第一〇九話 屋敷の調査は命がけ



 どうしてこうなった!


 俺たちは怪死事件が頻発していたラルブデリン領の領主の館を捜索していたはずなのにっ!


 閉鎖されていた館に顔と肌の露出を極限まで抑えた護衛兵とともに入って、内部を捜索しつつ、各部屋の窓や扉を開け、淀んだ空気を入れ替えていたはずなのに。


 いつの間にか、マリーダとははぐれ、リシェールも声が聞こえなくなり、ワリドの姿まで見えなくなった。


「ア、アルベルト様。そばから離れませんようにっ! 何者かがこの閉鎖されていたはずの屋敷にいる様子」


「あ、ああ。何かいるな」


「やめてよ。あのマリーダ姉さんを簡単に掴まえられる生物がいるなんて考えたくもない」


 護衛兵を指揮するミラー君もクラリスも顔を蒼白にして、周囲を警戒していた。


 未確認生物がいるなんてマリーダを釣るための冗談だったのに、マジでいるとか勘弁してくれっ!


 屋敷の中は薄暗いし、相手の姿は見えないし、マジでホラー案件じゃん!


「う、うわぁあああっ! 来るなっ! 来るなぁ!」


 部屋の奥の通路を守っていた護衛の鬼人族が、何者かによって通路の奥に引き込まれ姿を消した。


「無駄だ! 追うな! 今はアルベルト様の命を守るのが先決! 脱出路を探せ」


「こっちはあいつらの気配がしませんっ!」


 地下に続く道を発見した護衛の兵の手招きを見て、俺たちは一斉にそちらへ駆けた。


「はぁはぁ、ここは食糧貯蔵庫か……。腐った匂いがするな」


「前の屋敷の主人が急死して、食材がそのまま放置されたようですな」


「行き止まりになっちゃったわね」


 屋敷内に徘徊する何者かから逃げているうちに、俺たちは地下の食糧貯蔵庫に追い込まれていた。


 護衛の兵もすでに五人まで数を減らしている。


「アルベルト様、申し訳ありません。このような事態になるなら、もっと兵を動員するべきでした」


 護衛担当のミラー君が申し訳なさそうに頭を下げるが、俺もこんな事態に陥るとは思ってもいなかったので彼のせいではない。


「いや、俺の目算が甘かった。怪死の原因は別にあったと思っててね。まさか、未確認生物が入り込んでたとは思ってなかったんだ」


 クラリスやワリドたちの集めた情報に活火山の話があり、温泉湧き出しの話があったので、領主の怪死は硫化水素の中毒死だったんじゃないかと疑ってた。


 だから、滞留している可能性がある硫化水素を吸わないよう口や肌を覆い、窓や扉を全開にして十分に時間をかけて換気をして、匂いに気を付けつつ館内の捜索をしていたのだ。


 だが、硫化水素の館内漏洩を想定して中毒で一気に身動きが取れなくならないよう集団行動をしなかったのが、裏目に出た。


「下から風が吹いてる気が」


 クラリスが食糧貯蔵庫の床にしゃがみ込むと、慎重に床の石材を叩く。


 一か所、空洞っぽい音がした。


「下に空洞があるな。館を建てた領主が作ったもしもための抜け道かもしれん」


 貴族の屋敷や城には謀反や敵に攻め込まれた時を想定して、脱出路が必ずと言っていいほど作ってある。


 クラリスが見つけたのも、その類のものだと思われた。


 床の石材がクラリスの突き立てた短剣で浮かび上がり、ズラすと坑道らしきものが広がっているのが見えた。


 鍵を閉めた扉がドンドンと叩かれる音が響き渡る。


「ここにいても、あれの餌食だ。先に進もう」


「じゃあ、あたしが先頭を行くわ。アルベルトは後ろからついてきて。ミラーは最後尾をよろしく」


「承知した護衛兵二人はクラリス殿の手伝いをしろ。残りは私と殿だ」


 俺たちは地下の坑道に降りると、風の吹き込む方へ向け進んでいった。


 風の吹き込む方に進むと硫黄の匂いが強くなっていく。


 まずい換気の悪いこんな場所で、匂いが強くなってたら中毒に――。


 硫化水素の中毒に焦りを覚えながらも、背後からくる怪物の恐怖には抗えず、坑道を突き進む。


 そして、広くなった空間に出ると誰かから声が掛かった。


「やっとアルベルトたちも来たのじゃっ! せっかく、妾が頼んで探しに行かせておったのに来るのが遅いのじゃ!」


 目の前には裸の美女を両手に侍らせて温泉に浸かり、ニヤニヤと笑っているマリーダの姿が見えた。


 はぁ!? なにやってんの!? マリーダさん!?


「こやつらは怪しい者たちではない。この温泉地の住民だ。ほれ、このように可愛いであろう」


「あっ、マリーダ様、胸でそのようなことをされていけませんよ」


 隣に侍る美女の胸を揉んでご満悦のマリーダであるが、言っている意味が理解できないでいた。


―――――――


長くなったので分割します。

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