第一章05 金策のためヴァンドラ侵攻
「おらぁあっ! 扉開けんかいっ!! 傭兵団のやつら匿ってたらどうなるか分かってるだろうなっ!!」
「ひぃいいいっ! いません! ここにはいませんからぁ!」
「おらぁ、だったら扉あけんかいっ!! 開けないと匿っているか確認できんやろがっ!!」
「ひいいぃいい! 開けます! 開けますから殺さないで下さい!」
住民の皆さんが、とても協力的で助かるね。
戸別訪問を受けた住民たちは、自主的に扉を開けて鬼人族の兵によるクリアリングを受け入れていく。
先陣のラトールが鉄の輪傭兵団の兵だけを攻撃してくれたおかげで、住民たちの間には、刃向かう姿勢を見せなければ、斬られずすむという認識が広がっている。
「おっけー、おっけー。協力感謝です! もう少し我慢してくれると、エルウィン家が鉄の輪傭兵団を駆逐してくれますからね」
うちの兵のクリアリングを受け入れた家主の男性の肩を軽く叩いてねぎらう。
「エルウィン家は、ヴァンドラを略奪する気ですか?」
蒼い顔をした家主の男性が、恐る恐るといった様子で、略奪の有無を聞いてくる。
まぁ、基本的にそう思うだろうな。
エルウィン家は敵対国家に属する領主なわけだし。
「いやいや、そんなことするわけありません。今回はヴァンドラ市議会議員のある人からのご依頼で街を鉄の輪傭兵団から解放しに来たのですよ。それと、エルウィン軍は市民への暴行略奪は厳禁と軍法で決まっております。している者がいたら私に言って頂ければ軍法に照らして処断いたしますので」
「は、はぁ、そ、そうなのですか……」
「ええ、とりあえず、もうしばらくドタバタしますので、家の扉をしっかりと締めて息を潜めておいてください」
「承知しました」
家主の男性は小さく頭を下げると、俺に言われた通り扉を閉めた。
「いたぞ! 鉄の輪傭兵団の連中だ! 斬れ! 斬れ!」
「嫌だぁあああ! 助けてぇえええっ!」
クリアリングを受けている家から飛び出してきた武装兵が、入り口で待ち構えていた鬼人族によって真っ二つに斬り伏せられる。
噴き出した大量の鮮血が路上を汚した。
雇い主の街を占拠するなんて、早まった真似をしなきゃ、うちに襲われることもなかったんだがな……。
優秀な指揮官を傭兵団のトップに迎えられなかった自分たちを恨むしかない。
斬り伏せられた鉄の輪傭兵団の兵に僅かの間、黙とうを捧げていると、別の建物から切迫した声が響いてきた。
「動くな! 動くと市民の命はないぞ! そこ! 動くなって言ってんだろうがっ!」
「た、助けてぇ!」
「うるせえ! クソアマ! 騒ぐな!」
若い女の首筋に剣を突き付け、人質にした傭兵が取り囲む鬼人族たちを牽制して建物から出てくる。
さすがにアレだけ厳しく住民の損害を出すなと伝えたことで、鬼人族たちも手を出せずにいた。
「動くな! 動くなって! ちょっとでも近づいてきたら、このクソアマの命はないぞ!」
「分かった! 落ち着け! 逃がしてやるから、人質は解放しろ!」
「はっ! 鬼のエルウィンも大したことねえな! あばよっ!」
「きゃっ!?」
人質の女性を蹴飛ばした傭兵は、脱兎のごとく市街地に向けて逃げ出していく。
囲んでいた鬼人族たちは、人質の女性の命を優先していた。
うむ、それでよし! これも俺の教育の賜物だな。
などと、感心していたら、背後の建物の屋上から見知った者が降ってくるのが見えた。
「どあほうがっ! 女を人質にするなど、武人のすることかっ! 死んで詫びよっ!」
屋上から飛んだブレストの大槍の刃先が、逃げ出していた傭兵の脳天から股まで切り裂いていた。
スタッと地上に降り立ったブレストは大槍についた血を振るった。
「派手ですね。屋上で待ってたんですか?」
「そんなわけあるか。屋上を捜索してたら声が聞こえたから飛び降りて成敗したまで。予想以上に質が悪い傭兵団だ」
「みたいですね。でも、おかげで斬れば斬るほどヴァンドラ市民のエルウィン家への恐怖と好感度があがってますよ」
「そうなのか?」
「ええ、そうですね。ブレスト殿はいい仕事してくれてます」
「褒めてもらえてありがたいが、頼まれていた城門までの掃除は終わったようだ」
鬼人族の迅速なクリアリングと住民たちの積極的な協力で、桟橋から市街地へ続く城門までに立ち並ぶ建物から、鉄の輪傭兵団の兵は一掃されたらしい。
