第6話俺を誤解するな

「ロ……」




 呼びかけた紫苑に気付かないふりをして、踵を返す。


「待て」と聞こえたが、無視して中庭へと下りて木々の茂る遊歩道を奥へと進む。


 あいつは追い掛けては来ない。国王様の代わりに政を担っていて忙しいはずだ。周りにいる臣下達が、逃げようとするあいつを引き摺るようにして執務室に連れ去るのを見たことがある。




「私、なんでこんなに避けてんだろ」




 逃げるのは癪だが、あいつの姿を見ると心臓が跳ねて反射的に避けようとする。何を言われるかと思うと逃げたい気持ちが勝る。




 なんてったって「足にキスしろ」から始まり、私との結婚を「小躍りするぐらい嫌だ!」とほざいた奴だ。


 顔を合わせたら、きっとまた嫌みを言われるに違いない。




「おかしいな……最初に紫苑と会って言われたことは、そんなにダメージ喰らわなかったのに」




 そうだ、私は彼に何か酷いことを言われて傷付いたら嫌だな、と思っている。


 なぜ?弱気になるなんてガラでもない。なんか悔しい。


 こんなことで結婚してやっていけるのだろうか。




「こんな所にいたのか」




 木々に囲まれた円形の小さな広場のベンチに座っていたら、黒苑様が歩いて来て、私の隣に座った。




「黒苑様も散歩ですか?」


「散歩というか、政から逃げて来たのだ」




 悪戯っぽく笑う彼に、私も釣られて笑う。


 彼だって忙しい身だが、紫苑よりは時間が取れるのだろう。双子でも生まれた順番が数分違うだけで、立場も違う。


(ちなみに竜族は妊娠3ヶ月で卵で生まれて、半年後に子がかえる)




 近くに小川があって水の音が聴こえて、私達は黙って少しの間耳を澄ませていた。




「ローゼ」




 黒苑様が膝に置いていた私の手に、ふいに自分の手を重ねてきて目を瞬く。




「黒苑様?」


「貴女は、兄上のことを愛していないのか?」


「ど、どうしたんです?いきなり」


「大事なことだ。貴女は結婚を嫌がっていると聞いた。だから……」




 笑みを消した彼が私を見ている。その顔が、とても真剣だったので私は直ぐに返事ができない。




「私は……」




 嫌いだと言いたいのに、なぜか喉が詰まったようになる。




「わから、ないです。あのヒトへの気持ち……まして愛してるかなんて、そんなこと考えたこともなくて……」




 黒苑様の視線に耐えかねて、俯いて答える。




 おかしい、私どうしたんだろう。


 紫苑の灰苑様へ向ける笑顔が、あまりにも優しかったから。


 もしかしたらと……歩み寄れるかもと淡い期待を抱いてしまったのか。




「今のままでは結婚したくないんです……私は」




 言い終わる前に肩を引き寄せられて、黒苑様の胸に抱き込まれていた。




「こ、黒苑さ、ま?!」


「ローゼ、俺が救いだそうか?」


「え?」




 耳元で吹き込まれたそれは、秘密を語るかのようにゆっくりと紡がれる。




「待っていろ」




 いつもよりも近い距離に不安を覚えて私が身を捩った時、紫苑が私を呼ぶ声が聴こえた。




「ローゼ!」


「こ、ここよ!」




 私が返事をするのと黒苑様が腕を解くのは、ほぼ同時だった。




「やっと見つけたぞ」




 焦った顔をした紫苑が広場に飛び込むようにして姿を現した時には、黒苑様は違う道へと歩いていなくなっていた。




 なんだったのだろう。何か意味ありげで不可解さが残る。




「黒苑の匂いが、お前からする。傍にいたのか」


「え」


「灰苑ほどではないが、俺でも距離が近ければわかる」




 いつの間にか距離を詰めた紫苑がスン、と私の肩に鼻を寄せて嗅いだ。


 驚いている私を、またしても睨み、彼は片手を私の肩に伸ばした。


 じわじわ……そろそろ……




「お前は、いとも簡単に他の竜の匂いを付ける」




 肩に触れる直前に止まった指先が、迷うように動いてそのまま下ろされる。触れることはなかった。




「…………番だというのに」




 何が言いたいのだろう。これは、自分以外の匂いを付けるのを咎めていると受け取っていいのだろうか。


 そういえば、紫苑は私を追い掛けて捜していたのか。忙しいだろうに。




「怒っているんですか?私が貴方のイジメから逃げているから、つまらなくて。他の竜さん達に守ってもらうようなことをしてもらっているから」


「……………は?い、いや……怒ってはいるが」


「それはそうと、紫苑も陛下を説得してくれませんか?婚約破棄の件。貴方も人生長いんだし、私なんかと一緒にいるの嫌なんでしょ?私が嫌いなんだから」




 強い口調で言うと、紫苑は目を丸くしてから、よろよろと私の前に座り込んで頭を抱えた。




「……き、嫌いじゃない」


「っ、大嫌いなんですね、わかってます。忙しいのに、わざわざ私を捜しては虐めるぐらいなんですよね?」




 頭を抱えて紫苑が低く唸っている。竜っぽくて、少し怖い。


 いつか喰われるのか、私。




「……日中は周りの奴等があれしろこれしろと煩くて、俺を執務室に監禁するし、やっと脱出してお前を捜しても、その度に灰苑が飛び掛かって遊んでと騒ぐし、夜はお前の部屋に行こうものなら侍女が総出で通せんぼして……クソ、結婚前はプラトニックな関係でいろとか、番の部屋に行くなんて理性崩壊は見えてるとか抜かしやがって!俺の戦で培った強靭な精神を甘く見るなっ」




 話し出したら気分が上がったのか、一気に捲し立て荒く息をする竜に、私は首を傾げて考え込む。




「ええっと、つまり貴方は本当に危険なヤバいストーカー的な竜ということで合ってますかね?」


「ちがああああう!!」




 紫苑が顔を上げて吠えた。竜怖い。




「お、ま、え、は!」




 もどかしいようにダンッと石畳を足で蹴り、奴は泣きそうな顔をしている。なんだ、怒りすぎて泣くのか?足ダンッは、スタンピングっていうんだよね。この前、図鑑でウサギの習性のページに書いてあったよ。あ、あれ、ウサギだった。




「お、お前は、俺を、誤解してるううう!!がるるる!」




 あ、ちょっと竜出てる。








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