第一一八話 報告したら、新たなミッションを授けられてしまった


 帝国歴二六四年 黄玉月(一一月)


 アレクサ王国でのいくさを終わらせ、ゴランにハマトツェル領の城を引き渡し、アシュレイ城に帰還すると、その足でマリーダを伴い密かに魔王陛下のところに来ていた。


「ロアレス帝国の黒虎将軍に軍師がいたか……」


「ええ、黒虎将軍フィーリアスは武勇に優れる者かと思いましたが、噂されている神がかった軍略を見せるような人物には見えませんでした」


「黒虎将軍の残した戦歴は、夫人のレナが全てを企図していたと?」


「たぶん、そのように私は思いました。もちろん、黒虎将軍の個人的武勇によるものもあると思いますが」


 海賊国家ロアレス帝国の最精鋭と言われる黒虎兵たちを率いた黒虎将軍は、常勝不敗と言われている。


 戦えば必ず勝ち、知勇兼備の将軍だという噂が流れてきていた。


 だが、アレクサで見た実物の黒虎将軍フィーリアスは、どう見てもマリーダと同類の脳筋戦士である可能性が高いとしか思えない。


 噂に聞こえてきてる知勇兼備の知の部分は、軍師を自認したレナが企図していたのだろう。


 裸一貫で始めて、数年でロアレス帝国の大身貴族まで成り上がった彼女の才覚は、かなりのものだと思わざるえない。


「いずれにしても、ロアレス帝国にアルベルトのような知恵者が存在しているとなると、その動向には気を付けねばならんな」


「はい、今のところ直接の交戦はありませんが、彼の国は周辺の島しょ国家を制圧し、近頃は大陸への領土拡大に積極的です。我が国といずれ争うことになるかと」


「アレクサ王国が分裂し、ゴンドトルーネ連合機構国に大勝し、しばらくは内政に専念できると思っていたがきな臭さが増してきた」


 南が安定し、東のノット家も持ち直して内部立て直しの時期だと見ていた魔王陛下も、ロアレス帝国とのいくさは回避したいと思える。


「きな臭いと言えば、黒虎将軍の軍師が奇妙な話を私にしていきました」


「奇妙な話とは?」


「『四大公家』に気を付けろとだけ言い残して、彼らは去っていきました」


 『四大公家』と聞いて、魔王陛下も顔色を変える。


 エランシア帝国が抱える最大の弱点を魔王陛下も認識していたようだ。


 皇帝解任権。


 選挙で選ばれた皇帝を唯一解任できる権限を付与されたのが、初代皇帝に仕え功績を挙げた『四大公家』の当主たち。


 リアット家、ファルブラヴ家、ルーセット家、アマラ家。


 半独立国家の扱いを受ける広大な領地を持ち、多くの家臣を抱えた大公家。


 皇帝就任と解任に対し、絶大な権限を持つため、皇帝や四皇家当主も粗雑には扱えない存在だ。


「敵は皇帝たる余の権力基盤を脅かす策謀を練っていると?」


「分かりませぬ。ですが、現状のエランシア帝国では有能なる皇帝を葬るには、大公家を篭絡した方が効率的だと。私が敵国の軍師だとすれば、真っ先に切り崩しにかかっております」


