第一四〇話 薬と毒は表裏一体

 帝国歴二六五年 青玉月(九月)


 フェルクトール王国軍とのソドルオニーア平原大会戦は、エランシア帝国側の大勝利で終わった。


 フェルクトール王国軍3万のうち、無事に自国までたどり着いた者9000名。


 対するエランシア帝国側も5000名ほどの死傷者を出したが、ほとんどがワレスバーン家とヒックス家の兵。


 エルウィン家の損害は死者5名、重傷者25名、軽傷者70名だ。


 無傷とはいかなかったが、挙げた戦果からすれば、損害微弱と言えるだろう。


 領主級15個、騎士級40個、農兵指揮官級100個と首を狩りまくった。


 大敗したフェルクトール王国軍にも、『エルウィンの鬼』の強さは知れ渡っただろうと思われる。


 実際、やべー戦果だしな。


 褒賞が楽しみである。


 新しい領地の加増こないかなぁー。


 それにデニスよるファルブラウ家の乗っ取りは、成功したようだしね。


 当主レックスは引退し、家督をデニスに譲り、家臣の家から側室をもらうことでオリアーヌとの婚姻を認められた。


 これで東部守護のショタボーイ、南東部の辺境伯の義兄殿、その二つに隣接する大公家ファルブラウ家の当主とも強い繋がりが持て、エランシア帝国の東と南は親魔王陛下派で固まった。


 んで、デニスがファルブラウ家を乗っ取ったことで、身分が宙に浮いちゃったフロリング君は、我が家の客人としてワレスバーンの令嬢ごと引き取っている。


 今日はそのフロリング君を応接間に呼び出していた。


「アルベルト殿、わたしを呼んだ理由はなんですか?」


 警戒心をあらわにしたフロリングは、こちらがソファを勧めたのに座る気配を見せない。


 目の覚めるような綺麗な青い鱗を纏ったリザードマンの男が、ファルブラウ家の傍流であるフロリング君だ。


 噂ではワレスバーン家の婚約者にぞっこんらしい。


 デニスといい、このフロリングといい、龍鱗族は意外と他種族の女性に弱いのだろうかと思ってしまう。


 ワレスバーン家の令嬢はリアンダといい、ドーレスの直系の子ではないが、妹の娘を養女としてファルブラウ家に送りこんだそうだ。


 熊耳をした可愛らしい小柄な女性である。歳はフロリングと同じく20歳だと聞いている。


 家の事情で色々と翻弄され、今は我が家の客人となっている可哀想な子なのだ。


 そういった事情もあり、フロリングとしても彼女をとても慈しんでいると漏れ聞こえてきている。


 ふむ、純愛やねぇ……。


 このままプラトニックな関係を続けられると、二人に子が生まれない気がするので、お節介焼きな俺はあるものを準備してあげた。


「いや、お二人が幸せな結婚生活を送れるようにと、祝いの品を用意したのですよ。ですから、そのように警戒されずともよろしいかと思います。ささ、ソファに腰をかけてください」


