第七十話 とんぼ返り
帝国歴二六二年 翠玉月(五月)
おっぱい、おっぱい、おっぱい。
あー、マジで極楽だぜ。
単身赴任の疲れが吹き飛ぶー! 嫁と愛人たちと迎える気だるい朝の時間。
至福の時やー。
いやー、マリーダもリシェールもイレーナもフリンも張り切りすぎ。
リゼに至っては、お腹大きくなってきてるんだから安静にしてないといけないのにさ。
単身赴任先で頑張ってもらってたカルアもリュミナスまでもが、参加してきたから色んな物がすっからかんにされた感じ。
美女軍団に猛獣の如く襲いかかられたら、さすがの俺も腰がガクガクよ。
おっと、アレウスたんが泣いてる。
あの泣き方、きっと大きい方だな。
待っててね。パパがすぐに行くからー。
嫁と愛人たちが寝転がっているベッドから身体を起こすと、俺はアレウスが寝ている揺り籠に近づいていった。
おおぅ、やっぱり大きい方だ。
いやー、乳臭いものをあざーっす。
きれいきれいしようねー。
数ヵ月会えなかっただけで、アレウスたんは立派に育っている。
マリーダのおっぱいだけじゃ足りずに、フリンのまで飲んでるらしいからな。
どっちも味はパパの二重丸付きだから、安心していっぱい飲むんだぞー。
よし、お尻は完璧にきれいになった。
オムツも完璧!
あとは、朝ごはんだね。
ちょうど、フリンが起きてきたようだ。
マリーダの前の前菜としてフリンの飲ませてもらうか。
「おはよう、フリン。アレウスがお腹空いてるみたいなんだ。頼める?」
「は、はい。すぐに」
フリンは、アレウスを抱くと自らの胸を含ませていた。
これはあれだね。
いかんね。
刺激的だね。
センシティブなやつだよ。
「アルベルトがえっちい目をしてるのじゃ。アレウスもアルベルトに似て、おっぱいが好きすぎるから将来が心配だのぅ」
恥じ入りながらアレウスに乳を飲ませていたフリンの背後から、いつの間にか起きてきていたマリーダが姿を現していた。
「父親として、アレウスがしっかりとフリンのお乳を飲んでるのか確認してるだけだぞ」
「オレの子も産まれたらしっかりおっぱい飲ませないと。出るかなぁ」
お腹が大きくなり始めたリゼも起き出してきたようだ。
また、味見はさせてもらわないとな。
リゼの子はどっちだろうな。
アレウスたんの成長も楽しみだが、リゼの子も名前そろそろ考えないと。
二人目の子にもいい生活をさせないといけないし、今日も頑張って仕事をしようかな。
って、朝のひと時から数時間後。
俺は今、猛烈にキレ散らかしている。
脳筋たちが連名で出してきた『訓練申請書』が目の前にあるからだ。
誰が知恵を付けたのか知らないが、ご丁寧に訓練にかかる予算見積書まで添付してある。
しかも弾き出された数字は、帳簿の魔術師ミレビスが見ても問題がないほどの正確さだ。
おかしい。明らかにおかしい。
脳筋たちだけでこんな正確な数字が出せるわけがない。
しかも、遠征先がバルトラードのいるティラナとかありえないだろ!
すぐに連名の三人を呼び出していた。
「怒りませんから、この訓練申請書と予算見積書作った人を教えてください! すぐに!」
「もう、怒っておるのじゃ」
「マリーダの言う通り怒っておる」
「怒ってるな」
「だまらっしゃい!」
単身赴任中、やたらと大人しくしていたと思ったら、三人でこんなことを画策してたとは。
期間一カ月、兵力一〇〇、マリーダ、ブレスト、ラトールの参加。
主な訓練として行軍、偵察、治安維持活動。
副次的な訓練として捕虜の確保、輸送。
目標捕虜確保数一〇〇〇。
今まで脳筋たちが自主的に行ってきた訓練の中で、飛び抜けて費用対効果が高い訓練内容だ。
裏切り組と残留組の血で血を洗ういくさが始まったら、また逃亡兵が増えてヒャッハーな山賊団が増えるのは目に見えてる。
その対応にティラナのバルトラードだけだと厳しいなとは思ってたけど。
脳筋三人衆を動かした黒幕が、俺の思惑を読み切ったような訓練内容を提示していた。
あの提案書を書いたのは、数字に強いミレビスか、イレーナか。
いや、でもふたりは数字には強いけど戦略となるとからっきしだしな。
戦略的な目を持ってるとしたら、リシェールだが。
彼女にしては数字が具体的過ぎる。
ミラー君は俺の言うこと以外、絶対に聞かないし。
ラインベールもレイモアもニコラスも、忙しくて脳筋たちの手伝いなんてしてる暇ないはず。
いったい、誰が知恵を付けた……。
外部の人間か? うちと友好的な家はあまりないが……。
マリーダの義兄ステファンか?
