第一三六話 休息のひととき

 ヴァラズの荒地でフェルクトール王国軍への奇襲に成功したマリーダたちと合流し、一昼夜駆け通した俺たちはエランシア帝国のドメトル領に逃げ込むことに成功していた。


 事前に密偵たちを入れ、ドメトル領内に秘密裏に整備させておいた休憩地点で、これまでの逃避行の疲れを癒しながら軍議を開いていた。


「報告では奇襲を受けたフェルクトール王国軍の損害は3000程度、その後、来援した残りの軍と合流し、2万7000まで兵を増やし、我らを捕捉するべく、国境に向け進軍しているそうです」


「挑発してやったら、ホイホイついてきたのぅ。赤熊髭にくれてやるのは惜しいが、今回は譲ってやるか」


「我が軍の損害はどれくらいだったのだ。バカ息子の指揮で大事な兵が死んでは困るからの」


「エルウィン家の損害は、軽傷者20名、重傷者10名、死者3名となりました。想定内の被害に収まっています」


「鬼人族として、オレも無様ないくさはできないからな」


 亡くなった者や重傷の者も連れて撤退できたのは、ラトールが指揮に専念してくれたおかげもある。


「多少マシな指揮をするようになったではないか。まだ、ワシにはかなわんがな」


 ブレストも息子の成長を喜んでいるらしい。


「それで、敵はどこまで来ているのだ? もう一戦くらいするんだろ?」


「敵はようやくヴァラズの荒地で再編成を終え、動き出したくらいらしいです。向こうの行軍速度なら、先遣隊到着まで半日ほどの休養の猶予があるはず。死者と重傷の者は、私の手の者によって、すでに後送を済ませまたところ。このドメトル領に敵の先遣隊が現れたら一戦して、さらに敵を引き付け、ソドルオニーア平原に集結中のワレスバーン・ヒックス連合軍にぶつけます」


