいな。




「………例え相手が番ではなくても、愛することはできるんじゃないでしょうか?だって、竜族のヒト達は……こんなにも心豊かじゃないですか」


「そうだの」




 白霧様は少し驚いた顔をしてから、口角を上げると、私の頬を触ると頬擦りをし出した。




「あ、あの?」


「ほんに可愛い娘じゃの、ローゼ。ならば紫苑を捨てて我が傍で生きるが良い。ずっと可愛がってやるぞよ」


「え?」




 くい、と指で私の顎を上げた白霧様は、その赤い唇を舐めて……そ、そのまま私の唇に……




「ババア!!」


「え、あ!?」




 横から私の肩を掴んだ紫苑が、白霧から遠ざけるように自分の胸に私を抱え込んだ。


 柑橘系の香りに、動悸が跳ね上がる。




「俺の番に手出しするなら、誰だろうと手加減しない!」


「て、手出しって」




 息苦しくて体温も一気に上昇した気がする。絞め殺されるのか。




 白霧様は悪戯をした子どものように肩を竦めて「冗談じゃ」と離れた。


 対して紫苑は、警戒を露に私を守るようにしている。




「ローゼ、この女に無防備に近づくな!このババアは女を好む竜だ!」


「…………い、今なんて?なんて言った?」














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