「だが、長い歴史の中、解任権が使われたのは、一度だけだ。抜かずの宝刀と言われた制度だぞ」


「前例があればこそ、抜かれないという保証はありませぬ」


 魔王陛下の顔が曇る。


 これまでわりと強引に色々な慣例を無視して、独自政策を進めてきているため、四大公家の当主たちとぶつかることもあったと聞いていた。


 今は結果が伴っているため、魔王陛下解任という動きにはならないが、何かしらの失態を引き起こせば、解任に動く可能性もゼロではない。


「国の力を減ずる四皇四大公制など、早く潰すべきだな……。が、強行すれば、余の首が飛ぶか」


 冷静沈着なパワハラ魔王陛下も、敵国の軍師が狙う策謀の意図を察して、厳しい表情を浮かべていた。


 俺としても直接の上司にはなって欲しくないが、庇護を受ける国家の主としての魔王陛下の力量は評価してる。


 彼が皇帝として万事卒なくエランシア帝国をまとめているから、エルウィン家も身代を大きくできたし、これからも大きくできるはずだからだ。


 だからこそ、謀略によって解任されるのだけは避けないといけない。


「大公家には早急な手当が必要かと」


「よかろう。そちらは余が手を打つ」


 たぶん、魔王陛下が現状で四大公家に対し打てる最速の手は、嫁取りしかない。


 独身の魔王陛下も、そろそろ嫁取りしろとうるさく言われている。


 ただ、夢魔族である魔王陛下はインキュバス、嫁が同族のサキュバスじゃ子ができないらしい。


 だから、シュゲモリー家に連なる夢魔一族男子の嫁取りは、派閥内の外部種族って暗黙の了解がある。


 今回に限りその暗黙の了解を破り、大公家からの嫁取りを軸にして、派閥内を調整していくつもりかもしれない。


 派閥から不満は出るかもしれないが、皇帝解任よりはマシだと思うので、何とか話をまとめていくと思う。


 二大公家が自分の味方であれば、解任されることもないしね。


 シュゲモリー家と仲がいい、マーマンとかマーメイドとか言われる半魚族のルーセット家から、嫁取りって線が濃厚な気がする。


 あと一つの大公家は、何かしらの謀略をもって自分の手元に囲うだろうけど。


 有能なる魔王陛下になら、四大公家対策を任せておいても問題ないと思われた。


「魔王陛下あってのエルウィン家ですので」


「ふむ、では忠勤に励んでくれるエルウィン家には、こちらを担当してもらうとするか」


 魔王陛下が厳しい表情を緩め、ニヤリと笑うとこちらへ一通の書状を差し出した。


「読んでみよ」


 促されるまま、書状を広げ、中身に目を走らせる。


 えっと、バスフェミ家のブモワが、ドーレスの歓心を買おうと色々と焦って動いているらしいか。


 うちのワリドに脅されてから、エルウィン家に対しては大人しくなったが、シュゲモリー派閥の厚遇問題に関して色々と動き続けてるようだ。


「ブモワはもともとシュゲモリー派閥におったが、マリーダの件で色々とあってな。居づらくなって、ドーレスのもとに走ったのだが、どうも上手く行ってないようだ」


 そっちでも結果が出せずに、ドーレスから叱責を受けてるって感じか。


「余としてもマリーダの件で、あやつには申し訳ないことをしたと反省しておる。できれば、元通りの関係を取り戻したいのだが――」


 ニヤニヤと笑っている魔王陛下の言葉に騙されてはいけない。


 つまり、シュゲモリー派閥への帰参を餌にして、ワレスバーン派閥の内情を知るブモワを吊り上げろということだろう。


「マリーダ様が当主を務める我が家にそれを任せますか?」


 ぶっちゃけ、ブモワにしてみればマリーダのせいで人生を狂わされている。


 普通に考えれば、絶対にあり得ない人選だった。


「余はマリーダではなく、帝国騎士爵を持つアルベルトに命じておるつもりだが?」


 直接依頼だった!? まぁ、爵位もらった時から、こういったお仕事が依頼されるかなとは思ってたけど! 

 

「お断りは――」


「余は忠勤に励む家臣には報いるが、励まぬ者まで報いるほど心は広くない」


 デスヨネー。


 お仕事ガンバルカナー。


 またまた高難度ミッションになりそうな無茶ぶりを放り込まれ、魂が抜けだしそうな俺だった。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、魔王陛下はニコニコとした顔でさらに話しかけてくる。


「そうそう、そう言えば、この前与えたラルブデリン領に新たに温浴施設を作ったそうではないか。マリーダが余にも来るようにと書状を寄越してな。興味があるので貴族たちを連れお忍びの視察しようかと思っておる。随行貴族の中にブモワは入れておくぞ」


 魔王陛下の言葉で、ブモワを篭絡する策が閃いた。


 蛇身族の子たちに性欲の強いブモワを篭絡するよう頑張ってもらうか。


 あの施設をブモワが気に入れば、シュゲモリー派閥復帰という餌以外に温浴施設利用特別枠という追加の餌を与えてもいい。


 蛇身族で篭絡できないようであれば、皇帝のお忍び視察に随行したことをドーレスにバラすという手も取れる。


 ブモワもドーレス派閥に属しているとはいえ、皇帝直々のお声がけを無視できるほどの男ではないしな。


 断れば不敬を理由に処罰されても文句が言えず、随行すれば陥穽に落ち、内通者になる未来しかない。


「魔王陛下にお越し頂けるとなれば、温浴施設の格も上がるというもの。お越しの際は、私もマリーダ様も現地で応対させてもらいます」


「うむ、期待しておるぞ」


「ようやっと難しい話は終わったようじゃのぅ。兄様、蛇身族の接待は格別なのじゃ。きっと兄様も気に入ると思う」


 魔王陛下の私室を自宅の如く、勝手に荒らしまわって、菓子やら酒を見つけては飲み食いしていたマリーダが、自分にも分かる話になって近寄ってきた。


「マリーダ様、魔王陛下の私室とはいえ礼儀を欠かしてはならぬと――」


「面倒なのじゃ、兄様が許しておるからよいじゃろ」


「よい、鬼人族とマリーダに礼儀を求めるほど、余も無粋ではないからな」


 魔王陛下も何かにつけてマリーダと鬼人族に甘い。


 『鬼人族には自由にさせろ』がシュゲモリー家の伝統らしいが、それに輪をかけて甘いのだ。


 おかげで不敬罪で連座させられることもないけどさ。


 魔王陛下が皇帝の地位から追放されたら、それこそうちは即座にお取り潰しされる理由を提供してしまう。


 そうならないためにも、色んな危険な芽を摘む作業に勤しむしかないか。


「余も蛇身族には会ったことがないが、マリーダがそこまで言うのであればすごいのであろう」


「この世の極楽なのじゃ。蛇身族は保護するべき重要な種族じゃと兄様も感じるはず」


「ほぅ、それは楽しみ」


 まぁ、魔王陛下がハマりすぎて政務をおろそかにされても困るので、ほどほどにしておくように言っておくけどね。


 近々嫁取りするであろう魔王陛下に、悪い遊びを勧めないようマリーダにはあとで釘を刺しておかないと。


 俺たちは魔王陛下の私室を辞去すると、一度アシュレイ城に戻ることにした。

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