「では、ラトールを追って市街地へまいりましょう。我々は市街地で鉄の輪傭兵団を排除しつつ、ヴァンドラの実質的支配者であるジームスという人物に会わねばなりません」
「おぅ! 急いでいこう! ラトールが食い散らかした連中がまた建物に入り込むと面倒だからな! 野郎ども、桟橋から城門まではマリーダに任せ、移動するぞ!」
後詰を任されているマリーダたちの兵も桟橋に帆船を係留して、上陸を果たしているのが見えた。
ヴァンドラ海軍が戻ってきたら、いつでも出られるよう、マリーダは船に残ったままのようだった。
すまんな……嫁ちゃん。後でサービスするからさ。
城門を抜けると、市街地で態勢を立て直した鉄の輪傭兵団の攻撃をラトールたち先陣が迎撃しているのが見えた。
「おっしゃーーっ!! やっと覚悟が決まったようだなっ! 刈れ! 刈り取れ! 鉄の輪の連中は徹底的に命を刈り取ってやれ!」
予想に反し、ラトールは兵の指揮に徹し続けており、慎重な進軍を心掛けていたらしい。
ヒャッハーして突っ込んで行ってるかと思ったけど。
指揮官としての自覚を見せてくれたらしい。
それと先陣をしくじって、いくさに出られなくなるのがよっぽど嫌なようだ。
「おい! ラトール! ちんたらしてるとワシらが追い抜くぞ!」
「クソ親父! もう来やがったのか! 速度上げるぞ! 進め! 進め!」
「中央の部隊は、ラトールの指揮下に入れ! ワシは一人で暴れてくる! アルベルトも頼んだぞ!」
「あっ! クソ親父! 卑怯だぞ!」
「知らんのぅ。ちんたら進むやつが悪い!」
先陣に追いついたブレストは、兵の指揮を放棄すると、大槍を構えて鉄の輪傭兵団の敵兵の中に突き進んでいった。
襲い掛かってきた傭兵たちをひと薙ぎすると、十数人の首と胴体が切り離されて地面に転がった。
「ひぃ! 鬼だ! 鬼がいる! 兵が一瞬でぇ!」
「オラオラ! ちんたらやっておったら日が暮れるぞ! いけいけぇ!」
指揮官格が最前線で斬り結ぶ鬼人族なんなのっ!
馬鹿なの! 脳味噌筋肉でもなく、溶けてなくなっちゃってるの!
脳みそヒャッハーしちゃってるの!?
兵の指揮を放棄したブレストが、敵を蹴散らして、鉄の輪傭兵団の中に綻びを作り出していく。
「ラートル、ブレスト殿を止めてくれ」
「心配無用、あの程度の雑魚に討ち取られるほどやわな鍛え方はしてねえって。アルベルトもそろそろ親父の強さを分かってきただろ?」
「分かってるが、さすがに不用心すぎる」
「大丈夫、大丈夫。あのクソ親父が討ち取られる時は万の兵に囲まれた時くらいだって」
まぁ、そんな気もするけどさ。それを息子が言うかね。
でも、あの父親にして、この子の発言ありか……。
誰か脳筋に付ける薬を知りませんか……。
大金で買わせてもらいたい。
首狩りの狂戦士のように大槍を振り回したブレストの周囲では、敵兵の首がポンポンと飛んでいく。
「この程度で武器を捨てて逃げ出すとはっ! この雑魚どもがぁあああっ! 皆殺しにしてくれるわっ!」
「だ、ダメだぁああ! 副首領が討ち取られた! も、もうダメだぁああああ!!!」
ブレストが戦っていた集団の中に、傭兵団の副首領が混じっていたようだ。
敵の指揮官が討ち取られると、攻勢は弱まり、敵兵は散り散りになってきた道を戻っていった。
「おらぁああああああああ! 戦わんかいっ! 敵に背を向けるなど、戦士の風上にもおけぬわっ! 馬鹿者どもがぁああっ!」
「ちっ、やはりあの程度の兵ではクソ親父を止められねぇ……」
「ふぅ、ブレスト殿はもう放置だな。自由にやってもらうとしましょう。ラトールはあそこの屋敷を占拠してください」
「ん? 市議会の占拠は?」
「その前に交渉相手を確保します」
「そういうことか。分かったぜ。じゃあ、そっちに兵を進めるぞ」
「掃除は綺麗によろしくお願いしますよ」
「ああ、任せろ! 敵を掃討して市議会前の大きな屋敷を占拠するぞ! 進め! 進め!」
兵たちはラトールが指定したヴァンドラ市議会で議長を務めるジームスの屋敷を目指し、真紅の鎧の軍団が移動を始めていく。
敵の傭兵団は防戦態勢もとれず、追い立てられるように市街地から蹴散らされていき、ついに俺たちはジームスの屋敷へ到達した。
その間にも、脳筋族たちは力技で、こちらの予想以上の戦果をあげていた。
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