「こちらの奇襲が、赤熊髭の方に伝わってはいないのですか?」


「はい、赤熊髭殿はまだ我らが陸路を突き進んでいると思っている様子と、ブモワ殿からの連絡が入っております」


 奇襲からの徹夜の行軍をこなしたはずのマリーダたちは、疲れた顔を一切見せず、いきいきとした顔をして俺の報告を聞いている。


 馬車で移動しただけの俺の方が疲れてるって、どういうことだろうか。


 脳筋たちの体力、半端ねぇ。


「あのキモ豚殿も役に立つのぅ」


「ブモワ殿もワレスバーン家側に参陣されておりますので、間違ってもぶった斬ってはいけませんぞ」


「手が滑ったら済まぬ」


「……手が滑ったなら仕方ありませんなぁ」


 ブモワはこのいくさが終われば、ワレスバーン派閥と決裂するつもりだと漏らしている。


 とはいえ、魔王陛下のシュゲモリー派閥に帰って来られても扱いが面倒なので、いくさのどさくさに紛れて、首は落としておいた方がいいと思われた。


 マリーダは、俺の返答の意図を察したようで、ニタリと笑う。


「キモ豚殿と出会ってしまったら、タダでは済まぬと先に謝っておくのじゃ」


「私はブモワ殿が戦場でマリーダ様に出会わぬことは祈っておきます」


 俺も悪い笑みを浮かべた。


「アルベルトがまた何やら悪巧みしておるが、ワシらは敵の先遣隊が現れるまでは休憩を続けるということでよいな?」


「ええ、皆様にはまだまだ働いてもらいますので、交代で休憩をお取りください」


「カルアたん、妾はこれより食事を取る。ここで、膝枕せよ。ほれ、ここに来い」


 マリーダが地面に寝そべると、カルアを手招きした。


「マリーダ様の身の回りの世話はあたしのお仕事だと思いましたが、違いましたでしょうか?」


 地面に寝そべったマリーダに、膝枕を提供したのはリシェールだった。


「妾はカルアたんがいいのじゃ!」


「ダメですよ。ほら、あたしがちゃんとお食事を食べさせますので。ほら、アーンしてください。熱々のスープですよ!」


「あちいいいいのじゃ! なぜじゃ! なぜ、このような仕打ちを専属メイド長から受けるのじゃ! 妾はカルアたんに交代を要求する!」


「あら、熱々のスープはお気に召しませんか? じゃあ、こちらをお召し上がりください。元気が出ますよ」


 リシェールは、真っ赤な物体をマリーダの口の中に放り込んだ。


「のぉおおおおおおおおおっんっ! から、から、辛いのじゃああっ! 水! 水をくれなのじゃ! 死んでしまう!」


「そんなに慌てなくても」


 リシェールが差し出した水を飲んだマリーダが、身体を震わせて悶絶した。


 あれ、水飲むともっと辛くなる丸薬だってワリドが持ってきたやつだよな。


 三日三晩徹夜が余裕でできるほど元気が出るけど、悶絶するくらい辛いやつだったはず。


 リシェールが、マリーダに飲ませた丸薬を自らが試した時のことを思い出していた。


 今の食事はどう見ても、罰ゲームのような食事なんだよなぁ……。


 辛さで悶絶し、動けなくなったマリーダを見て、心の中で同情をした。


「山の民特製の丸薬が欲しい方はいらっしゃいますか? まだまだ余っておりますのでご入用の方はお申しつけください」


 リシェールがニコリとそう言うと、全員がにこやかに首を横に振った。


 そのまま、軍議を終え解散すると、皆がそれぞれに休憩に入る。


 エルウィン家の家臣たちも、密偵たちが用意した食事で腹ごしらえを終え、すでに交代で歩哨を立てて、休息のため寝息を立てている。


 もちろん、深い眠りではなく、敵の気配を感じれば即座に起きられるように浅い眠りであった。


 俺も移動だけであったが、さすがにあまり寝ていなかったため、眠気を取るため地面に寝転がることにした。



「アルベルト様、先導役として出迎えに出た赤熊髭派閥のドメトル領主軍を、フェルクトール王国軍の先遣隊が撃破しました。相当怒ってるみたいですよ」


 揺り動かされて目を覚ますと、リシェールからフェルクトール王国軍の先遣隊の発見報告を受けた。


 周囲はすでに日が暮れ始めており、半日以上経過している様子だった。


「来たか」


「はい、騎兵を中心に編成した足の速い部隊で、2000名ほどが確認されております。盛んにうちの足取りを探ってるみたいです」


 敵の機動力の高い部隊は、最終的な決戦の前にできるだけ叩いておきたい。


 そして、先遣隊を潰せば、本隊はさらに激昂してエランシア帝国軍を襲ってくるはず。


「ありがたいことだな。こっちの準備は?」


「すでにマリーダ様たちが始めておられ、もうすぐ完了いたします」


 周囲を見れば、休憩していた家臣たちはすでに起床し、いくさの支度をほとんど終えていた。


「私が一番の寝坊をしたということか」


「重大な危機は起きておりませんでしたので、アルベルト様の睡眠を優先いたしました」


 この数日、船で移動したり、馬車での移動が続き、まともに寝れていなかった。


 リシェールは、そんな俺の状況を見てて寝かせてくれたのであろう。


 しっかりと睡眠が取れ、靄がかかったようだった頭がスッキリとした。


「おかげで頭の巡りは絶好調に戻ったよ」


「アルベルト、そろそろ敵先遣隊を倒すため出立するがよいか?」


 騎乗したマリーダが出陣を促してくる。


「引き続き、ラトールには兵500の指揮を取らせてください。マリーダ様たちは敵指揮官を優先的に倒すようお願いします。敵軍が崩壊したら、第二合流地点へ急行してください。今回は合図を送りませんので、引き際の判断はよろしくお願いします!」


「分かったのじゃ! ラトール、指揮を頼む! 叔父上、カルアたん、バルトラートは指揮官を倒すのを優先!」


「「「「承知」」」」


「では、狩ってまいるのじゃ! 出陣!」


「「「「おぉ!」」」」


 マリーダを先頭に、休養を終えた脳筋たちが敵フェルクトール王国軍の先遣隊を潰しに出陣していく。


「リシェール、私たちも次の場所へ移動を開始しよう」


「承知しました」


 俺はマリーダたちを見送ると、残った軽傷者と予備兵たちを連れ、次の合流地点であるソドルオニーア平原近郊の廃村を目指し移動を始めた。

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