 俺が再びソファを勧めると、フロリングは渋々腰を下ろした。


「ファルブラウ家に、居場所がなくなったわたしに屋敷を与えてくれたアルベルト殿には感謝をしておりますが。祝いの品を頂くいわれは――」


「いやいや、そのようなことを言われずに。子宝に恵まれる品ですので。おーい、例のモノ持って来てくれ!」


 手を叩くと、奥に控えているリュミナスとリシェールを呼んだ。


 リュミナスとリシェールが、応接間のテーブルに液体の入ったガラスの小瓶を置いていった。


「これは?」


「私が懇意にしている山の民たちが、若い夫婦に贈る薬でして。私も恩恵に預かっている薬ですよ」


 液体の正体を明かさなかったため、フロリングは不信そうな目をこちらに向けた。


 毒かと疑っているようすだけども、毒じゃないんだよなぁ。


 媚薬というか、精力剤というか、興奮剤というか。


 まぁ、エッチが楽しくなる薬とでも言えばいいんだろうか。


 ワリドから初めてもらって服用した日の夜は、どえらいことになってしまったが、適度に摂取すれば夜の性活が充実する品だ。


 フロリングとリアンダの間に、早いところ子が欲しいので、このお薬を渡しておきたい。


「毒ではありません。ほらね」


 小さなガラスの杯に適量の液体を注ぎ、自分で飲んでみせる。


 いつも夜のお勤め前に服用してる薬であるため、慣れた味であった。


「滋養強壮、精力増進、眠気も飛んで、頭もハッキリするといった薬ですよ」


「それをわたしに渡す意味は?」


「リアンダ殿にフロリング殿の子を生んでもらいたいとだけ」


 こちらの言葉を聞いたフロリングは、意味が分からないのか首をひねった。


「実は、お二人の間に生まれた子をぜひワレスバーン家の当主に推したいと思っておりましてね。ほら、最近ドーレス殿の失態であそこの家中は揺れておりますから」


 重臣に敗戦の責任を押し付けたうえ、領地も削減されたワレスバーン家は、派閥内で色々と紛糾していると聞いている。


 いくさで死んで当主が出たところからは、ドーレスの責任を問う声もチラホラ出てるそうだ。


 そんな話をフロリングにも入るようにしていた。


「リアンダの子をワレスバーン家の当主にですか?」


「ええ、そうなれば貴方は四皇家ワレスバーン家の当主の父となりましょう。ファルブラウ家に席がなくなった貴方には、新たにワレスバーン家の当主の外戚として大貴族の地位が用意されると思いますが、違いますか?」


「それをアルベルト殿が望んでいると?」


「いえいえ、私如きが四皇家の後継をどうこう言えませんよ。この話は、魔王陛下からもせっつかれてる案件でして」


「魔王陛下が……」


「ええ、魔王陛下には、フロリング殿の頑張りしだいですと返答しておきましたが」


 フロリングの視線が、テーブルの上のガラスの小瓶に注がれた。


 子が生まれれば、貴族の地位に復帰できる可能性があると察したのだろう。


 現在のワレスバーン家の状況と、魔王陛下からの指示となれば、俺が口にしたことが行われる可能性はゼロではない。


「子ができたら、魔王陛下は動いてくれると思いますか?」


「ワレスバーン家の掌握をフロリング殿が手伝ってくれるなら、魔王陛下は喜んで動いてくれるでしょうし、私も支援をさせてもらいますよ。お互い仲良くやりたいですからね」


 ゴクリとフロリングの喉が鳴る。


 今、猛烈に色々と計算をしている最中だろう。


「で、どうします? これ、お持ち帰りしますか? 私はこれで3人子供ができてますよ」


 フロリングの目が一瞬だけ、こちらに注がれたが、一瞬だけですぐにガラスの小瓶に集中した。


 無言の時がしばらくながれたが、フロリングは意を決したように、ガラスの小瓶に手を伸ばす。


「アルベルト殿よりの贈り物、感謝いたす!」


「足りなくなればすぐに言ってください。山の民から取り寄せますので」


 俺はニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。


「分かりました。なくなったらすぐに連絡を差し上げますので、すぐに用意をしてください。では、ごめん」


 ガラスの小瓶を懐にしまい込んだフロリングは、そのまま応接間を出ていった。


「ふぅ、これで子作りに励んでくれるな」


「アルベルト様も悪い人ですね。適正な摂取量を教えてないじゃないですかー」


「アルベルト様がさきほど飲まれた量が、一日の目安分ですが。フロリング様は守れますでしょうか」


 リュミナスもリシェールもフロリングの出ていった先を心配そうに見つめている。


 フロリングが自制すれば、あの小瓶は薬になるけど、欲に目がくらめば毒となって命を縮めることになる品物だ。


 魔王陛下が欲しいのは、ワレスバーン家の当主に付ける血筋を持った子だけだしね。


 傍流とはいえ大公家の血を持った父親は、ちょっと面倒な存在になりそうだと魔王陛下も思ってるだろうし。


「神様だけ結果を知ってると思うよ。私は、彼に選択肢を示しただけ」


 フロリングがこれから辿る道は、できればよい道であってほしいが、どうなるかは俺の手を離れた。


 最近ずっと謀略のほの暗い場所にドップリと浸かってるから、そろそろ命の洗濯もしたいところだ。


 大謀略を完遂したことで、しばらくは周辺国も大人しくなってくれるといいな。


「さて、溜まってるお仕事片付けようかな。イレーナの眉間の皺も深くなりそうだし」


「ですけど、それを処理しなくても大丈夫ですか?」


「業務に支障がありそうですね。リシェール様」


 先ほど飲んだ薬が効いたようで、滾ってきた物が仕事をするのを拒否してくる。


「たしかにこれは処理した方がいいかもしれん。悪いが頼まれてくれるかい?」


「承知しました。どうせなら、イレーナさんも呼びましょう。肉体交渉術で多少のお目こぼしを頂けると思いますよ」


「なるほど、妙案だ」


 俺はリシェールの提案を受け入れ、イレーナを呼びつけると、三人を相手に滾るものを吐き出すことにした。


 数日後、フロリングに与えた屋敷から昼夜問わず、男女の営みに励む声が漏れ聞こえてくるようになったとの報告を受けた。


 相手のリアンダもわりと好き者だったようで、夫婦仲良く子作りに励んでくれている。


 子ができるかも、フロリングが腹上死するかも、運しだいってところ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る