第七章05 いくさの作法


 既に勝敗は決し、このいくさの責任者であるステファンからの指示は『追撃するな』であった。


 総大将の指示に背けば、魔王陛下の心証を悪くするので、脳筋どもに首輪を着け、捕虜と放棄物資の回収を命じる伝令を出す。


 もちろん、俺たちもより戦場に近い場所に移動することにした。


 ここで、この世界の戦闘の後処理について解説しよう。


 ・死人と捕虜の選別

 ・死人の火葬

 ・鹵獲した物資の回収

 ・捕虜たちから技術者および奴隷の選別

 ・領主クラスの捕虜から身代金請求

 ・首実検


 って具合に進んでいく。


 武器を捨て、抵抗をやめた者は捕虜、瀕死の重傷の者は楽にしてやり、戦意を見せる者を囲んで討ち取る。


 その間も敵が放棄した食糧、馬、武具なども同時に拾い集め、荷馬車に捕虜とともに積んでいく。


 集めた放棄物資や捕虜は大事なうちの収入源になる。


 それらを狙って、人買いや故買屋がそろそろ集まってくるはずだ。


 戦場の掃除が終わると、周囲には死者を火葬している煙がたなびいている。


 話が前後するが、『首実検』とは、今回の戦の総大将のステファンに、戦場で討ち取った敵方の首の身元を判定してもらい、論功行賞の重要な判定材料とするために行われる作業だ。


 本当に申告した本人の戦功かの確認をする場でもある。敵方の首の確認は、捕虜や寝返った者が確認する。


 生首を並べて『このクサレ○○野郎はオレが、必殺の一撃で首を飛ばしてやったぜ。ヒャッハー!』とかの報告会だと思って欲しい。


 ちなみにマリーダが領主クラス六つ、農民兵指揮官クラス九つを挙げ、ブレストも領主クラス五つ、農民兵指揮官クラス九つ挙げ、ラトールも領主クラス三つと農民兵指揮官クラス五つ挙げた。