でも、方面司令官になっているステファンなら、脳筋たちを使わずに俺に直接言ってくるはず。
脳筋たちに知恵を付けた人物を放っておくのは、お尻がモゾモゾして気持ちが悪い。
「ほんっとーーーーーーに! 怒りませんから、この訓練申請書を書いた人物の名を教えてください。教えてくれたらこの訓練案は即採用します」
採用の言葉で三人の顔がニンマリと緩んだ。
「兄様」
「クライスト様」
「魔王陛下」
ふぉぉおおおおおおおっ! 一番聞きたくねぇ名前が出てきたよっ!
脳筋たちの黒幕はパワハラ魔王陛下だったわ!
たしかにあの人なら数字も強いし、戦略も優れてる。
それに俺の謀略案も大筋で知ってるから、そりゃあツボを突く訓練案を出してくるね。
「アルベルトがザーツバルム地方に行っている間に、兄様からアレウスの顔を見せに来いと手紙が来てのぅ。暇をしていたブレスト叔父上とラトールを連れて皇城に顔を出したのじゃ」
「そこでクライスト様が『アルベルトが帰ってきたらこれを連名で出せば、いくさに出れる』と言われてな」
「さすがにオレたちも子供の使いじゃないから、アルカナとスラトに隣接してティラナに繋がるヒックス領併合許可をもらってきたんだぜ」
全部、魔王陛下の手のひらでダンスさせられてるだろうが!
魔王陛下にしてみれば、俺に頼むと色々と予算を引っ張り出されると思って、マリーダたちを呼んで新たなお仕事依頼してきたのと変わりがねぇ。
それに駄賃としてもらってきたヒックス領は、農民が逃げ出してほぼ無人地帯。
荒廃しすぎて税収は絶望的に期待できない地域。
戦略的価値としてはティラナへの補給路と、アルカナの銀山防衛のための防衛拠点といった価値くらいしかない。
ほんとマジで子供のお駄賃くらいなんですけどっ!
捕虜確保と相殺してギリ黒字とか、泣けてくる。
あれか、お歳暮ケチったことへの嫌味か。
くぅ、銀山採掘が軌道にのったら、魔王陛下に難題を吹っかけられないよう付け届けしまくってやるっ!
「そうか、泣くほど嬉しいか」
「アルベルトもクライスト様の情の深さに感激しておるようだ」
「さすが魔王陛下だな」
違いますけどっ! このしょっぱい水は違うったら、違うんだ!
緊急クエスト! 『脳筋三人衆連れて、ザーツバルム地方のお散歩せよ』が強制承認されてしまいした。
せっかくしばらくは、お家でゆっくりしっぽりできるはずだったのに。
しょうがないから、第二段階の下準備を同時に進めておこうかな。
「出立は明日。参加する兵たちは兵糧のみ用意。装備は現地調達したのみ使用可。もちろん、三人にも同じ条件を付けます。ザーツバルム地方では、私たちはバルトラード麾下の農兵部隊として行動します。よろしいか!」
「いくさなのじゃ!」
「腕が鳴るわい!」
「現地調達かー。業物みつかるかな」
翌朝、アレウスたんの養育をフリンに任せ、俺は脳筋三人衆といくさ人一〇〇名を連れ、再びザーツバルム地方の土を踏むことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます