第16話隠す竜3
「ん……あ、あのまま寝ちゃったのか」
カーテンの隙間から届く日差しを浴びて目を擦る。
どうやら椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。椅子の背が高くて座り心地も良かったので、目覚めは悪くない。
「うーん……ん?」
伸びをして、ふと自由の利かない右手に視線を向けたら、一回り大きな手に握られていた。
「…………………」
私が握っていたんじゃなかったかな?
ぼうっと思っていたら、紫苑と目が合った。横になっているが目だけはパッチリ開いて私を見ていた。
「紫苑、起きてたんです……ね?」
声を掛けた瞬間、ハッと我に返ったようになって、急いで手を離して向こうに寝返りを打ってしまった。
「紫苑…………さっき起きてましたよね?」
「…………ん、ローゼか」
わざとらしく欠伸をして、上半身を起こす紫苑。
もういちいちツッコミを入れるのも面倒なので、まあいいか、で済ませる。
「傷は痛みますか?」
「痛みはあるが、昨日よりは楽だ。じきに良くなる」
「そうですか、良かったです。着替えてきます」
寝顔を見られてしまったことが、急に居たたまれなく感じた。
ついでに寝間着のままだったことに気付いて、恥ずかしくなって椅子から立ち上がったら、彼が私の袖を引いた。
「待て」
「いえ、待たないです」
「っ、まあ待て。少しだけ、少しだけだから」
「どうしたんです?」
紫苑が焦ったような顔をするので、立ったまま問うと、口をパクパクさせて言葉を探しているようだ。
「こ、ここに座れ」
ベッドの端をポンポン叩いて促すので怪訝に思っていたら、思い付いたように付け加える。
「匂いが、まだ取れていない」
「私臭いですか?多分それ貴方の口の中の匂いじゃないですか?」
失礼な。
自分の腕やら襟元を嗅いでみるが、私には花の香りがするだけだ。
「違う…………あいつの匂いが残っている。黒苑に、触られただろ?」
「え?ええ、そうですが」
「匂い、消してやる」
ジリッとにじり寄り、緊張した面持ちで、そうっと私に手を伸ばしてくる。
「紫苑?」
「……お前には分からなくても俺には分かるから……に、匂いを擦って取ってやる」
…………何かおかしい。
うん、まあいいか。
「………分かりました」
ベッドの端に腰掛けて背中を向けると、肩に彼の手が触れた。その手が私の肩から下りて手首を伝う。
羽根にでも触れられているのかと思うほど、そっとそっと弱く撫でられている。
「これからどうするのですか?」
「…………もう敬語はいい。俺は城を出た時点で王族の身分は無いに等しい。白霧も言った通り、俺はお尋ね者だ」
「そんな」
背中を向けているので、彼の表情は窺い知れない。でも声に悲壮感はない。
背中を撫で始めた手が、調子づいたのか感触がはっきりわかるくらいに力が加わった。
「私がいなければ、こんなことにはならなかったはずよね。ごめんなさい。番だなんて何もいいこと無いのに。貴方が身分を失ってまで得することなんて何も無い。私には何の価値も無いのに」
ついこの間まで、私はアースレンで平凡に暮らしていたはずなのに。遠いこの国に竜族の人々を混乱させる為に来たようなものだ。
「……いいんだ」
私の首を撫でて、紫苑は静かに言った。彼の指が、くすぐったくて俯く。
「ローゼ、俺は後悔していないし未練もない。城からお前を連れて去ったことは、俺にとっては間違いのない選択だった」
「え?」
言い切った彼に驚いた。
「黒苑にお前を渡すぐらいなら、俺は全てを捨て去ってもお前を」
「意地になってるの?そんなに黒苑様と仲が悪かったの?」
物の奪い合いのようで、気分が悪い。
キッ、と振り返って睨むと、紫苑は悲壮感を露に「えええ?」と嘆くように声を絞り出した。
「紫苑、子どもみたいなことを言わないの。貴方は、この国の王様になるんでしょ。ちゃんと汚名を晴らさないと」
「だが」
「父親を殺すようなヒトを王様にしてはダメ」
目を見て真剣に伝えると、撫でていた手を止めた紫苑も真剣な顔をした。
「だから私は、貴方の妨げになるなら婚約を解消してアースレンに戻ろうと思うの」
「…………う……」
口を半開きにしたと思ったら、わなわなと唇を震わせ引き結んだ彼に、もしかして泣きそうなのかなと気付いて、また背中を向けた。
悲しいのか?どんな理由で?
肩に置かれたままの彼の手に、どうしようかと思っていたら、手の力が強めに込められ肩を掴まれる。
「…………一つ、聞かせて欲しい」
「はい?」
「俺と黒苑、お前はどちらが好きなんだ?」
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