第七十六話 熟した果実は落ちるのを待つのみ

 帝国歴二六二年、瑠璃月(一二月)


 エルウィン家周辺は特に戦闘がおこることもなく、税の徴収もつつがなく実施された。


 懸念された政務の遅れは徐々に挽回し、ユーリ生誕祭で暴れまわった脳筋どもは血抜きも兼ねて、新たな商用地の整地作業に駆り出しておいた。


 まぁ、アレウスやユーリがすくすくと育ってくれてるのは、色んな意味で被害甚大だった脳筋たちが奉納してくれた舞踏のおかげだと思いたい。


 あー、そうそう。


 脳筋動員して超速整地した新商用地の販売オークションは好調。


 アシュレイに居を構えて手広くやっている商人以外にも、エランシア帝国の帝都の大商人とか、ヴァンドラ商人、ヴェーザー自由都市同盟の他の都市からの商人、果てはアレクサ王国の商人までも入札に参加してきている。


 商用地の販売収益は、臨時収入として結構な額になるとラインベールから報告が上がってきた。


 一緒に作らせた零細商人向けの自由市も、開設して一ヶ月ほどだが盛況のようで、市には近隣では見かけなかった珍しい産物も並んでいるそうだ。


 扱う物が増えれば、それを求めてまた新たな商人たちが来てくれるようになる。


 領内での売買が活発になれば、入市税や商人たちからの売買税の納税額が増えていくはず。


 もともと、主要街道が東西南北に走ってる好立地のアシュレイなんで、やり方次第ではエランシア帝国有数の商業都市にのし上がれるポテンシャルは十分にある。


 ただ、商人が増えたことで他国の密偵もうちの領内に入りやすくなってるはず。


 俺、直属の諜報組織の拡充もまた進めないと。


 ゴシュート族からだけじゃ足りなくなるかも。


 でも、あまり山の民たちを引っ張り込むと、せっかく周囲の国家が持っている山の民の中立性ってのが消えかねない。


 かといって商人たちに頼るのも確度と鮮度が下がるしなー。


 諜報要員確保も優先項目にリストアップしとくか。


 あとは、アレクサの宮廷闘争もいよいよヒートアップしてきた感じ。


 第一王子オルグスと第二王子ゴランの後継争いは、流し続けてる流言の効果を発揮し、中央政府と地方領主の争いに発展してきている。


 『嫡男が家を継いでアレクサ組を取り仕切るってきまりやろが! ボケカス!』ってオルグス派が言えば、『おんどりゃあがエランシア組に無謀なカチコミ決めて、ザーツバルム地方を丸ごと失ったのに、責任も取らんで組長なんてふざけんな! こっちは勝手にゴラン組長を担ぎあげたるわ』ってゴラン派が息まく。


 実にいい感じで、お互いにいがみ合ってくれている。


 報告書による現状の色分けだと、オルグス派三割、ゴラン派四割、静観派三割。


 反オルグスで結束を固めたゴラン派が頭一つ飛び抜けてる。


 けど、これ以上ゴラン派の勢力が伸びることはないかなと。


 だって、ゴランがうちの紐付きだって噂話が流れる予定だから。


 もちろんゴラン自身はそんな話は寝耳に水かと思う。だって側近からは聞いてないだろうしね。


 実は彼を担ぎ上げた中堅貴族たちに対し、農民反乱軍の解体とエランシア帝国側が得たザーツバルム地方の七割をゴラン王子が主導する政府に返還するとの密約を交わしている。


 もちろん、エランシア帝国との相互不可侵条約とオルグス政権打倒への援助物資付きの大盤振る舞いの密約。


 とーーーっても甘ーーーい餌にゴランの側近たちは堕ちた。


 ゴランを奉戴して、オルグス派を打倒すれば、自分たちが大貴族に成り上がれるチャンスだしね。


 というわけでゴランの外堀は完全に埋まった。


 なので、ゴラン王子がエランシア密通との噂が流れれば、静観派はきっと雪崩を打ってオルグス派に流れる。


 アレクサ王国においてのエランシア帝国アレルギーはけっこうすごいんでね。


 これでオルグス派六割、ゴラン派四割って感じに大国アレクサは分断される予定。


 ザーツバルム地方を策源地とするゴラン政権と王都を策源地にするオルグス政権という、中レベルの国家二つが泥沼内戦を開始するって寸法。


 あとは王都脱出したゴランの内堀を、従妹のカランに埋めてもらって、腹を決めてもらう手筈。


 ゴランは独身だって聞いてるから、魔王陛下の血縁者から嫁を出してもらうのも併せて進めとこう。


 大仕掛けの謀略もあと少し。


 これが終われば、アレクサ王国方面での脳筋たちのお仕事は当面なくなる。


 でもまぁ、あの魔王陛下がうちの脳筋たちを遊ばせておくとは思えないので、無茶ぶりが飛んできそう。


 謀略が成功して戦争が再開した北方のフェルクトール王国戦線とかに出張依頼とか来たら、遠いし寒いしやだな。


 一番可能性が高いのは、ゴンドトルーネ連合機構側に押し込まれてる東部戦線。


 その戦線の責任者である四皇家の一つ、ノット家への助っ人参戦とかかな。


 ノット家の現当主はまだ成人してない鳥人族の若君で、家臣団の掌握もできてなくて、色々と苦労してるって噂だけども。


 劣勢戦線への助っ人参戦指令が来たら、脳筋たちは大喜びだろうけどさ。


 マリーダ、ブレスト、バルトラード、カルア、ラトールって脳筋連中を引き連れて、戦地を駆け回るはめになる俺の苦労も考えて欲しい。


 しっかりと美味しいご褒美をもぎ取って、タダ働きにならんように気を付けなきゃいけない。


 はぁー、嫁と愛人たちとイチャイチャしながら、城でのんびり子供の世話がしていたい。


「リシェール! 妾は寒くて手がかじかむからリゼたんとカランたんのおっぱいを所望する!」


「ダメですよー。仕事が終わってないですから。私のならお貸ししますけど、どうします?」


「リシェールのおっぱいは高くつくから嫌じゃ! リゼたんとカランたんがいい!」


「じゃあ、印章押しを終わらせてくださいねー。おっぱいで温められるかどうかはその後に決定します」


「鬼! 悪魔! リシェールは最近アルベルトに似てきたのじゃ! お仕事はんたーい!」


 奥の部屋で印章押しをしているマリーダが駄々をこねる声が聞こえてきた。


 たしかに手がかじかむと印章押しに後れが出るかもしれない。


 それに俺も手が冷たい気がする。


「アルベルト様は私が」


「ボクも」


 隣にいたイレーナとリュミナスが、冷えた俺の手を自分たちの胸もとに持ってきていた。


 おぉ、温かい。温かいな。


 極楽、極楽。


 そー言えば、温泉とかそろそろ探すのもありかもしれん。


 山がちな地形のアルカナ領あたりに源泉ないかな。


 地底人たちに別料金払って、探してもらおうか。


 温泉は観光資源にもなると思うし、それ以上に俺の疲労度が軽減される。


 まだまだ、やることはたくさんあるんで頑張らないと。


 二人に温めてもらったことで、ヤル気を取り戻した俺は、政務の続きを行うことにした。

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