 お前ら、頑張りすぎ。というかエルウィン家だけ、やたらと首を挙げすぎだって。


 確かに指揮官クラスを狙うのは凄まじく効率的だが、ステファンや他の領主の武功を立たせないと妬まれるぞ。


 いくさが終わったら、ステファンと今回参加した領主たちに、お礼の貢物を送っておかないと。


『先日のいくさでは、うちのアレがご迷惑おかけして申し訳ありませんね』って書状も添えておくか。


 隣近所とのお付き合いは大切だ。


 攻め込まれた時に助けてくれるか、刃を向けられるかは、日頃のお付き合いの仕方だからな。


 脳筋一族のエルウィン家は、今まで一切そういった近隣貴族との付き合いをしていない。


 お付き合いがあるのは、魔王陛下とマリーダの姉の嫁ぎ先の義兄ステファンの家だけだ。


 脳筋で何をするか分からないエルウィン家とは、関わり合いになりたくないと思っている貴族家は多い。


 俺が別の貴族家に仕えてたら、絶対にお付き合いしたくない家ナンバーワンに推している。


 マリーダたちは、その『首実検』に参加するため、ステファンの陣へ行っていた。


 戦場処理が終わりがけになると、集まってきた人買いと故買屋たちが、戦場のど真ん中で市を開いている場所に、捕虜や放棄物資を満載した荷馬車を持ち込んだ。


 人買いは捕虜を奴隷として買い取ってくれるし、故買屋は剥ぎ取った中古の武具や馬などを買い取ってくれる。


「あ、そこの君。捕虜は丁寧に扱いなさいね。大事な商品だから。領主一族の捕虜もね。城に連れ帰って身代金交渉するんで大事に、大事にね。顔はダメだぞ。身体にしとけ」


 荷馬車から下ろした捕虜たちを、人買いに売る前、技術を持つ鍛冶師や大工がいるか申告させる。


 技術を持つ捕虜は大事な資源だから、領内に連れ帰る予定だ。


 まぁ、奴隷になるのは変わりないが、重労働させられないだけマシである。


 技術者の自己申告が終わると、残った捕虜から人買いに値段を付けさせていく。


 若く丈夫なのが1人で帝国金貨90枚。


 帝国金貨1枚=1万円くらいの価値なので、だいたい90万円だ。


 これは人買いに売る値段なんで、奴隷を買う人はもっと払ってますよ。


 奴隷を買うと、だいたい倍の180万円くらいだ。


 けど、この金は奴隷として売られる者には、一切金銭は支払われない。


 あとは年齢に応じて減っていく感じ。


 あまり若すぎるのもダメだし、年寄りすぎるのもダメ。


 売られていく先は鉱山、船の漕ぎ手、農村の農奴が大半だ。


 今回は技術を持っていなかった農民兵の捕虜50名を売り捌いた。


 常時、戦争状態のエランシア帝国では、働き手の需要は高いから、飛ぶように売れた。


 奴隷の売上は4500万円くらい。


 武具に関してエルウィン家の連中は非常にうるさく、農民兵に貸し出すものの品質まで、こだわっている武器マニアどもだった。


 武器マニアのお眼鏡に叶わなかった中古武具や鹵獲物資を売却し、3000万円ほどの利益が出た。


 やっぱ、中古品は人気がない。


 貧乏領主が農民兵を武装させるために、故買屋から買い入れることが多いそうだ。


 奴隷と中古武具の売却で7500万円の売り上げだ。


 ぼろ儲けだって?


 いや、家臣たちの俸給、武功に対する褒賞、出兵費用、損失物品の補充を考えると、もうちょっと稼ぎたい。


 首実検や鹵獲物資や奴隷の販売が終わり、総大将のステファンから帰還命令が出て城に帰ると、捕らえた指揮官クラスの捕虜たちから、身代金のカツアゲを開始する。


 身代金交渉をするのは、主に領主やその一族、それと農兵の指揮官をしてた村長の一族といった経済力を持つ人物に限られる。


 身代金交渉は手間がかかるので、ある程度の経済力を持つ者以外は費用対効果が薄いからだ。


 今回は早々に戦線が崩壊し、数名の捕虜を得られた。


 領主1人、領主の一族3人、農兵指揮官の村長が3人の7名だ。


 本来なら、この交渉は当主の仕事だが、『妾はいくさで使った武具の手入れで忙しいので、アルベルトに任せる』と言われた。


「アルベルト様、身代金交渉の準備が終わりましたので、面談をよろしくお願いします」


 城に戻って政務をしていた俺に、身代金交渉の準備が用意できたことをリシェールが告げた。


「分かった。すぐに行く」


 用意された軟禁用の屋敷に入ると、身代金を支払えると判断した指揮官クラスの捕虜が、縛られて並んでいる。


「さて、皆さんには、これからご自身でお支払いできる金額を1人ずつ申告してもらいます。私の想定する値段と折り合えば、それなりの待遇をお約束します。折り合わない場合は――首だけになってもらい、我が家の武功の足しにさせてもらいます。よろしいですね」


 並んだ捕虜たちは、無言で頷いた。


 捕らえた捕虜たちと一対一で、いくら工面できるか聞き取りを開始する。


 最初に自己申告で、自分の命の値段を自分で付けさせる。


 払えない場合は死が待っているので、捕虜たちは領地にある資産ギリギリまで出す者もいた。


 身代金は相手の国の貨幣ではなく、貴金属の地金で要求するし、鹵獲した財貨は大半を鋳つぶして地金にした。


 だが、中には貧乏領主で金が出せない者も当然いる。


 今回は折り合わなかった1人を除き、全員が身代金額の合意に達した。


 額に合意したことで、彼らは身代金を支払うまでは我が家の客人となる。


 縄も解くし、軟禁用の屋敷の中なら行動も自由だ。領地に送った使者がきちんと身代金を持ってこれば、お勤めは終了となり、無事に領地に帰れるのだ。


 ただし、金を持った使者が来る前に逃げれば、問答無用で斬り捨てられる。


 相手もそれを理解しているため、無駄に脱走を考えたりしない。


 カツアゲに成功した身代金は、総額で3億5000万円也。


 普通の捕虜売買や中古武具売却で稼いだ金と合わせると、4億2500万円の金が手に入ったことになる。


 エルウィン家としては、大きな黒字を出したいくさになった。


 身代金を支払う合意をして、我が家の客人になった捕虜の方々は、早々に縄を解かれ部屋を与えられた。

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